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第11話:レオの寝言と、過去の記憶

 その夜、王都は激しい嵐に見舞われていた。

 叩きつけるような雨が窓を打ち、時折、稲光が夜の闇を白く引き裂く。重低音の雷鳴が屋敷全体を震わせるたびに、セレスティーナは布団の中で肩を跳ねさせていた。


(……前世のワンルームなら、テレビの音で紛らわせたけど。この世界の夜は暗くて、広すぎて……一人でいると、どうしても思い出してしまうわ)


 孤独死。誰にも気づかれず、静かに冷たくなっていく、あの救いのない感触。

 三十歳。前世の自分が人生の幕を閉じた年齢が近づくにつれ、セレスの心には得体の知れない影が差すことが増えていた。


 ――その時、寝室の扉が「バタン!」という遠慮のない音と共に開かれた。


「レオ!? またあなたなの? もう、鍵をかけても無駄だって分かっているけど、少しはノックという概念を覚えなさいな!」


 暗闇の中から現れたレオニードは、漆黒の寝衣を纏い、金色の瞳をどこか落ち着きなく揺らしていた。


「……雷の音が、うるさすぎる。……貴女の心音が聞こえないと、戦場に置き去りにされたような錯覚に陥る。……ここで寝る。許可は求めない」


「もう、屁理屈なんだから! さてはレオ、本当は雷が怖いのね? いいわよ、二十歳になっても甘えん坊なのは、あなたの可愛いところだものね。さあ、入りなさい」


 セレスは「よしよし」とベッドの端を叩いた。

 レオニードは無言でベッドに潜り込むと、いつものように背後からセレスを布団ごと抱きかかえ、自分の胸板へと密着させた。

 岩のような筋肉の硬さと、熱いほどの体温。セレスはその安心感に身を委ね、ほどなくして深い眠りに落ちた……はずだった。


「……っ……ぁ……」


 深夜。隣で眠るレオニードの異変に、セレスは目を覚ました。

 抱きしめてくる腕が、小刻みに震えている。

 月光に照らされたレオニードの横顔は、苦痛に歪み、額にはびっしょりと冷や汗が浮かんでいた。


「……やめろ……行かないで……セレス、様……」


 掠れた、今にも消え入りそうな声。

 それは「狂犬将軍」として恐れられる男の声ではなく、十年前、スラムの泥濘の中で震えていた少年の叫びだった。


「……置いていかないで……。俺を、また、あんな暗い場所に……独りにしないで……っ」


 レオニードの手が、シーツを力任せに掴む。ミシリ、と繊維が千切れる音がした。

 悪夢を見ているのだ。十年前、教会の命令で無理やり引き離された日のこと。あるいは、彼が戦場で見てきた、数多の「死」と「孤独」の光景。


(……ああ。……そうだったわ。私は自分の孤独死ばかりを恐れていたけれど、この子は……この子は十年間、ずっとこの恐怖と戦ってきたのね)


 セレスの胸が、締め付けられるように痛んだ。

 「狂犬」として成り上がったその裏側で、彼はたった一人の「神」に縋ることでしか、自分の心を保てなかったのだ。


「レオ……レオ、大丈夫よ。私はここよ。ここにいるわ!」


 セレスはレオニードの方へ向き直り、うなされる大男を正面から力一杯抱きしめた。

 彼の広い胸に顔を埋め、背中に手を回し、必死に体温を伝える。


「レオ、聞きなさい! 私はセレスティーナ! あなたのセレスよ! 誰がなんと言おうと、あなたが嫌だと言っても、私は絶対にあなたを一人にしない! 孤独に死なせたりなんて、絶対にさせないんだから!」


 セレスの体から、無意識のうちに純白の浄化の光が溢れ出した。

 慈愛、執着、そして「私が必要とされたい」という切実な願いが混じった、強力な聖女の奇跡。

 その光はレオニードを優しく包み込み、彼を苛んでいた悪夢の霧を霧散させていく。


「……。……ぁ……」


 レオニードの呼吸が、次第に安定していく。

 彼はゆっくりと金色の瞳を開いた。至近距離にあるのは、自分を必死に抱きしめ、鼻を赤くして「レオぉぉぉ!」と泣き騒いでいるセレスの顔だった。


「……セレス、様……?」


「レオ! 気がついた!? ああ良かった、また急性不眠症(?)で脳が溶けちゃったかと思ったわよ! もう、心配させないで!」


 セレスはボロボロと涙をこぼしながら、レオニードの頬を両手で挟み、何度も「よしよし」と撫でた。


「怖くないわよ。私はずっとここにいるわ。明日も、明後日も、あなたが『もう過保護はやめて』って言うまで、ずっとずっと一緒にいてあげるから!」


 レオニードは、呆然としたままセレスを見つめていた。

 そして、何かに確信を得たように、彼女の腰に腕を回し、これまで以上に強く、逃げ場のない力で彼女を閉じ込めた。


「……『やめて』など、一生言いません。……神に誓って。……貴女がそう言ってくれたこと、後悔させませんから」


 レオニードの声には、もはや少年の脆さはなかった。

 代わりに宿ったのは、執念という名の毒が混じった、極上の甘い響き。

 彼はセレスの首筋に深く顔を埋め、その柔らかな肌に、消えることのない誓いの口づけを落とした。


(……あれ? なんかレオの雰囲気が、いつもより重厚……っていうか、ドロリとしてるような?)


 セレスは赤面しつつも、「きっとまだ夢の続きで心細いのね」と、自分に都合よく解釈して彼の背中をポンポンと叩いた。


「ええ、いいわよ。レオが安心するまで、こうしててあげるわ。……さあ、寝ましょう? 睡眠不足は孤独死への特急券なんだから」


「……ああ。……おやすみなさい、俺の……セレス様」


 レオニードは満足げに目を閉じた。

 彼女の「慈悲」という名の呪いが、自分を一生縛り付けることを確信して。


 翌朝、昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡った部屋で、副官が朝食を運んできた。

 そこで見たのは、昨夜よりも密着度が上がり、もはやどちらが腕でどちらが足か分からないほど絡まり合って眠る二人の姿だった。


「……もう、何も言わん。……というか、将軍の顔が幸せすぎて、逆に怖い」


 副官は静かに扉を閉めた。

 二人の共依存は、嵐の夜を経て、いよいよ引き裂くことのできない深淵へと到達したのである。


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