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第六十五章 お膳、十一人分

「忘年会のお膳は、十一人分で取りました」


***


仕事納めの朝だった。

加藤さんが、手帳を見ながら言った。


***


俺は、指を折った。


***


課長。加藤さん。『レスラー』。『レディー』。『ホラー』。『ギーク』。『ジョン』。俺。

これで、0課の八人。


***


メレオス。九人。


***


「赤城さんと、共さんで、十一人です」


***


指が、足りなかった。

右手を、もう一回、使った。


***


「……大臣、来るんですか。忘年会に」

「来ますよ」

加藤さんは、にこにこ言った。

「課長が、聞いたら、来るって」


***


「聞かれたからね」

課長が、判子を押しながら言った。

「聞いたよ」


***


聞かれたら答える人は、聞くほうも、するらしかった。


***


課長の机の上には、書類が、山になっていた。


***


冬至の夜の、後始末だった。

山で縛った二十六人。

実家を襲った八人と、若い男が一人。

一人ずつ、調書と、身柄の書類と、報告書があった。


***


判子は、一枚につき、三か所だった。


***


その横で、メレオスが、俺の認印を握って、同じ書類に判子を押していた。

内職だった。

一件、十円だった。


***


「それ、俺の判子だよな」

「健司の守護神じゃからな」

「理屈になってない」

「加藤が、そう言うた」


***


言っていた。

ひと月ちょっと前に。


***


向かいの机では、共さんが、同じ書類を、きっちり揃えて、ホチキスで留めていた。

角が、一ミリもずれていなかった。


***


「共さん、二件目です」

加藤さんが、手帳に書いた。

「メレオスさん、判子の向きが逆なので、やり直しです」


***


「……ぬう」


***


「経費は」

課長が、判子を置いて、加藤さんを見た。


***


「落ちません」

「まだ、何も言ってないよ」

「今年は、慰労会と、歓迎会と、慰安旅行で、もう落としましたので」


***


一ミリも、譲らなかった。


***


「……うん、うん」

課長は、窓の外を見た。

「赤城さんに、聞いてみようか」


***


聞くまでもなかった。

五分後、グループではなく、課長のスマホに、写真が一枚、届いた。

羊羹ではなかった。


***


財布だった。


***


文字は、なかった。


***


「……うん」

課長は、画面を、全員に見せた。

「持つ、ってことだね」


***


国務大臣の、革の、重たそうな財布だった。


***


夜の七時。

駅前の、古い居酒屋の二階の座敷だった。


***


店員さんが、長い座卓に、お膳を並べていた。

十一人分。


***


並べ終えて、店員さんは、座敷を見回した。


***


座っているのは、十人だった。

メレオスは、まだ、店員さんには見えないようにしていた。


***


「あの……お一人、遅れて、いらっしゃいます?」


***


「いえ」

加藤さんが、にこにこ言った。

「もう、来てます」


***


店員さんは、もう一度、座敷を見回した。

十人だった。

何も言わずに、下がっていった。


***


「……加藤さん」

「はい」

「今の、説明になってないです」

「嘘は、ついてませんので」


***


十人目は、赤城だった。


***


最後に来た。

階段の下で、背広の男が二人、頭を下げて帰っていくのが見えた。

護衛らしかった。


***


赤城は、コートを脱いで、座敷を見回した。

上座が、一つ、空いていた。


***


全員で、空けておいた席だった。


***


「どうぞ」

課長が、上座を手で示した。


***


赤城は、上座を見た。

それから、共さんを見た。


***


「久我さん、どうぞ」


***


共さんが、座布団の上で、背筋を伸ばした。


***


「いえ。赤城さんが、どうぞ」

「兄弟子を、下座に置くわけには、いきません」

「大臣を、下座に置くわけにも、いきません」


***


赤城が、黙った。

共さんも、黙った。


***


二人とも、座らなかった。

二人とも、立ったまま、上座を、相手のほうへ、手で示していた。


***


「……どうぞ」

「いえ、どうぞ」

「どうぞ」


