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第12話:聖女、将軍の軍事演習にピクニック気分で同行する

「……セレス様。本当に行くのですか。国境付近の演習場は、泥と、鉄と、魔物の汚物しかありません。……貴女の白い指先が汚れるのは、俺が耐えられません」


 将軍屋敷の玄関先で、レオニードは沈痛な面持ちでセレスの行く手を阻んでいた。

 大規模な軍事演習。数日間に及ぶ野営が伴う遠征だ。軍の最高責任者としてレオニードの同行は必須だが、彼は「セレス様の心音が二十四時間以上離れると、俺の肺が呼吸を忘れる(=死ぬ)」という凄まじい理屈を展開し、一時は演習の中止すら検討していた。


「何を言ってるの、レオ! あなたが数日も私の目の届かない場所で、泥まみれになって戦うなんて! 誰が野菜を食べさせるの!? 誰が寝冷えしないようにパジャマ(仔犬柄)を着せるの!? 私がついて行かないなんて選択肢、孤独死するよりあり得ないわ!」


 セレスは意気揚々と、特大のレジャーシートと三段重ねのお弁当箱を馬車に積み込んだ。

 こうして、聖王国の精鋭部隊が命を懸けて魔物と対峙する演習場に、なぜか「ピクニック気分の聖女」が同行するという、前代未聞の事態となった。


 数日後。国境付近の広大な平原。

 そこは、怒号と剣劇の音が響き渡る、殺伐とした鉄火場だった。

 屈強な兵士たちが巨大な魔物を相手に泥にまみれ、血気盛んな声が空を突く。


 その、戦線のど真ん中――。

 小高い丘の上に、場違いなほど鮮やかな花柄のレジャーシートが広げられていた。


「レオー! 頑張ってー! しっかり腰を入れて、野菜の恨みを剣に乗せるのよー!」


 セレスは日傘を差し、優雅にサンドイッチを頬張りながら、戦場に向けて手を振っていた。

 周囲の兵士たちは「……な、何だあれは」「聖女様、応援の仕方がズレてないか?」と動揺を隠せない。


 その視線を感じたレオニードのモチベーションが、物理的な爆発を起こした。


(……見ている。セレス様が、俺を見ている。……俺の、最高に強いところを、彼女の目に焼き付けなければ……!)


 レオニードは魔剣を抜き放つと、まるで羽虫でも払うかのような軽やかな動作で、三メートルを超える巨躯の魔物を一刀両断した。

 一撃。また一撃。

 もはや演習ではない。それは、セレスに向けた「雄としての求愛ダンス(殺戮版)」だった。

 彼はわざと派手なアクションで、魔物の首を飛ばし、空中で斬り刻む。


「……見たか、セレス様。……これが、貴女を守る俺の力です」


 レオニードは全身に返り血を浴び、返り血で赤黒く染まった顔で「キリッ」と決め顔を作ってセレスの元へ戻ってきた。

 彼は期待していた。セレスが「まあレオ、なんてたくましいの! 抱きしめて!」と駆け寄ってくる未来を。


 だが、現実は残酷だった。


「レオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 セレスが叫びながら、レジャーシートから飛び出してきた。

 その顔は感動ではなく、戦慄と怒りに染まっている。


「何よその姿! 不潔よ! 不衛生よ! どこの馬の骨ともしれない魔物の血を全身に浴びて! バイ菌が入ったらどうするの! 感染症は孤独死の入り口なんだからぁぁ!」


「……え、あ、セレス様……?」


「今すぐ脱ぎなさい! 脱げ! 私が今すぐ、あなたの毛穴まで浄化してあげるから!」


 セレスはレオニードの胸板に、聖水をバケツ一杯分ぶっかけた。

 さらに、巨大な洗濯板(浄化魔法付与済み)を取り出し、兵士たちの前でレオニードの鎧と、その下のインナーをゴシゴシと力任せに洗い始めた。


「じ、浄化! 除菌! 殺菌よ! レオ、あなた本当に手が焼けるんだから! かっこいいとか以前に、健康管理が最優先っていつも言ってるでしょう!」


「……。……ん……。……すみません……」


 大陸最強の「狂犬将軍」が、演習場のど真ん中で、上半身裸に近い状態で聖女に「よしよし」と洗われている。

 レオニードは最初はショックを受けていたが、セレスにゴシゴシされる感触が心地よくなってきたのか、次第に「……んふ……」と恍惚とした表情でされるがままになり始めた。


 兵士たちは、手にした剣をそっと下ろした。

 副官は、戦術地図で自分の顔を覆い、深い、深いため息をついた。


「……全軍、撤収。……本日の演習は終了だ。……これ以上ここにいたら、我々の兵士としての矜持が孤独死する」


 戦場を家庭的な「洗濯場」に変えてしまった二人は、その後、ピカピカに浄化されたレオニードをセレスが「よしよし」しながらお弁当を食べさせ、周囲をさらに困惑させるのだった。


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