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第26話:聖女の代替わりと、教会の禁じ手

 王城がセレスティーナの「回診」によって徹底的な衛生管理下に置かれ、国王エドワードが青汁の苦味に悶絶しながらも健やかな隠居生活を夢見始め、国全体に奇妙な平穏が訪れようとしていた時のことだった。

 その平穏を、教会の奥底から放たれた一矢が容赦なく射抜いた。


「――聖女セレスティーナは、その清廉なる霊力を不浄なる狂犬に売り渡し、神の加護を失った。よって本日この時を以て、彼女を聖女の座から更迭し、新たなる信託の器を擁立する」


 王城の謁見の間に、教会の最高審議会から派遣された特使の声が冷たく響き渡った。

 セレスティーナは、レオニードの肩こりをほぐすための特製湿布を手に持ったまま、その場に凍りついた。


(……え? 更迭? 聖女を、クビになる……?)


 その瞬間、セレスの脳裏に、前世のあの忌まわしい記憶が鮮明な色彩を伴って蘇った。

 三十歳。事務員として誰に代わりをされることもなく、ただの数字として処理され、誰にも看取られずにアパートの一室で冷たくなっていった、あの絶望的な孤独。


「嫌……嫌よ。そんなの、嫌……!」


 セレスの唇が、目に見えて震え始めた。


「聖女じゃなくなったら、私はただのアラサーに戻っちゃうじゃない! 誰からも必要とされず、レオの健康管理もできず、また一人で、真っ暗な部屋でカピカピのミイラになって発見される孤独死ルートに逆戻りだわ! うわああああん、孤独死の入り口はリストラだったのねー!」


 セレスは手にした湿布を放り出し、床に崩れ落ちて大号泣を始めた。

 聖女という肩書きは、彼女にとって「誰かに必要とされる」という、孤独死を回避するための唯一の盾だったのだ。


 だが、その嘆きを、漆黒の殺気が塗りつぶした。


「……セレス様を、捨て去るというのか。……この国は、彼女の慈悲を『不要』だと断じたのか」


 レオニードが、ゆっくりと立ち上がった。

 彼の金色の瞳には、これまでの物語のどの場面よりも深く、昏い、純粋な「滅び」の光が宿っていた。

 彼は泣きじゃくるセレスを、粉々に砕いてしまいそうなほど強い力で抱き寄せ、その首筋に顔を埋めた。


「……いいでしょう。……セレス様を孤独に追いやる世界など、俺には必要ありません。……神が彼女を拒むなら、俺がその神を殺し、新たな世界のあるじとなる」


「レ、レオ……? 顔が怖いわよ。殺気が物理的に部屋の壁を削ってるわよ!」


「……セレス様。……貴女が聖女でないというなら、俺が貴女を、ただの俺の女として一生飼うだけです。……ですが、貴女に涙を流させたあいつらだけは、塵一つ残さずこの世から消去する」


 レオニードはセレスを軽々と抱き上げると、謁見の間を後にした。

 向かう先は、教会が「新聖女」をお披露目するという王都の大聖堂。


 大聖堂の前には、教会の傀儡として擁立された、意思を感じさせない人形のような少女が立っていた。

 枢機卿の残党たちが、民衆に向けて「これこそが真の救世主だ!」と叫び、聖女交代の儀式を強行しようとしている。


「――そこまでだ、不潔な掃除残しども」


 地響きと共に、レオニード率いる重装騎兵隊が広場を埋め尽くした。

 レオニードは馬から跳び降りると、魔剣を抜くことすらなく、その圧倒的な闘気だけで教会の門を粉砕した。


「ひ、ひぃぃっ! 将軍閣下、乱心か! 新しき聖女様の前だぞ!」


「……新しき聖女だと? ……あんな血色の悪い、栄養失調の子供が、俺の神様に代われると思っているのか。……笑わせるな」


 レオニードの周囲で、石畳がメキメキと音を立てて砕け散る。

 彼はセレスを地面に降ろすと、全王都民の前で、彼女の腰を抱き寄せて宣言した。


「俺の聖女は、セレスティーナ様ただ一人だ。……彼女を否定する者は、このレオニードが全戦力を持って、その命の源から断ち切ってやる」


 あまりの熱量と狂気に、広場は静まり返った。

 その横で、先ほどまで「孤独死ー!」と叫んでいたセレスが、レオのあまりの暴走(教会の建物を素手で引き剥がし始めた)を見て、いつもの「おかんモード」を再起動させた。


「レオぉぉぉ! 待ちなさい! 破壊活動は有酸素運動だけど、そんなに急激に筋肉を酷使したら、乳酸が溜まって明日動けなくなるわよ! それにその石材、埃っぽいわ。吸い込んだら肺気腫よ!」


「……セレス様。……俺は今、貴女のために世界を壊そうとしているのですが」


「世界を壊す前に、自分の関節を壊してどうするの! いいわ、分かったわ。聖女の肩書きなんて、あんな不健康な人たちにあげるわよ! 私は、あなたの健康を守る『レオニード専用の女神』として、今日から転職してあげるんだから!」


 セレスはレオの頬を両手で挟み、満面の笑みで宣言した。

 聖女という義務ではなく、レオニードの隣にいたいという、彼女自身の渇望。

 その瞬間、セレスティーナから放たれた光は、これまでのどの「公務」の時よりも眩く、温かく、王都全体を優しく包み込んだ。


「レオ、行きましょう。新しい聖女ちゃんだって、きっとあんな大人たちに囲まれて不健康な生活をさせられてるはずよ。まとめて私が『よしよし』して、みんな健康優良児にしてあげるわ!」


「……。……くっ、はは。……流石、俺の選んだ女性だ」


 二人は、呆気にとられる枢機卿たちを置き去りにし、手を繋いで教会の奥へと踏み込んでいく。

 だが、教会側も最後の手を用意していた。

 レオの部下たちを再び捕らえ、「不浄な元聖女の共犯者」として処刑するという布告。

 物語は、すべての因縁を「おかんの拳」と「狂犬の牙」で粉砕する最終決戦へと、激しく加速していく。


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