噂は走る
アパートの住人から話を聞いた。
階下の住人は、一昨日の夜に二階で大きな物音がしたと言う。「まるで地震のようにアパートが揺れた」と証言した。事件のあった時刻だ。大きな物音を聞いたという住人は他にもいた。だが、部屋に様子を見に行ったものはいなかった。
「それだけ大きな物音だったのなら、通報してくれれば良かったのに」と平尾が嘆く。
「そんなものよ」と明日香。
誰だって面倒ごとに巻き込まれたくない。通報して、何事も無ければ、余計な反感を買ってしまう。
「第一発見者は会社の人間だ」と明日香が言うので、話を聞きに行った。
車で十分程度の場所に会社があった。
電気工事を請け負う会社だそうで、遺体を発見した会社の人間から話を聞いた。直属の上司だそうで、「無断欠勤なんて初めてのことで、それが二日も続いたので、流石に変だと思い様子を見に行きました」と言う。
「無断欠勤は初めてだったのですね」
「初めてです。真面目な人でした。二日も連絡が無いなんて、何かあったんじゃないかと思いました。電話をかけても応答が無いし、課長から見て来いと言われてので、様子を見に行ったら・・・」
「奥田聖一さんは、どんな社員でしたか?」
「何時も駄洒落を言っているような明るい人でした。奥さんに逃げられて、男手ひとつで息子さんを育てていました」
「様子を見に行った時、ドアに鍵は掛かっていましたか?」
「それが、鍵がかかっていない上に、ドアが半開きだったのです。だから、『奥田さん、上がりますよ~』と声をかけながら、部屋に入りました」
秋晴はドアを開けたまま出て行ったようだ。やはり狼男に変身していたのだろうか。
「あの光景は忘れられません。夢に出て来そうです」と直属上司は困惑の表情を浮かべていた。
会社にいた同僚からも話を聞いた。
「奥田さん? そうですねえ~ちょっと付き合いにくいところのある人でした」と言う。
「付き合いにくいところとは?」
「俺はお前たちとは違うんだ~みたいなことを言われたことがあります。何がどう違うのか、説明してもらいたかったですね」と憤懣やるかたないといった感じで答える。
「プライドの高い人だったのですね」
「どうですかねえ~日頃は大人しい人で、『無理、無理』が口癖なのですが、時折、何が原因なのか分かりませんが、突然、切れたりします。持っていたペンチを床に投げつけて、床修理が必要になったことがありました。上司にはぺこぺこするのに、俺らには厳しかったりしました。なんだか、よく分からない人でした」
情緒不安定な人間だったようだ。上司の描く奥田聖一像とは、まるで別人だった。
会社での聞き込みを終えると、明日香の携帯に着信があった。
「はい、はい」と明日香が何時になく丁寧に返事をしている。電話が終わると、「私は防犯カメラの映像で奥田秋晴の行方を追うことにする」と警視庁に戻って行った。
俺たち二人、取りこのされた。
「多門さん、何だか変ですね?」と平尾が言う。
こいつ、なかなか勘が鋭い。
「暴走特急にブレーキをかける人がいるんだよ」
「暴走特急? 多門さんのことですか? ひたむきで健気なだけじゃないですか」
明日香のことだと分かっている。
「しかも、超絶、毒舌だぞ」
「先輩には気を許しているんですよ」と平尾が言ったものだから、「俺に? そんなことないよ」と不自然に否定してしまった。
捜査に変な感情は持ち込みたくない。それに俺はWCPだ。明日香には似合わない。
「さて、どうします?」と平尾が聞く。
「ガイシャには別れた奥さんがいると言っていたな。秋晴が頼って行くかもしれない。当たってみよう」
奥田秋晴はWCPだ。個人情報がデータベースに登録されている。当然、親兄弟も遺伝子疾患を持っている可能性があり、データベースに記録があった。
奥田聖一の元妻、増田真希の住所は直ぐに分かった。
俺たちは増田真希を訪ねた。
「奥田聖一さんのことでお伺いしたいことがあります」と言うと、真希は俺たちを玄関から押し出しながら、「ちょっと、ここでは困ります」と言った。
玄関先での立ち話になった。
「奥田聖一さんの元奥さんですよね?」
「彼とは五年前に別れました。最近は、連絡も取っておりません」
「聖一さん、亡くなりました」
「えっ!」と真希が固まる。
「殺されたようです」
「あの人が死んだ・・・」
「息子さんの秋晴さんが行方不明です」
「秋晴が・・・」
「息子さんの行方に心当たりはありませんか?」
自宅の前を通った近所の奥さんが玄関先で立ち話をする俺たちを興味深そうに見ながら歩いて行った。
すると、「知りません。あの子とも会っていませんから!」と真希が激昂した。
「私は何も知りません。お願いです。もう帰ってください」と言い捨てると、真希は逃げるように家の中へ消えて行った。
「あらら~逃げられちゃいましたね」と平尾が呑気に言う。
「近所で噂になるのが嫌なようだ」
「元旦那が殺されたと言うのに、気にならないのですかね」
「仕方ない。人の噂が広まるのは早い。陰口を叩かれるのは辛いぞ」
「人の噂は千里を走る――ってやつですね。知らないことを教えてあげるということは、自分の価値を上げることになりますからね。悪い噂ほど広まり易い」
「お前、インテリな分、嫌味なやつだね~」
「冷徹で自己中のクソ野郎ですからね。昔、彼女から、そう言われたことがあります」
「自分でそう言えるくらいだから、全然、気にしていないってことだ」と言った時、「あの~」と背後から声をかけられた。
振り向くと、女子高校生くらいの制服を着た女の子が立っていた。




