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第13話:聖女、将軍の部下たちに『おかん』として慕われる

 演習二日目。レオニードが他部隊との合同戦略会議のため、一時的に前線を離れた。

 一人、陣地に残されたセレスティーナは、広大な野営地を見渡して深い溜息をついた。


(……ああ、暇だわ。レオがいないと、私の存在意義である『よしよし』の対象がいない。前世の、誰からも電話がかかってこない土曜日の午後を思い出すじゃないの……)


 ふと視線を落とすと、近くの焚き火台で、兵士たちが真っ黒に焦げた干し肉と、石のように硬いパンを無表情に齧っているのが見えた。

 さらにその足元を見れば、泥にまみれたブーツ、親指がひょっこり顔を出した穴あきの靴下。

 セレスの「アラサーお節介センサー」が、過去最大級の警報を鳴らした。


「……ちょっと、あなたたち! そんな塩分の塊みたいなものばかり食べて! 血管が詰まって、戦う前に孤独に倒れるつもり!? それにその靴下は何! 霜焼けになって足先が腐り落ちたらどうするのよ!」


 聖女の叫びに、屈強な兵士たちがビクリと肩を揺らした。


「は、はい!? しかし聖女様、軍の配給食はこれが普通でありますし、靴下を繕う暇など……」


「黙って! レオの部下は私の家族も同然よ! 家族が不健康なのを放っておくなんて、私の辞書にはないわ!」


 そこからのセレスは早かった。

 聖女の特権を利用して、後方の補給部隊から大量の新鮮な野菜を(半ば強引に)徴収。大鍋を用意させると、浄化魔法でアクを抜きつつ、とろとろに煮込んだ特製野菜スープを作り始めた。


「ほら、食べなさい! まずは内臓を温めるのよ! それからそこのあなた、その靴下を脱いで! 私が今すぐ、聖なる糸で繕ってあげるから!」


 最初は困惑していた兵士たちも、セレスが差し出す温かいスープの美味しさと、手際よく靴下を縫い直すその姿に、次第に毒気を抜かれていった。

 前世で培った「一人暮らしのサバイバル家事スキル」が、異世界の戦場で奇跡を起こす。


「お、おいしい……。故郷の母さんの味より、ずっと体に染みる……」

「聖女様に靴下を縫ってもらえるなんて、俺、もう死んでも……いや、死なずに頑張ります!」


 戦場しか知らなかった荒くれ者たちが、一人、また一人とセレスの周囲に集まり、膝をつき始めた。

 セレスは彼ら一人ひとりの頭を「よしよし、頑張ってるわね」「偉いわよ、明日も生きて帰るのよ」と撫でて回る。

 演習場は、もはや実家のような温かさに包まれていた。


 ――そこへ、会議をマッハの速度で終わらせたレオニードが帰還した。


「セレス様! ただいま戻りまし――…………あ?」


 レオニードの目に飛び込んできたのは、自分の精鋭部隊が、あろうことかセレスの膝元で「お母さん……」「女神様……」と涙を流し、骨抜きにされている光景だった。

 あろうことか、一人の若い兵士などは、セレスにスープを「あーん」してもらっている。


 ドォォォォォォンッ!!


 レオニードの足元から、漆黒の殺気が爆発した。

 周囲の気温が、一瞬で絶対零度まで急降下する。


「……殺す。……今この場で、セレス様に触れた者、彼女の慈悲を乞うた者、全員まとめて、塵一つ残さず粛清してやる……」


 レオニードの目が、完全に据わっていた。

 戦場で数万の敵を殲滅する時よりも、遥かに凄まじい「狂犬」の顔。

 兵士たちは一瞬で現実に戻り、「ひ、ひいいっ! 将軍閣下! 誤解です!」と腰を抜かして逃げ惑う。


「ちょっとレオ! 何してるのよ、みんなを虐めないの!」


 セレスが間に割って入り、レオニードの腰に抱きついた。


「この子たちはね、毎日泥だらけで頑張っているのよ! お兄ちゃんなんだから、少しは部下の子たちを可愛がってあげなさいな!」


「……お兄ちゃん? ……俺が、こいつらの……兄?」


 想定外の「家族設定」を突きつけられ、レオニードの殺気が僅かに揺らいだ。


「そうよ! レオは私の自慢の長男……じゃなくて、将軍様なんだから! 器の小さいところを見せないで! ほら、レオには特別にお肉を三倍入れたスープを作っておいたわよ。さあ、あーんして!」


 セレスはレオニードをソファー代わりの切り株に座らせると、彼の口に特大の肉の塊が入ったスプーンを突っ込んだ。


「……もぐ。……。……。……これ、俺だけ……三倍?」


「そうよ、レオが一番頑張っているもの。当たり前でしょう?」


 セレスが満面の笑みで彼の頭を撫で回すと、レオニードの背後から立ち上っていた黒いオーラが、一瞬で「……ふんす……」という満足げな溜息と共に消滅した。

 彼はセレスの腰に腕を回し、周囲の部下たちに向けて「俺だけが三倍だ、わかったか」という、あまりにも大人気ない勝利宣言の眼差しを送る。


 部下たちは、スープを啜りながら遠い目をした。

 副官は、折れた羽ペンを見つめて虚無の表情で呟く。


「……報告書にはこう書こう。……本日の演習により、我が軍は将軍を中心とした『家族』としての絆を深めた……と。……もう、勝手にしてくれ……」


 最強の軍隊が「セレスティーナ大家族」へと変貌した瞬間であった。


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