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第20話:卑劣な罠、そして『狂犬』の真の目覚め

 湖畔の隠れ家に差し込む朝陽は、昨日と同じように穏やかだった。

 暖炉の上では、セレスティーナが腕によりをかけた野菜たっぷりのポタージュが、コトコトと幸せな音を立てて煮えている。

 昨夜、互いの想いと「男」としての独占欲を確かめ合った二人は、食卓で肩を寄せ合い、まるで長年連れ添った夫婦のような安らぎの中にいた。


「レオ、ほら、野菜もしっかり食べなさい。今日は王都に戻るための体力をつけなきゃいけないんだから」


「……はい、セレス様。……貴女が作ってくれたものなら、毒でも完食します」


「毒なんて入れないわよ! もう、縁起でもないこと言わないで」


 セレスが「よしよし」とレオニードの頭を撫でようとした、その時だった。


 ――ガタァァァンッ!!


 隠れ家の、既に半壊していた扉が、今度こそ完全に脱落して倒れ込んだ。

 そこに立っていたのは、泥と血にまみれ、鎧がボロボロに引き裂かれたレオニードの副官だった。


「……しょ、将軍……っ! セレス様……!」


「副官!? どうしたの、その怪我! 今すぐ浄化してあげるから、じっとしてなさい!」


 セレスはスープの皿を放り出し、駆け寄って副官に治癒の光を注いだ。

 レオニードは一瞬で「狂犬」の眼光に戻り、副官の肩を掴んで鋭く問う。


「……何があった。……部下たちはどうした。神殿の包囲を解いたのか」


「……っ、申し訳ございません……! 枢機卿が、禁忌の魔導具を持ち出しました……。神殿を包囲していた第一、第二大隊は、卑劣な不意打ちにより……全員、捕らえられました……」


 副官の声は、悔しさで震えていた。

 神殿を守るように陣を張っていた、あの「セレスティーナ大家族」の兵士たち。

 彼らは反逆の共犯者として捕縛され、今、王都の広場で巨大な檻に閉じ込められているという。


「……枢機卿は、布告を出しました。……三日後の正午、レオニード将軍が自首し、聖女様を返還しなければ……捕らえた兵士五百名全員を、公開処刑に処すと……!」


 その瞬間、隠れ家の中の温度が、一瞬で絶対零度まで急降下した。

 レオニードの体から立ち上る、漆黒の殺気が実体化し、背後の壁にヒビを入れていく。


「…………俺の、せいだ」


 レオニードの手が、激しく震え始めた。

 彼は魔剣の柄を握りしめたまま、その場に膝をつき、自らの影に呑み込まれるようにうなだれた。


「俺が……俺の独占欲のために、貴女を連れ出したせいで……。あいつらは、俺を信じてくれた家族たちは、俺のせいで死ぬんだ。……俺は、十年前から何も変わっていない。……大切な人を、守る力もない……」


 金色の瞳から光が消える。

 最強の将軍が、今にも部屋の隅で体育座りを始めそうなほど、深い自己嫌悪の淵へと沈んでいく。


 だが、その背中に、温かく、そして力強い掌が叩きつけられた。


「……何を、甘っちょろいこと言ってるのよレオニード!!」


 セレスティーナの怒号が、レオニードの絶望を粉砕した。

 彼女はレオの胸ぐらを掴み、無理やり自分と視線を合わせさせた。アメジスト色の瞳には、慈悲など微塵もなく、煮えたぎるような「怒り」が宿っている。


「私の……私の大切な家族(部下)を、あの古狸が処刑!? 冗談じゃないわよ! あの子たち、私が靴下を縫ってあげた時に、『一生大切にします』って泣いて喜んでくれたのよ!? あの子たちのご飯の好き嫌いまで把握してるのは、私なんだからぁ!」


「セレス、様……?」


「レオ、泣いてる暇があるなら立ちなさい! あの子たちを孤独に死なせるなんて、この私が絶対に許さない! 孤独死の入り口が処刑台だなんて、笑わせないで! そんな運命、私が全力で浄化して、お星様にしてあげるわ!」


 セレスはレオの手を強く、痛いほどに握りしめた。


「行きましょう、レオ。王都へ。あの子たちを助けて、ついでにあの腐った枢機卿を、赤ん坊の産着からやり直させてやるわ! 私がついてるのよ!? 私が全肯定してあげるんだから、あなたは世界で一番強くて、一番かっこいい狂犬に戻りなさい!」


 セレスの、迷いのない全肯定。

 その光に当てられ、レオニードの瞳に、真の「王」の輝きが宿り始めた。

 絶望は消え、代わりに宿ったのは、愛する女(神様)と共に歩むための、静かな、だが逃れられない殺意。


「……。……ああ。……分かりました、セレス様。……貴女がそう仰るなら、俺はもう、迷わない」


 レオニードはゆっくりと立ち上がった。

 その姿は、もはや「成り上がり将軍」ではない。

 愛する者のために、世界そのものを塗り替えようとする、破壊と再生の化身。


「……副官。馬を引け。……王都へ戻るぞ。……俺たちの『家族』を、迎えに行かなければならない」


「……はっ! 御意に!」


 副官は、かつてないほど力強い返事をした。

 二人は隠れ家を後にした。

 逃亡者としてではなく、腐敗した国の理を、生活の論理と執着の力で蹂躙するための、真の「凱旋」である。


「レオ、王都に着いたらまず何をすべきか分かってるわね?」


「……。……枢機卿の首を獲りますか?」


「違うわよ! 市場で一番いいニンニクを買い占めるのよ! 檻の中にいるあの子たち、きっと栄養不足で顔色が悪くなってるはずなんだから! ニンニクたっぷりのスタミナスープで、全員一瞬で退院(脱獄)させてやるわ!」


「……。……くっ、はは。……流石、俺の聖女様だ」


 レオニードはセレスを馬に乗せ、自らも飛び乗ると、王都に向けて全速力で駆け出した。

 背後で、朝陽が二人を祝福するように輝いている。


 物語は今、聖女と将軍による「最強の反撃(という名の大家族救出作戦)」へと、激動の加速を見せる。


 王都の処刑台の前で待ち構える枢機卿よ。

 覚悟するがいい。

 お前の前に現れるのは、神の代理人などではない。

 愛する者を守るためなら、国ごと「よしよし」して粉砕する、世界で最も恐ろしい『過保護な二人』なのだから。


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