第25話:聖女、王城へ殴り込み(健康診断)
王城の守りは、その日、建国以来の最高レベルに達していた。
暗殺部隊「影の爪」が、真っ白に洗浄された挙句に「近所の公園を掃除したい」と虚無の表情で戻ってきた事態を受け、国王エドワードは恐怖のあまり発狂寸前であった。
城壁には対軍用の魔導砲が並び、近衛兵たちが三重に廊下を固め、玉座の間には国宝級の魔導障壁が幾重にも張り巡らされている。
「来るか、あの魔女め……! 聖女の皮を被った、人の皮肉を喰らう化け物め! 一歩でも城内に踏み込めば、跡形もなく消し飛ばしてくれる!」
玉座で震えながら剣を握るエドワード。その孤独な姿は、前世でセレスが見た、権力にしがみつきすぎて部下から見捨てられた「ブラック企業の老害社長」そのものであった。
その時。
王城の堅牢な正門が、まるで紙細工のように内側から弾け飛んだ。
――ドォォォォォォォォンッ!!
「失礼します! 王様、回診のお時間ですよ!」
砂塵の中から現れたのは、白い聖衣を翻し、両手に「巨大な注射器(型魔導具)」と「怪しい緑色の液体が詰まった瓶」を携えたセレスティーナであった。
そしてその隣には、漆黒の魔剣を抜き放ち、近づく魔導障壁を「……邪魔だ」と一振りで切り裂いていくレオニードが、護衛という名の死神のように付き従っている。
「撃て! 撃ち殺せぇぇぇ!」
エドワードの絶叫に応じ、城壁の魔導砲が一斉に火を噴いた。
だが、放たれた高熱の光線は、セレスティーナが掲げた手から溢れ出す純白の光に触れた瞬間、パチパチと弾けて「キラキラした光の粉」へと変えられた。
「まあ、あなたたち! こんな高エネルギーの魔力を乱射して、大気汚染になったらどうするの! それにその鎧、サイズが合ってないわよ! 肩こりを悪化させて、血行不良で孤独死したいの!?」
セレスティーナは走りながら、襲いかかる近衛兵たちに向けて広範囲の「浄化(物理)」を乱射した。
光を浴びた兵士たちは、殺意が消えるどころか、長年悩んでいた腰痛や眼精疲労が劇的に改善され、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「あ、あれ……? 身体が、軽い……。戦うより、実家の畑を耕したい気分だ……」
「聖女様の光……あったけぇ。……俺、なんであんな性格の悪い王様に従ってたんだっけ?」
戦意を奪われた兵士たちがピカピカに洗浄されていく中、二人はあっという間に玉座の間へと到達した。
レオニードが最後の一重となった王家の障壁を、暴力的なまでの闘気で粉砕する。
「……王よ。……貴方の執着は、セレス様の『お節介』の前では無力だ。……諦めて、その不摂生な人生を精算しろ」
「ひ、ひぃぃぃっ! 来るな、来るな狂犬! 余を殺すつもりか!」
玉座でガタガタと震えるエドワード。
セレスティーナは、そんな国王の元へ土足(ただし浄化済みで一点の曇りもない靴)で踏み込み、その胸ぐらを強引に掴み上げた。
「ちょっと、その顔色は何!? 青白いわ、目の下のクマも酷い! 肝臓が悲鳴を上げているのが私には聞こえるわよ! そんなに猜疑心ばかり募らせて、不眠不休で暗殺の指示なんて出してるからよ! 孤独死予備軍のトップランナーね、あなたは!」
「な、何を……!? 余は王だ、余の勝手だ……」
「勝手じゃないわよ! あなたの不摂生は、この国の不健康に直結するの! さあ、口を開けなさい! この聖女特製・魔力入り青汁(ケール五倍増し)を飲んで、根性から浄化してあげるわ!」
セレスティーナは、エドワードの口に無理やり瓶の口を突っ込んだ。
レオニードが背後から国王の頭をガッチリと固定し、「……セレス様の慈悲だ。一滴も残さず飲み干せ」と死神のような笑みで追い打ちをかける。
「ぐ、ぶっ……!? に、苦……っ、苦ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!! 身体が、身体が溶けるぅぅぅ!」
エドワードは白目を剥き、激しくのたうち回った。
だが、その喉を青汁が通過するたびに、彼の身体に溜まっていた「権力への執着」や「孤独への恐怖」という名の負の魔力が、目に見えるほどの黒い煙となって排出されていく。
数分後。玉座の上で、エドワードは憑き物が落ちたような、驚くほどスッキリとした表情で横たわっていた。
「……ああ。……余は、何を焦っていたのだ。……玉座なんて、ただの硬い椅子ではないか。……それより、もっと……新鮮なキャベツが食べたい……」
「よし、分かればいいのよ! 王様、今日からあなたは『減塩・高タンパク』な生活に強制移行よ! 城内の食堂はすべて私が監修してあげるから!」
セレスティーナは満足げに腰に手を当てて笑った。
王城の中枢が、一瞬にして「聖女の巨大回診所」と化した瞬間である。
レオニードは、そんなセレスティーナを後ろから抱き寄せ、彼女の首筋に深く顔を埋めた。
「……お見事です、セレス様。……これで、この国に貴女を邪魔する者は実質的にいなくなりました。……次はこの国を、貴女が安心して『よしよし』に専念できる、完璧な檻に作り替えましょう」
「もう、レオったら。檻だなんて人聞きが悪いわ。……でも、確かに。レオが健康でいてくれるなら、どんな場所でも楽園だわね」
二人は、毒気が抜けて「野菜……野菜をくれ……」とうわ言を漏らす国王を放置し、幸せそうに微笑み合った。
聖女による「国家の更生(という名の制圧)」。
だが、その光の裏で、教会の深奥に潜む本当の「闇」――セレスの力を恐れ、彼女を物理的に排除して「新しい、都合のいい聖女」を擁立しようとする、最後の反逆が胎動し始めていた。




