2話 ねずみの騎士どの
私は掃き溜めのような倉庫をひたすら掃いたり拭いたりしていた。蛇口から出る水は冷たくて凍えそうだけど、奴隷なので仕方がない。
「えっ!? なんでこんなにぴかぴかなの?」
気付けば扉のところに人が立っていた。さっきのお姉様とよく似ていて、ブロンド美人だ。
「がんばりました」
「い、妹にしては頑張るじゃないの。朝食ができたから早くしなさいっ」
「はい。ただちに」
おお。この人もお姉様だ。
一度に二人も姉が出来て踊り出したい気持ちになる。しかもツンデレときた。
「なんで踊っているのっ!? もう先に行ってるわよ……」
「あ。すみません」
早足で階段を上っていくお姉様を追いかける。知らない建物なので迷っては大変だ。
なぜか私が追いつきそうになるとお姉様は更に加速した。
「ぜぇぜぇ……」
「なんで走っていたの? パルキー」
「はしたなくってごめんなさい、ヨルキー姉さん。灰かぶりが踊りながら追いかけくるのが怖くって……」
「まあっ! なんて恐ろしい子なのかしら。 灰かぶりのドレー!」
「すみません。嬉しかったので」
食卓につくと、三人の女性が座っていた。右にいるのが最初に会ったヨルキーお姉様。左にいるのが私に追われていたパルキーお姉様だ。
真ん中にいるのは成熟した女性。ただならぬ気配を感じるので家長クラスに違いない。
「淑女たるもの、どんな時でも落ち着いて行動しなければなりませんよ」
「ごめんなさい。お母様」
「次から気を付ければいいのよ、パルキー。さあ、りんごをお食べなさい」
おお。とても立派な人だ。
そして、お姉様のお母様ということは、妹である私のお母様でもあるという事だ。私も謝っておこう。
「申し訳ありません。お母様」
「ドレー。あなたはいつも落ち着きがありませんね。今日のあなたの朝食はフルーツ抜き。シリアルだけよ」
「はい。甘んじていただきます」
私にはチョコと玄米フレークが混ざったシリアルだけが与えられた。
少し果物が恋しかったけど、奴隷なので仕方がない。
「ところであなた達。今夜は王子の主催するダンスパーティーよ」
「ええ。忘れるわけがなくってよお母様」
「私、この日が待ち遠しくってあんまり眠れない毎日だったの!」
きっとお嫁さんを選ぶやつに違いない。
そうなると私のとる選択肢はひとつだ。
「お家の留守番はお任せ下さい」
「まあドレー。あなた自分の立場が……って、留守番でいいの!? そこは私もパーティに行きたい! じゃないの?」
「ドレー。るすばん。だーいすき」
「気持ちの悪いドレー……。お母様、はやくお召し物を買いに出かけましょう」
なんだか既視感があると思っていたけれど……確信した。この椅子取りゲームは罠だ。
参加した時点で椅子の方が私のお尻にくっついてきてしまう。
それなら家で大人しくすべきだ。
「はい。お皿は洗っておくのでどうぞいってらっしゃいまし」
「ふん……。まあ、お土産くらいは買ってきてあげるわ」
「はは。ありがたき幸せ。このお城は私めにお任せ下さい。ねずみ一匹通しは致しませんので」
軒先でぐっと目に力を入れて敬礼をする。
お姉様達は何度も振り返っては身震いをして街の中に消えていった。
気味悪がられたのだろうか。少女漫画ズ・アイ の使い方がいまいちわからない。
それから私は皿洗いと掃除を済ますと、薪の蓄えが少なくなっている事に気付き、外に出て森の入り口にやってきた。
「木こりってやった事ないからドキドキしますね」
とりあえずの景気付けに、斧を大きく振りかぶって目の前の巨木に一撃叩き込んでみる。
すこーんっ、とこれまた景気の良い音がして、斧で打った部分だけがくり抜かれたように遠くに飛んでいってしまった。
「なんですか。このパワーは」
もしかしたら女神さまは "健やかな体" のさじ加減を間違えてしまったのかもしれない。
「でも面白いですね」
何度も斧をフルスウィングしてだるま落としを楽しんでいると、あっという間に木が小さくなってしまった。
「大変だ。これでは薪が集まりません」
私は愕然としていると、森の奥から一匹のねずみが現れた。
頭には羽根付き帽子。首には赤いマント。そしてボールペンを剣のように装備した凛々しいねずみだ。
