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第27話:レオニード専用の女神、爆誕

 大聖堂の広場を埋め尽くす民衆は、歴史が塗り替えられる瞬間を、言葉を失って見守っていた。

 聖女の座を降りると、セレスティーナは確かに言った。それは教会という巨大な組織に対する離縁状であり、彼女自身の「一人の女」としての自立宣言であった。


(ああ、なんて清々しいのかしら! これよ、この感覚……前世で、ブラック企業に退職届を叩きつけて、会社のグループチャットを脱退したあの日の解放感にそっくりだわ!)


 セレスの心は、晴れ渡る秋空のように澄み渡っていた。

 「聖女」という、二十四時間休みのない、誰からも必要とされる代わりに自分を押し殺さなければならない名誉職。そこから解放された彼女が真っ先に感じたのは、孤独死への恐怖ではなく、目の前にいる「最愛の不健康レオ」への、際限のない独占欲だった。


「これでもう、公務であなたと離れる必要はないわね、レオ。……これからは、一分一秒、あなたの心臓が正常に動いているか、私が至近距離で監視してあげるんだから!」


「……セレス、様。……。……ああ、なんと、恐ろしくも愛おしい……」


 レオニードは、歓喜に震えながらセレスを抱き寄せた。

 彼は衆人環視など微塵も気にする様子はなく、セレスの細い首筋に何度も深く顔を埋め、吸い付くように熱い口づけを落としていく。

 そこには、これまで「聖女への敬意」という名の理性が辛うじて止めていた、一人の男としての、ドロリとした執着の塊があった。


「……貴女が聖女でないというなら、俺に遠慮する理由は、この世界のどこにも残っていない。……誰にも見せたくない。……このまま貴女を抱えて、地獄の果てまで逃げ去りたいほどだ」


「レオ、外よ! 不潔……じゃない、不純よ! ……あ、でも、レオの体温、前より安定してるわ。よしよし、あなたが寂しい思いをしないように、これからは私がずっとくっついていてあげるわね」


 赤面しながらも、セレスはレオの漆黒の髪を「よしよし」と撫で回した。

 その光景は、もはや神聖な宗教儀式などではなく、極上の溺愛を見せつけられるバかっぷるの独壇場であった。


 だが、その甘い空気を、逃げ場を失った古狸枢機卿の絶叫が切り裂いた。


「ええい、おのれ不実な元聖女! そして不浄なる将軍! お前たちの独りよがりな愛のために、この国を滅ぼすつもりか! おい、その者たちを連れてこい!」


 枢機卿の合図で、大聖堂の地下牢から引きずり出されてきたのは、再び鎖に繋がれたレオニードの部下たち――セレスの「大家族」の兵士たちだった。

 さらに、枢機卿は震える手で、意思のない瞳をした「新聖女」の少女の肩を掴み、その首元に短剣を突き立てた。


「見ろ! お前たちが投降しなければ、この新しき聖女を依代よりしろとし、神の心臓を暴走させて王都ごと自爆してやる! この兵士たちも、すべて神への供物として殺してやるぞ!」


「…………殺す。……今この場で、その薄汚い手を、指先から一本ずつ細切れにしてやる」


 レオニードの全身から、漆黒の殺気が爆発した。

 部下たちの命を盾に取られた怒りと、セレスとの時間を邪魔された憎悪。

 彼が魔剣を抜き放ち、世界を血の海に変えようとした、その時。


「ちょっとレオ、待ちなさい! 殺人なんて、血行を悪くするだけで不健康よ! ……そして枢機卿! あなた、その子に何てことするのよ!」


 セレスティーナが、レオニードの腕をすり抜けて一歩前へ出た。

 彼女は新聖女の少女の、青白い顔と深いクマを見逃さなかった。


「あなた、クマが酷いわよ! こんな不潔な爺さんに囲まれて、まともな食事も睡眠も取らせてもらってないんでしょう! 不衛生よ、教育虐待よ! 孤独死の入り口は、そんな劣悪な労働環境から始まるのよ!」


「な、何を……!? この子は神の器だ!」


「神の器である前に、育ち盛りの女の子よ! 決めたわ、この子も私が『よしよし』して、健康優良児にしてあげる! レオ、私を支えて! 聖女の肩書きなんて捨てたけど、私情(愛)で回す魔力は、さっきの百倍はあるんだからぁ!」


 セレスティーナは両手を大きく広げた。

 瞬間、彼女の背後から、純白の光の触手が幾十にも溢れ出した。

 それは慈愛という名の、物理的な拘束。

 光の触手は、一瞬にして兵士たちの鎖を粉砕し、枢機卿の手から少女を奪い取ると、セレスの腕の中へと優しく運び込んだ。


「不衛生な老人たちは、今すぐ強制退院(追放)よ!! 光よ、彼らの加齢臭……じゃなくて、邪悪な考えをすべて洗浄しなさーーーい!!」


 ドォォォォォォォォンッ!!!


 広場に降り注いだのは、もはや魔法ですらなく、圧倒的な「おかんの怒り」の奔流だった。

 枢機卿たちはあまりのまばゆさと、セレスから放たれる「健康の押し売り」の圧力に耐えきれず、白目を剥いて吹き飛ばされていった。


「お母さん!」「聖女様!」


 自由になった兵士たちが一斉に蜂起し、レオニードとセレスを囲むようにして剣を掲げる。

 レオニードは、自分の腕の中で新聖女の少女を「よしよし」と抱きしめているセレスを見つめ、静かに、だが生涯のすべてを懸けた誓いを口にした。


「……。……くっ、はは。……分かりました、セレス様。……貴女が望むなら、俺がこの国の法を、歴史を、すべて塗り替えましょう。……貴女が、ただの『レオニードの妻』として、一生幸せに笑っていられる世界にするために」


 レオニードはセレスを、そして彼女が抱える少女ごと、丸ごと包み込むように抱きしめた。

 聖女という肩書きから脱皮し、真の意味で「レオニード専用の女神」となったセレスティーナ。

 二人の異常な溺愛は、今、一国を飲み込み、新たなる時代の幕を開けようとしていた。


 逃走した枢機卿が、大聖堂の深奥で「神の心臓」を暴走させようと最後にあがく中、セレスはレオの胸の中で叫んだ。


「レオ、戦いが終わったら、みんなでニンニク鍋パーティーよ! ビタミンB1で、王都の疲れを全部吹き飛ばしてあげるんだから!」


「……ええ。……一生、貴女のメニューに従います」


 二人の共存は、もはや誰にも、神にすらも引き裂くことはできない。


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