不審者
「てめぇ~この野郎!」
玄武会のチンピラどもが血気にはやる。相手がヤクザでも、明日香はお構いなしだ。
「私は野郎ではない。女だ。見て分からないのか? さあ、知っていることを話せ」
「はい、はい。教えてやるから、とっとと出て行ってくれ。あんたたちがいたんじゃあ、うちの若いもんが、暴発してしまいそうだ。もっとも噂だよ。本当のところは、麒麟の連中に聞いてくれ」と言って、吉川はひとつの噂を教えてくれた。
加藤は縄張りにある飲食店からのみかじめ料をピンハネしていたと言うのだ。そのことが組にバレて消された――という噂があった。
「店から多く搾り取って、いつもの金額は組に収めていたそうなので、麒麟の幹部も長いこと気がつかなかったらしい。たまりかねた店からタレコミがあって、あがりとピンハネしていたことが露見したって訳だ」
吉川はそこで言葉を切ると、ギロリと事務所内を見回して、「まあ、うちにはそんな不届きものはいねえからな。もし、いたらセメント詰めにして東京湾に沈めてやる」とすごんだ。
チンピラどもが震えあがる。
「ありがとうよ」
「姐さん。ひとつ、貸しだぜ」と吉川が明日香の背中に声をかけた。
「ヤクザに借りなんてない」
そう明日香は吐き捨てると、俺たちは事務所を後にした。
「ヤクザ相手に強がってどうする。無用な恨みを買うだけだぞ」と忠告すると、明日香は「ああん?」とまた下から睨みつけた。
「ヤクザを相手にする時は、俺を呼べ」
「ボディーガードかよ」
「ああ、守ってやる」と言うと、明日香は「ちっ!」と舌打ちをした。
「次は第二のガイシャの奥さんから話を聞いてみるか」
「そろそろ出勤時間だ。新橋に行った方が良い」
俺たちは二番目の被害者の妻から話を聞く為に、新橋のキャバクラに向かった。
新橋の雑居ビルの四階にキャバクラはあった。最初の被害者が殺害された場所から遠くない。裏路地を伝えば、遺体発見場所に行けそうだ。
キャバクラに着くと、若い女が「まだ開店前なんですけど~」とぶっきらぼうに出迎えた。
「森愛華さんですか?」
「あの子はまだ出勤して来ていませんけど」
「お宅、この店のママ?」
「いいえ~ただのコンパニオンです」
「コンパニオンねえ~」
キャバ嬢だろう。警察バッジを見せて、森愛華が出勤してくるのをキャバクラで待たせてもらった。
「お前もこういうところに来るのか?」と明日香に聞かれた。
「来ないね」
「何故だ?」
「俺と係わると、ろくなことにならない。人間関係は極力、最小限にとどめたい」
「寂しいやつだな」
「寂しいとは思っていない」と答えたが、強がりだ。
俺はWCPだ。人の温もりを求めても仕方がない。だが、時に無性に人恋しくなる。
ほどなく愛華が出勤して来た。丸顔で狸のような顔だ。派手な化粧をしていないと、ホステスだと分からないだろう。
「森さん。ちょっとお話、お聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
明日香が声をかけると、「あら、刑事さん。またですか⁉ この前、質問にはお答えしたと思いますけど・・・」と愛華は露骨に嫌な顔をした。
「旦那さんを殺した犯人を捕まえる為です。是非、ご協力ください」
「ふん。あんな野郎、死んでくれて清々している。あいつを殺してくれた犯人に感謝したいくらいだわ!」
「おやっ、聞き捨てなりませんねえ~」と俺が言うと、言い過ぎたと思ったのだろう、「で、何の話ですか?」と愛華が急に態度を改めた。
「知り合いにWCPはいませんか?」と俺が聞く。
「WCP?」
この質問は意外だったようだ。「いない・・・と思います。あいつを殺したのは狼男なのですか⁉」と逆に質問された。
「そう決まった訳ではありません。他に、近所に怪しい人間はいませんか?」
「ああ、それなら――」と愛華が近所に住む不審な人物の話をした。
アパートの近くに町工場があり、そこから獣の声がする時がある――と言うのだ。
「熊がいるみたいだと近所で噂になったことがあります。がうがうと獣が呻くような声が一晩中、聞こえて来ることがあります。あまり大きな音ではないので、騒音ってほどではないのですが、それでも薄気味悪くて」
「ほほう~」
物音がするのが満月の夜だとすると、先ず間違いなく、WCPの仕業だろう。しかも、隠れ狼だ。調べてみる必要がありそうだ。
「それは満月の夜でしたか?」
「さあ? いちいち満月かどうかなんて気にしませんから」
確かに満月を気にしながら生きている人間なんて、WCPだけだろう。
「ところで、先月、近所で殺された加藤という人間を知っていませんか? 黒虎会系暴力団武闘派連合麒麟の構成員のようです」
「さあ・・・知りません」
「ここら辺、一帯を縄張りにして、仕切っていようです。こちらの店もみかじめ料を求められていたのではありませんか?」
「みかじめ料ですか。うちの経営は清廉潔白、やましいところなんてないはずです。ママさんに聞いてみてください」
みかじめ料を収めていたとは、知っていても言い難いのだろう。
「旦那さんが殺害された夜、あなたは何処で何をしていましたか?」
「私? ああ、アリバイですね。あの夜、私はここで働いていました。皆に聞いてください。ここにいたって証言してくれると思います」
最初の犠牲者、加藤が殺害された満月の夜についてのアリバイを尋ねられると、「覚えていません。出勤していたと思います。出勤していたとすれば、その時間であれば、家に帰る途中だったと思います」と答えた。
森愛華が足を組み替えた一瞬、僅かだが太ももに痣があるのが見えた。
店の勤怠管理記録を確認したところ、確かに先月の満月の夜、森愛華は出勤していた。




