妹
増田沙耶、奥田聖一と真希との間に出来た子で、秋晴の妹だ。真希は娘だけを連れて家を出ている。
「今の話、本当ですか?」と沙耶が聞く。
「本当ですよ。こいつ、インテリで嫌味なクソ野郎です」と俺が平尾を指差すと、「先輩~」と平尾が悲鳴を上げる。
沙耶はにこりともしないで聞いた。「お兄ちゃんがパパを殺して逃げてるって」
「まだ秋晴さんが犯人だと決まった訳ではありません。ちょっと話を聞かせてもらえませんか?」
「はい」と沙耶が頷いた。
近所の喫茶店で話を聞くことになった。
「何でも好きなものを注文して良いよ」と言うと、もじもじと遠慮していた。その様子を見て、平尾が、「先輩。僕もご馳走になって良いですか?」と聞く。
「良いよ」と言うと、「じゃあ、パフェを。君もどう?」と平尾が沙耶に声をかける。
沙耶が「私もパフェで良いですか?」とおずおずと言った。
目の前にパフェが運ばれて来ると、手をつけて良いものかどうか迷っている風だったので、平尾が先に食べ始めた。
「いけますよ。溶けない内にどうぞ」と平尾が沙耶に言う。
沙耶がやっと手を付ける。
二人がパフェを食べ終わるのを待たされた。
「さて、教えてくれないかな? 何か、おじさんたちに話したいことがあったんだよね」
すかさず平尾が突っ込む。「先輩。僕はおにいさん、おじさんは先輩だけ」
沙耶がくすりと笑う。やっと緊張がほぐれたようで、ぽつぽつと話し始めた。
「パパが怖かった」と沙耶が言う。
聖一は怒ると直ぐに手が出るタイプで、「何がパパを怒らせたのか覚えていませんけど――」と原因は忘れてしまっていたが、子供の頃に聖一に蹴られて左腕の上腕骨を骨折したことがあったと言う。
立派なDVだ。警察には通報しなかったようだ。
「それからは、お兄ちゃんが――」と、兄の秋晴が沙耶に代わって殴られるようになった。
「お兄さんが」
「ママも泣いて縋ったりしてくれたのですが、パパを止めることが出来ませんでした」
「それが離婚の原因ですか?」
「いえ。パパとママが離婚した時には、もうパパは大人しくなっていました」
「大人しくなっていた?」
「はい。兄が高校生になり、WCPに認定されてからは、ぴたっとパパの暴力が止みました」
「DVが止んだ。何故?」
「パパは兄が怖かったのだと思います」
満月の夜になると、秋晴は狼男に変身することが出来る。その時、日頃の恨みを晴らされたら、仕返しされたら、襲って来られたら、聖一では太刀打ちできない。それが怖かったのだ。
「それは・・・」
本当、どうしようもないやつだと思ったが、沙耶の父だ。口には出来なかった。
「いいの。どうしようもない男でしょう。自分より弱い人間に対しては暴力を振るうけど、強い人間には逆らえない。パパはそんな人でした」
聖一の会社の同僚が言っていた。聖一は上にはへつらうが下には態度がデカいと。秋晴がWCPであることが分かり、仕返しが恐ろしくなり、突然、態度を変えたのだ。
「しかし、そうであれば、何故、ご両親は離婚したのでしょう?」
「ママも兄が怖かったのだと思います」
「怖い?」
「兄自身ではなく、怖かったのは、世間の目だったのかもしれません」
「ああ、そういうことですか」
俺には理解できた。家族にWCPがいると知れると、世間の見る目が変わってしまう。家族がWCPと認定されただけで、罪を犯した訳でもないのに身内に犯罪者がいるような眼で見られてしまう。そして、家族にWCPがいるというだけで、恐ろしい病原菌を持った保菌者のように扱われてしまう。
「ママは結局、パパとお兄ちゃんを置いて、家を出てしまいました。悪いのはママだけじゃありません。私だって・・・お兄ちゃんがWCPだと友だちに知れるのが怖かった・・・」
そう言うと、沙耶は顔を歪めた。両目に見る見る涙が浮かんで行く。平尾がポケットからハンカチを取り出して、沙耶に渡した。「ありがとうございます」と沙耶が涙を拭う。
「君はお兄さんのこと、どう思っているの?」
「優しいお兄ちゃんです」
「お兄ちゃんのこと、怖い?」
「そんな。お兄ちゃんは私を傷つけたりしません。絶対に」
「その気持ちがあれば大丈夫だ。お兄さんは君のこと恨んでなんかいないよ」
「恨んでいたって良い。私とママはお兄ちゃんを捨てたのだから」
「最近、お兄さんと会った?」
「うん。二週間くらい前」
沙耶と秋晴は親に黙って会っていたようだ。就職が決まらなくて、悩んでいたと言う。
「思いつめた様子だったのですね?」
「暗い顔で、『この世の中に、僕の居場所なんてないんだ』と言っていました。そんなことないと励ましましたけど、お兄ちゃん、心を病んでいるんじゃないかと心配になりました」
WCPだと認定され、母親と妹には逃げられ、恐らく友だちも離れて行ったに違いない。そして、就職難だ。自分は何も悪いことなんかしていない。何故、こんな差別を受けなければならないのかと、自分の運命を呪ったかもしれない。世をはかなみ自暴自棄になっていたのかもしれない。
「お兄さん、今、何処にいるのか分からない?」
「分かりません」
「これ以上、お兄さんに罪を重ねてもらいたくないんだ。何処か行きそうなところがあったら、教えてくれないか」と頼むと、「ひょっとすると、あそこかもしれません」と沙耶は何か思い出した様子だった。
「何処です?」




