第16話:王都帰還、そして聖女の『謹慎処分』?
「……不潔! 不純! そして言語道断! 聖女ともあろうお方が、あろうことか野蛮な将軍と山小屋で一夜を共にし、さらに抱き合って眠っていたなどと……! わしは、わしはもう、神に合わせる顔がないぞぉぉぉ!」
王都へ帰還したセレスティーナを待っていたのは、神殿の広間に響き渡る古狸枢機卿の絶叫だった。
枢機卿は、山小屋での目撃情報を記した報告書(副官が虚無の顔で書いたもの)を震える手で掲げ、血管が切れそうなほど顔を真っ赤にしている。
「あの、枢機卿様。一夜を共にしたと言っても、あれは低体温症を防ぐための緊急措置、いわゆる『命の抱擁』ですわ。レオが凍えて死んだら、この国の防衛はどうなると思っているんですか!?」
「黙れい! その『抱擁』とやらが、なぜ翌朝まで続き、あまつさえ幸せそうな寝顔であったのかを説明してみろ!」
「それは……レオの心音が心地よくて、つい……じゃなくて! レオのバイタルチェックをしていただけです! 私は三十路の聖女として、プロの仕事を全うしたまでよ!」
セレスは胸を張って言い返したが、枢機卿の決定は冷酷だった。
「問答無用! セレスティーナよ、お前には一ヶ月の『神殿謹慎』を命ずる! その間、将軍との接触は一切禁ずる。身の潔白を神に証明するまで、一歩も塔から出てはならん!」
その言葉を聞いた瞬間、セレスの脳内で「孤独死警報」が最大音量で鳴り響いた。
「き、謹慎!? 一ヶ月も!? レオと会えないなんて……そんなの、あの子の健康管理はどうなるのよ! 私がいない間に、あの子が野菜を一切食べず、不摂生な生活をして、孤独に内臓をボロボロにして死んじゃったら……! うわああああん! 枢機卿様のいじわる! この孤独死製造機ぃぃ!」
セレスは床に突っ伏して、じたばたと手足を動かして泣き喚いた。
だが、その騒ぎを切り裂くように、地響きを立てて一人の男が歩み寄ってきた。
レオニード将軍である。
彼は無言でセレスの隣に立つと、腰の魔剣の柄に手をかけ、枢機卿を「今すぐこの場で挽き肉にしてやろうか」という冷徹な眼光で射抜いた。
「……セレス様を、神殿に閉じ込めるというのか。……俺から、引き離すというのか」
「ひっ、ひぃぃ……っ! そ、そうだ、これは教会の正式な決定だ! いかに将軍といえど、聖域の掟には逆らえんぞ!」
「……分かった。……掟というなら、従おう」
意外にも、レオニードはあっさりと引き下がった。
枢機卿が「おお、ようやく分かってくれたか……」と安堵の息を漏らしたのも束の間、レオニードは背後の副官に短く命じた。
「……副官。今すぐ神殿の周囲一帯を、第一、第二大隊で完全包囲しろ。……俺もここに残る。セレス様が謹慎するというなら、俺も同じ場所で謹慎する」
「……はい?」
副官が、耳を疑ったような声を出す。
「……警護のためだ。……謹慎中の聖女様に、万が一のことがあってはならない。……俺は神殿の正門前にテントを張る。……食事も、睡眠も、すべてここで行う。……セレス様が窓から顔を出せば、いつでも俺が見える位置にな」
「謹慎の意味が分かっているのかぁぁぁぁぁ!!」
枢機卿の絶叫が、再び神殿を震わせた。
引き離すために謹慎させたのに、物理的に距離が縮まり、さらには軍隊による「逆・軟禁状態」に突入しようとしている。
「まあ、レオ! あなたも一緒に謹慎してくれるの!? 嬉しいわ、それなら毎日窓からレオの顔色をチェックできるわね! 待ってなさい、私が窓から野菜スープをロープで吊り下げて届けてあげるから!」
「……ああ。……貴女のスープさえあれば、俺はどこでも生きていける。……窓越しに、愛を語り合いましょう」
「不純よ! やっぱり不純だわ、この人たち!」
枢機卿が再び泡を吹いて倒れる中、レオニードは宣言通り、神殿の正門前に巨大な「将軍専用テント」を設営させた。
翌日から、神殿の塔の窓から聖女が叫び、地上で将軍がそれに応えるという、王都の新名所が誕生することとなったのである。
「レオー! 今日の血圧はどう!? ちゃんと私のスープ、飲み干したー!?」
「……セレス様ぁ! 完璧です! 貴女の香りが恋しくて、テントの布に顔を埋めて耐えています!」
その光景を見上げながら、副官は静かに退職届を懐に忍ばせた。
二人の異常な執着は、もはや「謹慎」という言葉すらも、甘い障害物競走へと変えてしまったのである。