「お嬢さん。中々のソウルをお持ちと見える。それがしはネズミの騎士。リッピーと云う者でござる」
リッピーさんは剣の先に、私が吹き飛ばしてしまった輪切りの木を刺していた。
「こんにちは。ネズミの騎士どの。拙者は奴隷騎士。灰かぶりのドレーでござる」
「むむ。奴隷騎士とは面妖な。それがしと一戦交えてはいただけまいか」
「がってん承知の助。しかし拙者が勝てば、その輪切りの木をいただきます」
「あいわかった。では尋常にっ」
かわいい騎士さまとの会話が楽しくて、つい勝負を承諾してしまった。
でもとっさに薪の予約を取り付けることができたので、この勝負はなるべく勝ちたい。
「では俳句の終わりに、ひと突き参る」
「俳句とはまた面妖な」
面妖な、という言葉の響き。気に入ってしまった。
どうやらこのネズミの騎士。剣だけではなく、言葉も巧みに操るもよう。
「夏の夜。別の誰かに、俺はなる」
「!?」
目にも留まらぬスピード。くわえてこの詩は私の頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱した。
ミステリアスな詩なのか、はたまた野獣のように豹変する男の詩なのか。
思考の迷路に落とされると同時に、私のお腹にリッピーさんの剣が突き刺さった。
しかし致命打には遠く及ばない。ぼろの服は裂けてしまったけど、私は無傷だ。
「頑丈ですな。お嬢さん」
「なんのこれしき。では私も一句」
俳句には俳句を。
剣には拳を。
私はファイティングポーズをとり、ネズミの騎士に敵意を向けた。
――出し惜しみは、ナシだ。
「鉄格子越しの姫にささやく影法師 (じあまり)(ラップ調)」
「なんですと!?」
今だ。
――右手をのばす。
私の右手からはなんぴとたりとも逃れられない。
――なぜなら。
女神さまからすごい運動神経をもらってるから。
ネズミの騎士。リッピー、つかまえた。
もふもふもふ。
「もっふもふでござるなぁ」
「む、無念」
私は薪を回収すると、リッピーさんを胸元にしまった。
「さてと。スクワットをしないと」
少しずつ日が傾き始めている。
私の予想が確かなら、もうすぐアレが来る。
そのために今すべき事はスクワットなのだ。
「日々鍛錬。やはりそれが強さの秘訣かな」
「はい。リッピーさんも一緒にトレーニングしますか?」
「いや結構。それがしがスクワットをすれば、構造上後ろに倒れてしまうのでご勘弁。新たな俳句でも考えていよう」
「そうですか。残念です」
私はひたすらスクワットを続ける。
前世ではせいぜい10回しか出来なかった。だけど今はちょうど、薪を持ったまま100回を達成したところだ。
「では帰宅します」
キリのいいところで家に帰ると、やっぱり誰もいなかった。
当然といえば当然だ。お姉様たちは買い物をした後、そのままダンスパーティーに行ってしまっただろうから。
「ふむ。それでドレーどのは留守番というわけか。寂しくはないのか?」
「はい。寂しくないです。私が寂しいと感じる時があるとすれば、誰かに寂しい思いをさせている時です」
「ほう! よく分かる気持ちだ。実はそれがしも、以前に影の立役者を好んで演じた身。……これをひとつ差し上げよう。友のしるしだ」
そう言いながらリッピーさんは羽根つき帽子から一枚の羽根をちぎって渡してくる。リッピーさんの帽子の羽根飾りは一枚だけになってしまった。
「羽根ですね」
「ただの羽根ではないよ。これは我々共通の意志。強さ。心意気だ」
「ありがとうございます。では私も頭にさしておきます」
ちゃらららーん。
私は、ネズミの騎士リッピーさんと、お友達になった。
それから、私は蛇口から出る水をたらふく飲み始めた。喉が渇いていたのと、これから起こるイベントの備えでもある。
「ごくごく。お水おいしいです」
「それがしも三日ぶりの水浴びをば」
リッピーさんも案外綺麗好きらしく、一緒に水浴びをしている。一度にかけると冷たくてびっくりするから、少しずつかけてあげなくてはならない。
人差し指だけで、ちょんっちょんっとやるのがコツだ。
そして、窓から夕陽が見えなくなった頃。
家の扉がノックされた。
「もし。灰かぶりのドレーさんはいらっしゃいますか」