***


一分、経った。


***


店員さんが、お通しを持って上がってきた。

座敷の入り口で、止まった。

空いた上座に、両側から手を差し伸べている二人の大人を見た。


***


そのまま、お通しを置いて、下がっていった。


***


「……健司」

隣で、メレオスが言った。

「あれは、いつ、終わるんじゃ」

「分からない。たぶん、どっちも、終わらせる気がない」


***


「そうか」


***


メレオスは、立ち上がった。

座卓の端を、とことこ歩いた。

赤城と共さんのあいだを、すり抜けた。


***


上座に、座った。


***


「神じゃからな」


***


赤城が、メレオスを見た。

共さんが、メレオスを見た。


***


「……それは」

赤城が言った。

「そうですね」

共さんが言った。


***


二人とも、あっさり、座った。


***


一番、上の席に、金髪の子供が、あぐらをかいていた。

誰も、文句を言わなかった。


***


飲み物が、揃った。


***


課長は、ビール。

加藤さんは、梅酒のロック。

『レスラー』は、ジョッキを、最初から二つ。

『レディー』は、最初の一杯だけビールで、そのあと赤ワインにするらしい。

『ホラー』は、日本酒。

『ジョン』も、日本酒。バーボンは、歓迎会の夜から、飲んでいない。

『ギーク』は、甘いカクテル。

俺は、ハイボール。

赤城は、日本酒。

メレオスも、日本酒。


***


共さんの前には、生ビールのジョッキがあった。


***


共さんは、ジョッキを、両手で持ち上げた。

蛍光灯に、透かした。


***


「……瓶では、ないんですね」

「樽から、直接です」

「泡が、きれいですね」


***


五十六年ぶりの、ビールらしかった。


***


赤城が、盃を持って、立ち上がった。

乾杯の挨拶は、今年も、課長から赤城に回っていた。


***


「今年は」

赤城は、座敷を見回した。

「よくやった。全員」


***


山のゲートで、聞いた言葉だった。


***


赤城は、少しだけ間を置いた。

それから、共さんを見た。


***


「……久我さんも」


***


「乾杯」


***


「乾杯!」


***


十一個のグラスが、鳴った。

一つは、上座の、子供の手の中の盃だった。


***


共さんが、ビールを、一口飲んだ。


***


止まった。


***


顔が、首から、ゆっくり、赤くなっていった。

下から上へ。

温度計みたいだった。


***


「……五十年分、効きます」


***


一口だった。


***


「共さん、大丈夫ですか」

「大丈夫です」

共さんは、ジョッキを、座卓に置いた。

そっと、両手で。

「大変、おいしゅう、ございます」


***


丁寧になっていた。

さっきより、明らかに、丁寧になっていた。


***


酔うと、丁寧になる人らしかった。


***


赤城が、徳利を持って、共さんの前に移った。


***


正座だった。

膝を、きっちり揃えていた。

徳利を、両手で持っていた。


***


「久我さん。こちらも、どうぞ」


***


座敷が、止まった。


***


『ジョン』の箸が、唐揚げを挟んだまま、止まった。

『レスラー』のジョッキが、口の手前で、止まった。

『ギーク』が、ストローをくわえたまま、止まった。


***


国務大臣が、正座して、両手で、酌をしていた。


***


「……大臣が、酌を」

『ジョン』が、小さい声で言った。

「うちの国なら、ニュースになる」


***


「うん、うん」

課長だけが、いつもどおりだった。

「兄弟子さんだからね」


***


共さんは、盃を両手で受けた。

それから、徳利を、赤城の手から、そっと取った。


***


「では、赤城さんも」

「いえ。兄弟子に、注がせるわけには」

「赤城さん」


***


共さんの声が、少しだけ、低くなった。


***


「兄弟子として、申し上げます」


***


「……飲みなさい」


***


赤城の背筋が、伸びた。

もともと伸びていた背筋が、もう一段、伸びた。


***


「……はい」


***


盃を、両手で差し出した。


***


共さんが、注いだ。

赤城が、飲んだ。

一息だった。


***


座敷は、しんとしていた。


***


あの赤城が。

