潜伏狼
「中を見せてもらえますか?」
「鍵は掛かっていないはずです」
俺と明日香は部屋に入った。
真っ暗だ。壁際のスイッチを押す。灯りが灯る。
ベッドがあるだけの殺風景な部屋だった。昼間でも真っ暗なのは、窓が無いからだ。壁は防音と補強を施したのだろう。コンクリート製の壁になっていた。
毎月、満月の夜になると、息子はこの部屋に籠るのだと言う。そして、夜明けまで、この部屋で過ごす。まるで牢獄だ。息子はここで暴れ回りたい衝動と戦いながら、夜が明けるのをじっと待っていたのだ。
防音措置は施してあるのだが、それでも息子の遠吠えが外に漏れ出してしまうのは、どうしようも無かったようだ。
明日香と共に部屋を出る。
「さて、社長さん。大事な話を聞かせてもらわなければなりません」
俺は社長に尋ねた。「今月と先月の満月の夜、息子さんはここにいましたか?」
「はい。もちろんいました。十八の年に、あいつが狼男になってから、満月の夜は、必ず家にいます。事件を起こすと大変ですので、一度も外出させたことはありません」
社長は俺の目を真っすぐに見ながら答えた。どうやら嘘をついている訳ではなさそうだ。
息子がここにいたとなると、一連の事件とは無関係だと言うことだ。
「息子さんが戻ったら、最寄りの警察署に行くか、それが嫌なら私に連絡をください。WCPとして登録し、投薬を受けることが出来るように手配します」
「はい」と社長が頷いた時、「山城さん」と平尾が顔を出した。
今までどこにいたのだ。
「彼が戻って来ました」
どうやら息子が家の近所をうろついていることに気がついて、捕まえに行っていたようだ。
隠れ狼を一人、あぶり出すことに成功したが、捜査は振りだしに戻ってしまった。俺たちは警視庁に戻ることにした。
帰りの車の中で、平尾が言った。「何故、彼は隠れ狼となって生きる道を選んだのでしょう?」
「差別を受けることが嫌だったのだろう」と俺が答える。
「差別?」
「そうだ。お前、俺と一緒に働いていて、怖くないのか?」
「怖い? 先輩がですか? 優しい人ですよね?」
「はは」平尾の答えにハンドルを握る明日香が吹き出す。
「それを俺に聞くか? 突然、襲いかかって来そうな気がしないか?」
「う~ん。まあ、多分、何とかなるんじゃないかと思います」
結構な自信だ。
「私も何とかなると思っている」と明日香まで調子に乗って言う。
「狼男に変身したら、お前たちなんて、赤子の手を捻るようなものだ」
「へえ~そうなのですか。でも、大丈夫です」
「何が大丈夫なのだ?」
「だって、僕、強いので」
「あはははは~!」と明日香が大笑いした。「いいねえ~君。気に入った。最近の若者にしては骨がありそうだ」
「ちえっ!」
俺は舌打ちしたが、内心、ちょっと嬉しかった。明日香と言い、平尾と言い、まるで俺を怖がらない。こんなやつら、本当、見たことがない。俺がWCPだと知れた途端、周りの人間は皆、離れて行った。学生時代、警察官になってからも、俺は常に一人ぼっちだった。心から信頼できる相手と言えば、同じWCPである班長だけだった。
狼班に戻った。
班長に報告を行うと、「そうか。隠れ狼を一人、見つけた訳だ。事件を起こす前に見つけることが出来て良かった」と言った。本心だろう。
そして、表情を引き締めると、「犯人は潜伏狼なのかもしれない」と言った。
「潜伏狼ですか⁉」
「他に考えようがない」
「しかし・・・」
潜伏狼の話は聞いたことがあった。逆に言えば、それほど珍しい存在だと言えた。
潜伏狼とは、遺伝子疾患を持ちながらも、満月の夜に狼男に変身することがない男を言う。狼男の遺伝因子が十分でないことから、男でありながら狼男に変身することがない。但し、満月の夜に情緒が不安定となり、暴力的になるなどの症状が現れる。
同様に未成年の男子や女性でも、狼男の因子が多過ぎると、満月の夜に狼男に変身することはなくても、攻撃的になるなど、狂暴性が現れることがあると言う。
WCPの研究はまだ始まったばかりだと言える。潜伏狼については、分かっていないことが多過ぎた。
「歯形が成人男子のものとしては小さいことも、それで説明がつく」
「犯人は子供、若しくは女性だと言うことですか?」
「それを念頭に、捜査を進めた方が良いだろう」
「分かりました」と俺は頷いてから、ふと思い出した。「班長。平尾って、何者なのです?」
「説明した通りだ。狼班に配属された新人刑事で、平尾警視正の御子息だ」
「それだけですか?」
「何故だ」
「あいつ、俺を怖がらないのです」と言うと、班長には通じたようだった。
「なるほど」
「あいつ、WCPですか?」
「言っただろう。満月の夜には、お前が使えないから来てもらった刑事だ。WCPだと満月の夜に使えないことに変わりはない」
「班長のような――」
フリーマンであれば、満月の夜であっても影響は少ない。だが、班長は「違う」と否定した。
「そうですか」
「とにかく鍛えてやってくれ。うちにいるのは、そう長くないだろうから、その間、WCPに関することをしっかり叩き込んでおいてくれ」と班長が言った。
やはり何かあるのだ。俺に言えないことが。




