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第10話:レオの嫉妬、再燃? 街デートの罠

「レオ、落ち着いて。いい? ここは戦場じゃないわ。王都のメインストリートよ。だからその、今にも魔剣を抜きそうな手をおろしなさいな」


 セレスティーナは、隣を歩く巨躯の男――変装中のつもりのレオニードの腕を必死に抑えていた。

 今日のレオニードは、いつもの黒い軍服ではなく、地味な茶系の平民服を纏っている。だが、隠しきれない筋骨隆々の体躯と、前髪の隙間から漏れ出す「近寄る者はすべて屠る」という鋭い金色の眼光のせいで、周囲の歩行者たちはモーゼの十戒のごとく二人のために道を空けていた。


「……セレス様。……あそこにいる男、さっきから三秒以上貴女を見ています。……目を潰して、二度と不浄な光を貴女に向けられないようにすべきでは」


「ダメに決まってるでしょう! あれはただの八百屋のおじさんよ! あ、レオ、見て! あっちの果物、美味しそうよ!」


 セレスはレオニードの不穏な発言をスルーし、彼の大きな手をギュッと握りしめた。

 いわゆる「恋人繋ぎ」だが、セレスにとっては「迷子防止の命綱」である。


(レオはスラム出身で、ずっと軍隊にいたのよ。こんな人混みは慣れていないはず。もしはぐれて、悪い人たちに騙されて、変な壺とか買わされて、借金まみれで孤独死することになったら……! 私、一生後悔するわ!)


 セレスの脳内では、レオニードは依然として「世間知らずで壊れやすい仔犬」のまま固定されている。

 対するレオニードは、繋がれた手の柔らかな感触に、内心で勝利の咆哮を上げていた。


(……温かい。……セレス様が、俺の手を離さない。……このまま一生、人混みが続けばいいのに)


 だが、平和な時間は長くは続かない。

 三十路を迎え、成熟した大人の色香と聖女としての清廉さを併せ持つセレスは、街の男たちの目を惹きすぎた。

 レオニードが少しだけ店先に並んだ干し肉(セレスへの献上品候補)に目を向けた隙に、一人のナンパ師がセレスに声をかけた。


「やあ、お姉さん。一人? すごく綺麗だね、良ければこの後、お茶でも――」


 刹那。

 街の気温が、一瞬でマイナス四十度まで叩き落とされた。


 レオニードが、音もなく男の背後に立っていた。

 彼はセレスと繋いでいない方の手を、ゆっくりと男の肩に置く。ミシリ、と不穏な音が響く。


「……あ? あ、あああ、あがががが……っ!?」


「……俺の、セレス様に……何を、言った。……その汚い口を、今すぐ縫い合わせてやろうか。……それとも、内臓をすべて浄化(物理)して、二度と女に声をかけられない体に……」


「ヒッ、ヒィィィィィ! ごごごめんなさいいぃぃぃ!」


 男は失禁せんばかりの勢いで逃げ出した。

 レオニードは逃げゆく背中を、本気で魔剣を抜こうとして睨みつける。


「レオ! 顔が怖いわよ! 血管が浮き出てるじゃない!」


 セレスが慌ててレオニードの前に回り込み、彼の頬を両手で包み込んだ。


「さては……レオ。あなた、あのおじさんが持っていたリンゴ飴が欲しくて、緊張して威嚇しちゃったのね!? もう、欲しいなら素直に言いなさいな!」


「……は? リンゴ……飴?」


 レオニードの漆黒の殺意が、セレスの「人見知り解釈」によって見事に霧散した。


「いいのよ、レオ。人見知りなあなたが、頑張って外に出たんだもの。ご褒美に私が買ってあげるわ。待ってなさい!」


 セレスは屋台へ走り、真っ赤なリンゴ飴を二本購入してきた。

 一本をレオニードに差し出し、もう一本を自分で持つ。


「ほら、食べてみて。甘くて美味しいわよ。前世……じゃなくて、昔はこういうのが憧れだったのよねぇ」


 セレスが幸せそうにリンゴ飴を頬張る。

 レオニードは、手渡された飴を見つめた後、あえて自分の分を口にせず、セレスの持つ飴を、彼女の手ごとガブリと一口食べた。


「……あ。レオ、それ私の……!」


「……セレス様が食べているものの方が、甘くて美味しそうです。……それに、こうしていれば、貴女の体温も一緒に摂取できる」


 レオニードはセレスの手を自分の口元に固定したまま、とろけるような顔で彼女を見つめた。

 周囲の平民たちは「ひっ、あの男、なんて独占欲だ」「聖女様を食べてるみたいだぞ」と囁き合うが、セレスは赤面しつつも別の心配をしていた。


「もう、レオったら。わんぱくなんだから! ほら、口の周りがベタベタよ。私が拭いてあげるから、動かないでね」


 セレスがハンカチでレオニードの口元を拭ってあげると、レオニードは満足げに彼女の腰を引き寄せ、耳元で低く囁いた。


「……外は、害虫(男)が多すぎます。……やはり、貴女を屋敷の外に出すべきではなかった。……帰りましょう。……そして、俺だけを見ていてください」


「そうね、やっぱりレオにはまだ街歩きは早かったわね。人酔いしちゃったみたいだし、帰って寝かしつけ(よしよし)てあげなきゃ!」


 お互いに「自分が相手を守らなければ」と固く決意し、二人はさらに強く手を繋いで屋敷へと戻っていった。

 背後で「……今日も平和(?)だな」と、影から護衛していた副官が、リンゴ飴の棒を虚空に投げ捨てて終了した。


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