外務省を「些細な問題だ」で押し切り、米国大使館の要請を蹴り、誰にも断らせない赤城が。

一言で、盃を空けていた。


***


丁寧なまま怖い人が、丁寧なまま、叱られていた。


***


「……あの人」

『レディー』が、赤ワインのグラスを持ったまま、呟いた。

「ああいう顔、するんだ」


***


赤城の口元が、ほんの少し、緩んでいた。

鼻血の行を読んだときと、同じ顔だった。


***


兄弟子が、だ。

赤城は、いつも、そう言って前に出た。

今夜だけは、逆だった。


***


「……お前ら」

『レスラー』が、ジョッキを置いた。

「今の、見なかったことに、しとけよ」


***


誰も、返事をしなかった。

全員、一生忘れない顔をしていた。


***


一時間もすると、座敷は、いつもの0課の宴会になった。


***


『レスラー』が、共さんの前に、右肘をついた。


***


「腕相撲だ」

「……私と、ですか」

「九十三なんだろ。胸を貸してくれ」


***


どっちが貸すほうなのか、分からない台詞だった。


***


共さんは、少し迷ってから、右手を出した。

『レスラー』が、その手を握った。


***


「……よーい」

『ギーク』が、なぜか、審判をしていた。

「どん」


***


『レスラー』の腕が、倒れた。


***


『レスラー』の腕だけではなかった。

『レスラー』ごと、倒れた。

座布団の上に、仰向けに、ころんと。


***


天井を見たまま、『レスラー』は、しばらく動かなかった。


***


「……今の、何だ」

「申し訳、ございません」

共さんが、正座のまま、深々と頭を下げた。

「つい」


***


「つい、で、人が転がるか」

「合気は、腕相撲には、使わない決まりでした」

「使ったよな、今」

「……五十年ぶりなので、加減が」


***


加減。


***


どこかで、聞いた言葉だった。

伊左衛門の道場は、加減の下手なやつが、多すぎた。


***


『レスラー』は、仰向けのまま、言った。


***


「それも、俺に使うなよ」

「はい」

「二度とだ」


***


檻に入れたときにも、同じことを言っていた。

この人は、0課で一番、変な技の実験台になっていた。


***


『ホラー』が、徳利を持って、共さんの隣に座った。


***


何も言わずに、盃に、注いだ。

慰安旅行の夜、メレオスに注いだのと、同じ注ぎ方だった。


***


髪の隙間から、共さんを見た。


***


「……今日は、中、一人だけですね」


***


共さんは、盃を見た。

それから、小さく、笑った。


***


「はい」

「一人で、酔えます」


***


『ホラー』は、頷いた。

それから、自分の盃にも注いで、黙って、飲んだ。


***


『ジョン』が、スマホを見て、少しだけ笑っていた。


***


「相棒からだ」


***


画面に、写真が一枚。

雪の積もった牧場で、茶色い牛が、こっちを見ていた。

文字は、一行だけだった。

『Merry Christmas. Late.』


***


「三日、遅い」

『ジョン』は、そう言いながら、画面を閉じなかった。


***


共さんが、画面を覗き込んだ。


***


「お友達、ですか」

「三年、口をきいてなかった」

「三年」

共さんは、牛を見た。

「……長いですね」


***


『ジョン』が、共さんを見た。


***


「あんたが、それを言うか」


***


「長さは」

共さんは、真面目な顔で言った。

「比べるものでは、ないので」


***


『ジョン』は、しばらく黙っていた。

それから、牛の写真に、一言だけ返した。


***


『Moo.』


***


CIAの人間が、牛に返事をしていた。


***


『ギーク』は、二杯目のカクテルで、出来上がっていた。


***


「共さん、共さん」

「はい」

「昭和四十五年の、コンピューターって、どんなでした」


***


「存じません」

共さんは、真顔で言った。

「計算は、そろばんでした」


***


『ギーク』の目が、光った。


***


「……そろばん、できるんですか」

「一応」

「見せてください」


***


そろばんは、なかった。

共さんは、座卓の上に、右手を置いた。

何もないところで、指を動かした。


***


「願いましては」


***


指が、速かった。

