牢獄
森愛華の証言に基づき、俺たち、三人は手分けしてアパートの近所で聞き込みを行った。
「ええ。確かに、夜中に犬の遠吠えのような声を聞くことがあります」という証言がいくつかあった。証言を辿って行くと、一軒の町工場に行き着いた。
――小山製作所。
という町工場だった。
町工場を直撃した。社長だと言う、貧相な痩せた老人が出て来て、「騒音には気をつけておりますが、うちは工場ですから、どうしても音を立ててしまいます。申し訳ありません」と頭を下げた。
「いえ、昼間ではなく、夜です。夜中に犬の遠吠えのような声が聞こえるという訴えがあったのですがね」と俺が言うと、「夜中ですか⁉ 夜中に作業なんてしません。それはうちではありません」と社長が答えたが、俺と視線を合わせようとしない。
嘘をついているのだ。
「工場の中を見せてもらって良いですか?」と聞くと、「ええ。構いません」と社長が答えた。
俺は平尾を手招きすると、「工場を見せてもらっている間に、従業員に聞き込みをかけてくれ」と囁いた。
「はい」と平尾が足早に立ち去る。
俺と明日香で工場を見て回ったが、不審なところは見つかなかった。従業員は社長を含め四人程で、忙しそうに機械を動かして金属加工を行っている。こういう中小企業が日本の経済を支えているのだ。
平尾が戻って来た。俺を見て微かに頷いたところを見ると、何か収穫があったようだ。
「二階があるようですが」と社長に聞くと、「二階は事務所になっています」と答える。
「見せてもらって構いませんか?」
「はい」と社長に二階に案内してもらった。
建物の横に設けられたステンレス製の外階段を三人で登って行く。二階には事務所があった。
「家内です」と社長が事務所にいた、くたびれた感じの老女を紹介した。工場の事務を担っていると言う。
入り口傍に事務机が二つ、向い会う形で並べられている。奥の窓際には大き目の事務机が置かれている。恐らく社長用だろう。
事務所には他に職員用のロッカールームと休憩室があった。
ぐるりと見て回ったが、怪しいところは見られなかった。
事務所を出る。
眼下に屋敷が見える。「お隣はご自宅ですか?」と社長に聞くと、「えっ、いや、ええ、はい。自宅です。自宅ですが、誰もいませんよ」と答えた。
明らかに動揺している。
「息子さんは今、どちらに?」と平尾が尋ねる。
「息子? 工場にいますが」
「我々が尋ねて来てから、直ぐに姿を消したみたいです」
従業員を聞き込んで回って、社長の息子がいないことを突き止めたようだ。
「さあ、休憩しているのでしょう?」
「自宅に戻ったのかもしれませんね」
「いや、自宅は、その・・・違います。仕事中に家に戻るなんて・・・」
「そうですか? ちょくちょく、仕事中に家に戻っていると聞きましたが」
仕事をサボって家に戻ることがあったようだ。
「そんな・・・一体、誰がそんなことを・・・」
社長が分かり易く動揺する。
「どうやら、自宅に見られては困るものがあるようですね」と俺が言うと、社長は一瞬、驚いた顔で俺の顔を見たが、次の瞬間には目を逸らして俯いた。
図星のようだ。
俺たちは無言で階段を降りると、自宅へと向かった。
工場の敷地内に平屋の家屋がある。工場と自宅の間には駐車場と猫の額ほどの庭があるだけだ。
俺たち、三人の後を社長がついて来る。観念した様子だった。
玄関前で、「中を見せて頂けますか?」と社長に言うと、「どうぞ」と言って玄関を開けた。鍵は掛かっていなかった。
「失礼します」
俺たちは中に入った。
三人で手分けをして、家の中を見て回る。直ぐに明日香が「おいっ!」と俺を呼んだ。異常に気がついたのだ。声の方に行くと、廊下の先に明日香が立っていた。
「これを見ろ」と明日香が言う。
明日香の前には部屋のドアと思えない頑丈な鉄の扉があった。しかも、外から閂を掛けることができるようになっていた。何かを閉じ込める為につくられた部屋なのだ。
廊下の向こうで、社長が様子を窺っている。「ここは?」と尋ねると、「息子の部屋です」と答えた。
「息子さん。隠れ狼なのですね?」
俺が尋ねると、社長は廊下に這いつくばると、「すみません!」と床に頭をこすりつけた。
「別に謝るようなことではありません。きちんと届け出をして、服薬をすれば良いだけの話です。今まで、人目を忍んで生きて来たのでしょうが、最初のボタンを掛け違えただけです。今からでも遅くはありません」
俺が言うと、「ううう」と社長は顔を伏せたまま泣き出した。
WCPの中には、隠れ狼になることを選ぶ者がいる。WCPだと認定を受けてしまえば、どうしても周囲にWCPであることが知れ渡ってしまう。
まだまだWCPに対する根強い差別があることを、俺自身、身を以て知っている。満月の夜になると、人を襲って食ってしまう――と考えている者が多い。WCPは絶滅させよ――と声高に唱える者もいる。
WCPとして生きて行くことは、足枷をされて歩かされているようなものだ。だから、隠れ狼となって満月を何とかやり過ごすことで、人に知れずに生きて行こうとする者が後を絶たない。




