第21話:王都凱旋、それと聖女の『公開説教』
王都ルミナリスの中央広場は、かつてない静寂と、どす黒い熱気に包まれていた。
広場の中央には、魔導の鉄で造られた巨大な檻が鎮座し、その中にはレオニードの直属部隊である五百名の兵士たちが、鎖に繋がれたまま押し込められている。
処刑台の上に立つのは、古狸枢機卿。その背後には、教会の威信をかけて動員された聖騎士たちが、抜き身の剣を手に、処刑の執行を今か今かと待ち構えていた。
「民草よ、聞け! 我が国の誇りであった聖女セレスティーナ様を唆し、拉致し、神聖なる神殿から連れ去った大逆人、レオニード! その共犯者たるこの兵士どもを、本日この場にて処刑し、神の怒りを鎮めるものとする!」
枢機卿のしわがれた声が、拡声の魔導具によって広場中に響き渡る。
民衆は怯え、あるいは困惑し、ただ固唾を呑んでその光景を見守っていた。
前世のテレビで見た、どの悲劇的なニュースよりも残酷な光景。執行の鐘が鳴り響こうとした、その刹那であった。
――地平線の彼方から、すべてをなぎ倒すような地響きが王都を揺らした。
「……何事だ!? 魔物の襲来か!?」
枢機卿が慌てて身を乗り出した瞬間、王都の正門を、物理的な衝撃波が粉砕した。
砂塵を巻き上げ、凄まじい速度で広場へと突き進んでくる漆黒の騎馬隊。その先頭を走るのは、黒いマントを翻し、金色の瞳に静かな殺意を宿した「狂犬」レオニード将軍である。
そしてその隣には、純白の聖衣をまとい、慈愛という名の「怒り」を全身から放つセレスティーナが、レオの愛馬に同乗して、仁王立ちに近い姿勢でこちらを睨みつけていた。
「レオニード! それに、セレスティーナ様まで!? ええい、構わん! 不浄なる将軍を討て! 兵士どもを今すぐ斬れ!」
枢機卿が絶叫する。
だが、セレスティーナの方が一瞬早かった。彼女は懐から取り出した特大の魔導拡声器(レオの私物)を両手で構えると、最大出力の魔力を流し込んだ。
「あなたたち、恥を知りなさい!!!」
ドォォォォォォォォンッ!!!
それはもはや声ではなかった。物理的な質量を持った「言霊」の爆発である。
あまりの音圧に、処刑執行人の剣が手から滑り落ち、聖騎士たちの馬が次々と膝を突く。セレスティーナは処刑台の真下に馬を止めさせると、全王都民に向けて、腹の底からの咆哮を叩きつけた。
「枢機卿! そしてそこに並んでいるエライ人たち! あなたたちは、自分が何をしているか分かっているの!? この子たちが……私の大家族(部下)たちが、どれだけ泥にまみれてこの国を守ってきたか! それを自分の面子のためにゴミのように捨てるなんて、前世のブラック企業の上司でももう少しマシな言い訳を考えるわよ!」
「な、何を……!? 我々は教会の秩序を――」
「秩序!? そんなものはね、栄養たっぷりのご飯と、温かい寝床がある場所で言う言葉よ! 見てなさい、この子たちの顔色を! 檻の中でロクなものも食べさせず、孤独と恐怖で心を痛めさせて……。睡眠不足は自律神経の乱れ、そして孤独死への特急券なんだからぁぁ! 健康管理もできない上司に、人を裁く資格なんて一ミリもないわよ!」
セレスティーナの、あまりにも「生活感」に満ちた、だが魂を削るような正論に、広場を埋め尽くした民衆から「……そうだ!」「聖女様の方が正しい!」という声が上がり始めた。
セレスティーナはさらに追い打ちをかけるように、眩い浄化の光を広場全体に乱射した。
「いい? 人は一人では生きられないわ! 誰かに守られ、誰かを守って、そうやって命を繋いでいくのよ! その絆を『不純』だなんて呼ぶ不健康な心こそ、今すぐ私が毛穴まで洗浄してあげるわよ!」
民衆の良心と胃袋に訴えかける「ギガ・よしよし説教」が、王都の空気を一変させた。
枢機卿が「ええい、何を立ち止まっている! 殺せ、殺せと言っているだろう!」と泡を吹いて叫ぶが、騎士たちは聖女の放つ圧倒的な「おかんの威圧」に動けなくなっていた。
「……セレス様。あとは、俺の仕事です」
セレスティーナの隣で、レオニードが静かに愛馬から跳躍した。
彼は魔剣を抜かなかった。
ただ、自らの鍛え抜かれた肉体と、セレスから注がれた膨大な「溺愛」の魔力を拳に込め、巨大な鉄の檻へと突進した。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
一撃。
魔導の鉄で造られたはずの格子が、まるで枯れ枝のようにひしゃげ、四散した。
レオニードは砂塵の中に立ち、檻の中にいた兵士たちに向けて、一言だけ、不器用な、だが熱い声をかけた。
「……遅くなって、済まない。……迎えに来たぞ、家族たち」
「将軍……!」「聖女様……っ!」
檻から溢れ出した五百名の兵士たちが、涙を流しながら二人の元へ駆け寄る。
セレスティーナは処刑台を駆け上がり、兵士たちを一人ずつ抱きしめんばかりの勢いで魔法をかけた。
「はい、怪我はない!? これを食べなさい、聖水で清めた特製ニンニクよ! ビタミン補給こそが勝利への近道なんだからぁ!」
「……。……くっ、はは。……流石だ」
レオニードはセレスを引き寄せ、全王都民の前で彼女を強く、重厚に抱きしめた。
もはや、どちらが捕虜で、どちらが支配者なのか分からない。
広場を埋め尽くす民衆は、処刑台の上でバカップルオーラを放つ二人に対し、畏怖を通り越して「もう、この人たちについて行けばいいんじゃないか」という奇妙な一体感を感じ始めていた。
「枢機卿……。貴様の負けだ。……セレス様と俺の絆を裂こうとしたことが、貴様の最大の不摂生だったな」
レオニードの冷酷な言葉に、枢機卿は「わしの威厳が……権威が……」と呟きながら、魂を口から吐き出してその場に崩れ落ちた。
逆転。
聖女の公開説教と、狂犬の檻粉砕により、王都の秩序は「大家族」の論理によって塗り替えられた。
だが、教会の地下深く。
セレスの放った強大すぎる浄化の光に反応し、古より封印されていた「禁忌の守護者」が、その瞳を赤く見開こうとしていた。
物語は、真の黒幕との対峙へと、さらなる熱量を帯びて加速する。




