1話 メルヘンチェンジ
私は空中を舞いながら、考える。
これは大失敗だ。
メガネが吹き飛んでしまったのでよく見えないけど、助けた子供は無事らしい。
いや、助けたなんて表現はおこがましいか。今後この子供は一生消えないトラウマを引きずっていくのだから。そう考えると無事ですらない。やっぱり大失敗だ。
私と一緒に大量の鮮血も舞っている。後片付けの人、ごめんなさい。
それから顔面蒼白になっているトラックのおじさん、ごめんなさい。
かばんと、そこから飛び出た振込用紙も空中でダンスを踊っている。会社のみんなもごめんなさい。きっと人事補完や労災的なやつでえらい目に合うだろう。あとあと、田舎のお父さんお母さんと弟と……。
目の前が真っ暗になる。
こんなつもりじゃなかった。
本当は人知れず子供を助けて、人知れず去るつもりだったのに。
助けたならお礼を言われて当然かって?
それは違う。だめなんだ。
もし、道行く途中で100億万円落とした人がいたとする。そこでたまたま通りかかった人が拾って「100億万円落としましたよ」と渡せば確かに落し主は喜ぶだろう。
だけど、お礼をするとなれば100億万円のうちいくつかを差し出さなくちゃならない。そうなれば落し主は結局のところ、お礼をした分の損失になってしまうし、お礼をもらった側もそれが分かるから素直には喜べないのだ。
差し出さないという選択肢ももちろんある。しかしそのまま会釈だけをして終わりにすれば、きっとどちらにとっても後味は悪く、幸せから遠のいてしまうのだ。
だから私は、人知れず助けたい。
拾った100億万円は、落し主の少し先に置いて、落とした本人にまた拾ってもらいたいのだ。
以上回想おわり。
「――と思うんですよ女神さま」
「はあ。あれね、高二病よあなた。そんな考え長くは続かないわ」
「私とっくに成人してますけど」
「……まぁ、次の人生でどう生きるかはあなたの自由だけど。でも奴隷になりたいってどう結びつくのよ。今の話と」
女神さまは私の身を呈した救出劇に心打たれて第二の人生をくれると言う。救出などとは程遠い結果だから最初は皮肉かと思ったけど、わりと本気らしい。
そしてその第二の人生がファンタジーな世界らしい。
ファンタジーと聞いて、ピンときたのが奴隷だった。
「奴隷なら100億万円拾って届けてもお礼言われないでしょう? 人権なんて無いんですから」
「あー……そういう思考ね。まあいいけど。他に何か希望はある? イケメンと出逢いたいとか」
イケメン……。興味が無いとは言わないけれど、私がイケメンを取ってしまえば、きっとそのイケメンと結ばれる予定だった人が不幸になる。
幸福ひとつの裏側には不幸がひとつあるものなのだ。次の世界でも、きっとそうやってバランスが保たれている。
私はそのバランスを破壊したい。
幸せの椅子取りゲームなんてクソ喰らえだ。
《私が誰かのために不幸を背負う事があるならば、それは私にとって幸福である》
これが私の短い人生で導き出した、椅子取りゲームの必勝法だ。
9つの椅子と10人のメンバーがいたとして、私の勝利条件は、他の9人が座ること。私は別に立っててもいい。
これで全員が勝者になるのだ。単純な話である。
例えば度重なるサービス残業や、誰もやろうとしない事務処理も、私がこっそりやる事で社内は正常に保たれて、他のみんなは円滑に仕事を進められるようになる。
私はそういうことに幸せを感じるのだ。
「おーい、高二病。聞いてるのー? 何か特典あげるよ? 第二の人生の」
「うーん。女神さまはどんなのがいいですか?」
「あなたが決めてよ……。でもそうねぇ〜、せっかく私が送りだすんだから、健やかに幸せに生きてほしいわね」
なるほど。それなら私にぴったりだ。
「ではトラックに轢かれても死なない健康な体をください」
「なによ結構がっつくじゃないの。でもいいわ。望み通りにしてあげる」
「ありがとうございます」
何をするにも体が資本。これでトラックがきても誰にも迷惑をかけずに人を助けられるだろう。
「じゃあそこの扉を開けて行ってらっしゃい」
魔法でドーンみたいな事をされるかと思ったけど違うらしい。
私は言われるまま、目の前に現れた扉を開けて進んだ。
扉の先は真っ白な世界だったけど、一歩踏み入れると次々に色がついて形が現れていった。
「ここは……物置き? なんだかホコリっぽいですね」
私の手にはいつの間にかホウキが握られていた。
服もなんだかぼろっぽい。
なるほど、確かに奴隷な感じが出ている。
とりあえず物置きを掃いていると、今入ってきたばかりの扉が開かれた。
「なんですか? 忘れ物ですか? ……あ、違う人ですね」
「まあっ。なんて態度なの、妹の分際で。あなたがサボらず掃除をしているかを見に来たのよ、灰かぶりの……えっと」
灰かぶり。どこかで聞いたような……。
私の名前を呼びたいらしいけど、固まってしまった。
あれかな。名前入力シーンみたいな。
「奴隷です。よろしくお願いします」
「ドレー? そんな名前だったかしら……。まあいいわ。しっかり掃除をすることねっ ドレー!」
「はい。がんばります」
乱暴に扉を閉めて出て行くお姉様。私のことを妹と呼んでいたのだから、きっと私のお姉様なのだろう。
前世では弟がいたけど、妹か姉が欲しいなとずっと思っていたので結構嬉しい。
ちょっと意地悪そうだったけど、ブロンドでいい体をした美人だったのできっとツンデレというやつに違いない。
そのまま掃除を続けていると、埃だらけの姿見を見つけた。
ちょうどいい。今の私がどんな姿になっているのか確認しよう。
「鏡よ鏡。鏡さん。私イズ誰」
「ひーっひっひ。お前は灰かぶりの……」
「奴隷です」
「ひーっひっひ。お前はドレー。意地悪な二人の姉に意地悪をされる毎日が続くかわいそうな妹のドレーじゃよ。でもそのうちいい事あるかもね」
「もしかしてあなたは女神さまですか?」
「……」
それ以降、女神さまの声にそっくりな鏡さんは黙ってしまった。なるほど、ファンタジーな世界だ。
鏡にうつる私は結構な美人になっていた。
長い髪はそのままだけど、つやつやのさらさらだ。
顔つきもきれいに整っている。目はちょっとやる気無い感じだけど、ぐっと力を入れればキラキラのまん丸になる。少女漫画のようだ。
全体的に前より幼くなった印象で、身長も縮んでしまっているけど、腰の位置はけっこう高い。
「私にはもったいないですね」
嬉しい反面、少し怖い。
美人であるということは、椅子取りゲームで知らずのうちに優先権を得てしまうという事だ。
「今後の振る舞いに気をつける必要がありますね」
ちなみに私は私に話しかける癖があるので、そこは気にしないでいただきたい。
無名のヒーローを目指すという事は、終わりのない孤独との戦いが始まるという事なのだから。
別に報われたいという気持ちから来るものではない。
むしろ人目を忍んでこそ私の欲求は満たされ、報われるのだから、孤独こそが正義である。
そんな矛盾を克服するために私は私に話しかけるのだ。
「だから、今後ともよろしくお願いします。私さん」
「難儀な性格ねぇ……」
「こんにちは。女神さま」
「……」
どうやら、この先は前世ほど孤独にはならないかもしれません。




