捕食者
平尾がパソコンの画面を食い入るように見つめている。
暇な俺が「ふわあ~」と欠伸をひとつ、した時、「おいっ!獣人」と明日香が狼班へやって来た。自分の席に若い男が座っているのを見つけると、「えっ!」と驚いて立ち止まった。
「獣人はないだろう」
「獣人だなんて言っていませんよ。十時ですよ~って言っただけです」
「何だ、何時もの明日香らしくないな。どうした? 熱でもあるのか?」
「何時もの明日香って何? ねえ、こちら、どなた?」と明日香が言うや否や平尾が立ち上がって、「平尾拓海と申します。本日、狼班に配属になりました」と言って深々と頭を下げた。
「ああ、君が噂の新人君ね。ちゃんとしているわね。私、一課の多門明日香。よろしくね」
「ああ、敷島さんのところの美人刑事として有名な多門さんですね。お会いできて光栄です」
「あら、そんなに美人で有名なの?」
「それはもう」
「あら、良い子ねえ~」
気持ちが悪い。猫を被ってやがる。何時もの明日香は何処に行った?
「何か用があったんじゃないのか?」
「ああ、そうでした」
明日香はつかつかと武藤班長のもとに向かうと、「敷島より狼班に捜査に協力してもらいたいことが出来たと、伝言を預かって来ました」と告げた。
「ひょっとして新橋の事件に動きがありましたか?」
「流石は武藤さん。やはり新橋の事件が怪しいと睨んでいましたか」
明日香の言葉には答えずに班長が聞いた。「どんな動きがあったのです?」
「新しい犠牲者が出ました。今度は新橋ではありませんでしたが、遺体の状況が似ています」
「やはり食い荒らされていた?」
食い荒らされた? 遺体を食い荒らされたと言うのか?
「はい」と明日香が頷いた。
「多門君。彼らに事件の概要を説明してくれないか」
「分かりました」と明日香はつかつかと部屋の隅にある白板の前まで歩いて行くと、平尾には「平尾君、よく聞いてね~」と笑顔で言い、俺には「おいっ! お前、耳の穴かっぽじってよく聞け」と言った。
随分、扱いが違う。
事件は先月の満月の夜に遡る。雑居ビルが林のように林立する新橋の繁華街の路地裏で、一人の男が殺害された。殺害されたのは、
――加藤健将。
という男だ。三十代、繁華街で寄生虫のように生きている反社会的勢力、黒虎会系暴力団「武闘派連合麒麟」の一員だと考えられている。その男が殺された。敵対する派閥との抗争に巻き込まれたものと考えられたが、その遺体の凄惨さが際立っていた。
遺体には無数の傷跡があった。小型のナイフによる傷跡が多かったが、中には人の噛み跡と思われる傷がいくつもあった。しかも肉が食いちぎられている箇所があり、あたかも肉食獣により捕食された噛み跡のように見えた。犯行日が満月の夜であったことから、
――狼男により犯行ではないか?
という見立てを立てた捜査員が多かった。だが、被害者が反社会勢力の一員であることから、あちこちから恨みを買っていることであろうことが推測された。凶器はナイフであり、噛み跡があると言っても、成人男性、それも狼男に変身後にしては小さ過ぎる大きさで、女性、若しくは子供の噛み跡程度の大きさしかなかった。女性や子供のWCPで発症、狼男に変身するものが極めて稀であることから、たまたま満月の夜に起きた通常の殺人事件として扱われることになった。
こういった経緯から武藤班長は事件に注目していたようだ。
「それで、犯人に繋がる証拠は出ていないのか?」と俺が聞くと、明日香が「ああん?」と不機嫌そうな顔を向けた。
そのくせ、「防犯カメラの映像があると聞きました」と平尾が言うと、「あら~よく知っているわね」と笑顔を向ける。
「狼班も一課の所属ですので、一課が抱えている事件を出来る限り調べておきました。何時でも応援に駆け付けることができるように」と平尾。
「流石にエリート刑事は出来が違うわね。何処かのぼんくら刑事とは大違い」
「ぼんくらで悪かったな」今度は俺。
「誰もあなただとは言っていないわよ。でも、自覚があるみたいね。良いことだ」
口の減らないやつだ。
「ぼんくらは無視して説明を続けましょう。防犯カメラの件でしたね」と明日香が話を続ける。
犯行現場の近くの表通りに防犯カメラが設置されており、犯行時刻に表通りを通る人影が写っていた。レインコートのようなものを着ており、フードで顔が判別できなかった。小柄な人物で女性、若しくは子供ではないかと思われた。
近所の防犯カメラの映像を確認し、行方を追ったが、繁華街に溶け込むようにして姿を消していた。何処かのビルで、衣装を着替えたものと思われた。
犯人は防犯カメラに映らないように、行動していた形跡があり、その姿を捉えていたのは一か所だけだった。
「とにかく、犯人に関する情報が少なくて捜査は難航していました」
「そうこうしている内に、一昨日の満月の夜に、新しい犠牲者が出た――と言うことだな」と俺が先回りして言うと、明日香がまた、「ああん?」と不機嫌そうな顔を向けた。




