犯人はWCP
――山城、事件だ。
と武藤班長に呼ばれた。
「狼班」の事件となれば、WCP絡みの事件だろう。
班長のもとに飛んで行った。
「コロシだ。至急、現場に向かってくれ」と班長から住所を告げられた。
「ですが、班長、満月の夜にはまだ日があります」
満月の夜になると、薬物治療を受けていないWCPは衝動を押さえ切れなくなって凶悪事件を引き起こしてしまう。「狼班」はそういった事件を専門に扱う部署だが、まだ満月の夜には日があった。
「被害者は奥田聖一。加害者は息子の秋晴だと思われる」
「奥田秋晴⁉」
その名前に聞き覚えがあった。
「そうだ。奥田秋晴はWCPだ」
「奥田秋晴が父親を殺害した。それも、満月でもなんでもない日に。たまたま加害者がWCPだっただけで、普通の殺人事件だと、そういうことでしょうか?」
「そうなる」
「であれば一課に任せておいた方が良いのでは? 我々が出張ると、余計な軋轢を生んだりしませんか?」
狼班と一課は上手くやっているとは言えなかった。明日香は山城たちと普通に接してくれるが、一課の刑事には「あいつらと一緒に仕事をするのは嫌だ。何時、背中から襲われるか分からない」、「狼に捜査が出来るのか?」、「警察犬代わりに、俺たちの下請け捜査だけ、やっていれば良いんだ」と狼班を下に見るものが多かった。
「その辺は気にしなくて大丈夫だ。多門君を助けてやってくれ」と班長が言う。
「明日香を?」
明日香はベテラン刑事だ。助けを必要とすることなど無いに等しい。何を助ければ良いのだろう?
「行くぞ。現場に行ってみる」と平尾を促して狼班を出た。
狼班は陽の当らない地下にある。エレベーターを待っていると、やって来たエレベーターから敷島係長が降りて来た。
敷島豪俊、捜査一課の係長で明日香の上司だ。警視庁内で、ちょっとした有名人で、アマチュア・ラグビー界で名の知られた人物でもある。高校時代に楽南工業のキャプテンとして全国制覇を成し遂げている。ラガーマンとしては小柄だ。がっしりとした体格だが、身長は百七十センチ程度しかない。現代スポーツは体格に勝る者が有利になることが多い。敷島は背が低くても出来るスポーツはないかと探し回り、ラグビーではハーフと言うポジションに小柄な選手が多いことを知った。そこで、抜群の運動神経を生かし、高校日本代表に選ばれ、将来のラグビー界を背負って立つ逸材として期待されたが、ラグビーは接触プレーの多い激しいスポーツだ。大男たちの激しいタックルを受け、体がぼろぼろになってしまった。大学時代に負った怪我が原因で、選手生命を絶たれてしまった。
大学卒業後、警察官の道を選んだ。機動捜査隊に所属し、初動捜査を担当した。覆面パトカーで担当地域を警邏し、事件発生の一報を受けると、真っ先に現場に駆け捜査に当たるのだ。その後、捜査一課に異動となり、係長に昇進している。
「おっ! 丁度、良かった。山城、お前に話がある」と敷島係長が言う。
「何でしょう?」
「今から出動か? 歩きながら話そう」
「はい」敷島係長と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
平尾が続こうとするが、「お前は次のエレベーターで来い」と胸を押して、エレベーターから押し出した。
「そんなあ~」と平尾の声が終わらない内に、エレベーターが閉まった。
エレベーターが動き出す。
「明日香の親父のことは知っているか?」と敷島係長に聞かれた。
「いいえ。明日香、プライベートについては、全く話したがりませんから。妹さんが招知大学にいることを知っているくらいです」
「今日香ちゃんだな。彼女の学費は、明日香が出している」
「へえ~」と感心した。妹と仲が良いことは知っていたが、そこまで妹思いだったとは意外だった。
「それもこれも、父親が関係している」
「明日香の父親ですか?」
「明日香の父親は学校の教師だった。非常に厳格な人で、明日香たち姉妹は厳しく躾けられ、育てられた。その厳しさは躾けの域を越えていた」
「モラハラ・・・ですか」
「モラハラにDVまであったようだ。母親は気の弱い人で、父親の狂気を止めることが出来なかった。父親が子供たちを折檻するのを、見て見ぬ振りをしていた。気の強い明日香には父親も手を焼いたようだが、今日香ちゃんは優しい子だ。父親の標的になり易かった。高校生になると、明日香は体を鍛え、武道を習い、強くなること追い求めた。そして、高校を卒業すると明日香は警察官になった。そして、『今日から家族は私が養う』と宣言すると、父親を力づくで家から追い出してしまった」
「えっ⁉」
気の強い女だと思っていたが、明日香の気の強さの裏には、悲しい過去があったのだ。
「今回の事件はWCP絡みだとは言え、狼班に出張ってもらうような事件ではない。だがな。山城。俺は心配なのだ。明日香のことが」
「明日香のことが心配?」
「どうやら奥田秋晴の父親は息子にパワハラを繰り返していたらしい。一人息子がWCPであることが許せなかったみたいなのだ」
「なるほど」
明日香は奥田秋晴の父親がパワハラを働いていたことを知っている。奥田秋晴と我が身を重ねて、暴走してしまうのではないか、必要以上に傷ついてしまうのではないか、と敷島は恐れているのだ。




