第二の犠牲者
江東区のアパートで男の惨殺死体が見つかった。
男は森直輝、二十八歳。アパートには妻、愛華と二人で住んでいた。事件当夜、妻、愛華は仕事に出ており不在だった。留守中、直輝は部屋で犯人に襲われたようだ。
死因は出血多量、体中を滅多突きにされていた。人目を引いたのは、遺体に無数の噛み傷があったことだ。食いちぎられたと思われる箇所があり、
――遺体を食べたのではないか。
という捜査員がいた。但し、その噛み口は成人男子のものとしては小さかった。
「ほう~新橋の事件と同じ犯人のようだな」
「まだ、そう決まった訳ではない」と明日香は言うが、犯行の手口から同一犯だと考えて間違いなさそうだ。しかも満月の夜の犯行だ。
「二つの事件に共通する関係者を調べれば、犯人にたどり着くことができますね」と平尾。
「そうね~平尾君。良い刑事になるよ」
平尾には笑顔だ。
「ガイシャ、犯人を部屋に上げたところを見ると、顔見知りの犯行だな」と俺が言うと、「言われなくても分かっている」と明日香が冷たい視線を投げかける。
しつこいやつだ。
「新橋のガイシャとの間に接点はなかったのか?」
「ない。同じクズだが、新橋のガイシャと違って、反社の人間ではなかった」
「そうか。とにかくWCPを念頭に捜査だな。ガイシャの奥さん、仕事で不在だったらしいが、夜の商売なのか?」
「ああん?」とまた明日香が怖い顔をする。
「違うのか?」
「そうだ。新橋にあるキャバクラで働いている」
「新橋!」
俺と平尾が同時に叫んだ。
「先ずは奥さんから話を聞いてみるべきだな」
「もう聞いた」と明日香。
「それで?」
「怪しい点はなかった。何時も通り、家を出て店に顔を出している。旦那が襲われた時に店にいたことがはっきりしている。旦那はろくに働きもせずに、奥さんが稼いで来た金で昼間からパチンコを打っているようなクズだった。ろくでなしだが、殺したいほど恨んでいるものとなると、心当たりがないそうだ」
「ふうむ・・・」と俺が考え込むと、「ああん? 何か気に入らないのか?」と明日香が絡んで来た。
「そうじゃないが、直接、彼女から話を聞いてみたい」と俺が言うと、「うちの捜査に不備があるとでも言うのか」とキレられた。
「別の捜査員が質問することで、新たな発見があるかもしれませんよ」と平尾が言うと、「そうねえ~あなたの言う通りかもしれない。捜査は多角的に行わなくちゃあね」と明日香が笑顔で答える。
何だ。この差は。
第一の殺人事件からもう一度、新たな視線で洗い直すことになった。
「最初のガイシャ、加藤について何か分かっているのか?」と俺が聞くと、明日香は「ああん?」とまた冷たい視線を俺に向ける。
もういいだろう。
「裏社会の人間だ。良い評判なんてひとつもない。加藤を恨んでいた人間がいたに違いないが、麒麟の連中に聞いても、口を割らない。つまらない仲間意識だ。警察の手は借りたくないのだろう。自分たちでカタをつける。そう思っているに違いない」
「もっと締め付けてやればどうだ?」
「ああん? 私だよ。聞き込みをしたのは」
明日香のことだ。容赦なくしめつけたに違いない。
「ああ、そうか。それはご愁傷様。麒麟のやつらを叩いても、何も出て来ないのなら、玄武会の人間はどうだ?」
「玄武会?」
広域指定暴力団「玄武会」は麒麟と縄張り争いを繰り広げている敵対組織だ。
「玄武会のやつらなら加藤を庇う義理はない。何か知っていれば口を割るかもしれない」
「うむ・・・」と明日香が唸った。
どうやら盲点だったようだ。
「先ずは、その辺から当たってみるか。よしっ、平尾君。行くぞ!」
聞き込みに出る為に、俺は平尾を連れて部屋を出た。
「待て! 私を置いて行くな」
明日香が慌てて後を追って来る。
「運転は私だ」
明日香は国内A級ライセンスの持ち主だ。普通に運転は上手いが、レースに参加するほどのテクニックの持ち主ではない。
玄武会の事務所に向かった。
玄武会を訪ねると、若頭の吉川竜平が「おう、姐さん。相変わらず色っぽいねえ~今日は何の用だい?」と玄関先で番犬のように吠えたてるチンピラたちをかき分けるようにして現れた。
四十代だろう。一見、銀行マンのような固い職業の人間に見える。頭の切れる男なのだろう。額にある傷が無ければ、反社の人間に見えない。長身で、手足が長い。
「ちょっと聞きたいことがある」
俺たちは玄武会の事務所に乗り込んだ。
「茶でいいかい?」
「お前たちの茶など飲めるか。どうせ、汚い金で買った茶だ」と明日香が言うと、「何だと!」、「なめやがって」、「す巻きにして東京湾に沈めてやろうか」と取り巻きのチンピラが喚き立てた。
「おいおい、そう騒ぐんじゃない。こちらのお兄さんを怒らせると怖いよ~食われちゃうぞ」と吉川が俺を見て言う。
チンピラが静かになった。
明日香はひるまない。「新橋でコロシがあった。今日はその件で聞きたいことがあって来た」
「おやっ? 殺されたのは麒麟の下っ端でしょう。うちのもんじゃない」
「ああ、そうだ。だから、遠慮なく話が出来るだろう」
「なるほどね。考えたね。それで、うちが何か知っていたとして、警察に教えて、何の得があるって言うんです?」
「損得じゃないだろう。市民の義務だ」
「はは。相変わらず、面白い姐さんだ」
「私はお前の姉なんかではない。お前のような弟がいたら、半殺しにしてやる」
「おお~怖い。怖い」と吉川は肩をすくめて見せた。




