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第15話:雨宿り密着と、狂犬の計算高い甘え

「……ああ、なんてこと。これはフラグよ。前世の恋愛ドラマなら視聴率が跳ね上がる、ベタ中のベタな『雨宿り山小屋イベント』だわ……!」


 山あいにポツンと佇む、古びた狩人の小屋。

 外はバケツをひっくり返したような土砂降りで、雷鳴が轟くたびに建付けの悪い窓がガタガタと震えている。

 演習の帰路、突如として発生した土砂崩れによって本隊とはぐれたセレスティーナとレオニードは、濡れ鼠になってこの小屋へと逃げ込んでいた。


「レオ、じっとしてて! 今すぐ火を焚いて、あなたの体温を上げなきゃ。低体温症は孤独死への近道なんだから!」


 セレスは濡れて肌に張り付いたローブを魔法で乾かしつつ、慣れない手つきで暖炉に火を点けた。

 振り返ると、レオニードが土間に力なく座り込み、壁に背を預けて荒い息を吐いている。


(大変だわ。昨日の『知恵熱』がまだ引いていなかったのね……。最強の将軍が、私の無茶な冷却魔法のせいで本当に体調を崩しちゃうなんて。私、聖女失格だわ!)


「……セレス、様。……大丈夫です。……俺なら、放っておけば……」


 レオニードが、掠れた声で囁く。

 だが、その金色の瞳は、濡れた前髪の隙間から「放っておかないでください」と全身で訴えかけていた。

 そう、これはレオニードの計算である。

 もちろん多少の寒気はあるが、彼ほどの強靭な肉体なら一晩寝れば治る。だが、今ここで「弱ったフリ」をすれば、セレスの猛烈な過保護を独占できると確信していた。


「放っておくわけないでしょう! さあ、その濡れた鎧と服を脱ぎなさい! 恥ずかしがってる場合じゃないわ、命に関わるんだから!」


「……っ。……では、失礼します……」


 レオニードは従順に、だがわざと指先を震わせながら服を脱いだ。

 露わになる、湯気が立つほどの熱を帯びた広大な背中。セレスは赤面しつつも、使命感に燃えて彼に毛布を被せた。


「レオ、横になって。私が温めてあげるから」


「……一人では、寒いです。……セレス様の、お日様の匂いが近くにないと……俺は、このまま凍えて死んでしまうかもしれない」


「レオぉぉぉ! なんて弱気なの! 分かったわ、もう、特別よ!」


 セレスは毛布の中に滑り込み、背後からレオニードの大きな体をギュッと抱きしめた。

 背中から伝わる、レオの心臓の鼓動。昨日のテントでの「雄」の気配が脳裏をよぎり、セレスの心臓も爆発しそうになる。


(……あ、熱いわ。レオの体、岩みたいに硬い。……でも、今は病人なのよ。変な意識をしちゃダメ。私は湯たんぽ! 聖なる湯たんぽなのよ!)


「レオ、大丈夫よ。私がついているわ。絶対にあなたを一人で死なせたりしない。神様があなたを連れて行こうとしても、私が全力で引き止めてあげるんだから!」


 セレスはレオニードの背中を、何度も何度も「よしよし」と撫でた。

 その必死な、そして切実な言葉に、レオニードの胸が熱くなる。

 彼は毛布の中で向き直り、セレスを腕の中に閉じ込めるようにして強く抱きしめ返した。


「……セレス様。……俺を、看取ってくれると……約束しましたね」


「ええ、約束したわ! だから早く元気になって!」


「……なら、一生、俺のそばにいてください。……貴女がいない世界なら、俺は今すぐここで死んだ方がマシだ」


「もう、極端なんだから! 分かったわ、一生そばにいてあげるから、変なこと言わないで!」


 セレスの全肯定の言葉。

 レオニードは彼女の首筋に深く顔を埋め、深い、深い吐息を漏らした。

 彼女の慈悲という名の檻に、自分を一生閉じ込めてもらうための契約。

 彼は恍惚とした表情で、彼女の体温を貪るように抱きしめ続けた。


 翌朝。

 雨が上がり、眩しい太陽が差し込む小屋に、救助隊を連れた副官が到着した。


「将軍! 聖女様! ご無事――…………あー、はいはい。またですか」


 副官が見たのは、狭いベッド(というか床)で、セレスを抱き枕のようにガッチリとホールドして、顔色ツヤツヤで熟睡しているレオニード将軍の姿だった。

 セレスは彼の腕の中で、「レオが冷えなくて良かった……」と、よだれを垂らしそうなほど安心しきって眠っている。


「……起こすのも馬鹿馬鹿しいが、王都から不穏な報せが届いているんだ。……おい、将軍、起きろ。不倫疑惑(※独身同士です)で枢機卿がまた泡を吹いてるぞ」


 副官の冷ややかな声で、二人の「雨宿り密着」は幕を閉じた。

 だが、王都に戻る彼らを待っていたのは、教会の保守派による、これまで以上に執拗な「聖女引き離し作戦」の予感であった。


「……セレス様。……何があっても、俺が貴女を守ります。……たとえ、この国を敵に回しても」


 王都へ向かう馬車の中、レオニードはセレスの手を握り、金色の瞳を鋭く光らせた。

 二人の共依存を裂こうとする者への、容赦ない宣戦布告であった。


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