スマホのときより、速かった。

こっちは、たぶん、考えてもできるほうだった。


***


『ギーク』が、自分のスマホの電卓で、同じ数字を叩いた。

三回、打ち間違えた。

四回目で、合った。


***


共さんは、とっくに、答えを言っていた。


***


「……ハードウェア、指だけ」

『ギーク』が、呆然と言った。

「処理速度、電卓より、上」


***


それから、『ギーク』は、ストローをくわえたまま、ふにゃっと笑った。


***


「そういえば」

「はい」

「北極圏の、観測所のデータ。……見ちゃいました」


***


『ジョン』の手が、止まった。


***


「見ちゃった?」

「見ちゃいました」

「どこから」

「それは、言えないやつです」


***


「……何が、写ってた」


***


『ギーク』は、カクテルを、一口飲んだ。

それから、にっこり笑った。


***


「忘年会なので」

「おい」

「続きは、年明けに」


***


『ジョン』は、しばらく『ギーク』を見ていた。

それから、盃を、一気に空けた。


***


「……年明けだな」

「年明けです」


***


北のほうの話は、それで、終わった。

今夜は。


***


『レディー』が、赤ワインのグラスを持って、共さんの前に座った。


***


共さんが、座り直した。

ほとんど、土下座に近い角度だった。


***


「『レディー』さん」

「なに」

「冬至の夜。由紀さんのそばに、ずっと、いてくださったと」

「仕事よ」

「……ありがとう、ございました」


***


「貸しよ」


***


「はい。私にも、何か、お返しを」

「いいわよ」

『レディー』は、グラスを傾けた。

「あんたの分も、この子のお兄さんに、つけとくから」


***


「なんで、俺に」

「利子よ」


***


何の利子なのかは、聞かなかった。

聞いたら、もっと増える気がした。


***


減らない貸しが、とうとう、他人の分まで増え始めていた。


***


上座のほうで、声がした。


***


「わしも、腕相撲じゃ!」


***


メレオスだった。


***


徳利が、三本、空いていた。

顔が、真っ赤だった。

上座で、立ち上がって、盃を振り回していた。


***


嫌な予感がした。


***


酔うと、隠す力が、緩む。

慰安旅行の夜に、分かっていたことだった。


***


「失礼しまーす。お料理の、追加で……」


***


店員さんが、襖を開けた。


***


見えていた。


***


店員さんの目に、はっきり、見えていた。

上座で、日本酒の盃を振り回している、金髪の子供が。

その隣で、日本酒を飲んでいる、国務大臣が。


***


店員さんが、固まった。


***


「あの……お子様に、お酒は」


***


加藤さんが、動いた。

速かった。

0課に来て、一番速い加藤さんを見た。


***


メレオスの手から盃を取り、代わりに、オレンジジュースのグラスを握らせた。

オレンジジュースが、いつ、どこから出てきたのかは、分からなかった。


***


「オレンジジュースです」

加藤さんは、にこにこ言った。

「最初から、オレンジジュースです」


***


「わしは、神であるぞよ!」


***


メレオスが、オレンジジュースを掲げて、叫んだ。


***


店員さんは、メレオスを見た。

オレンジジュースを見た。

それから、はっきり言った。


***


「……神様でも、です」


***


由紀の店で、聞いた台詞だった。

この国の接客は、神様に、厳しかった。


***


店員さんの目が、今度は、メレオスの隣に移った。


***


「あの……もしかして、テレビで」


***


「よく言われます」


***


赤城は、盃を置かずに言った。

営林署の老人のときと、同じ答え方だった。


***


店員さんは、それ以上、何も聞かなかった。

追加の唐揚げを置いて、静かに、襖を閉めた。


***


聞かないほうがいい類の座敷だと、分かったらしかった。


***


「……ぬう」

メレオスは、オレンジジュースを、ちびちび飲んでいた。

「神の酒が、果汁に、なった」


***


「辞世の句みたいに言うな」


***


九時を過ぎると、課長が、座卓に突っ伏していた。

ビール、五杯目だった。

毎回、五杯目だった。


***


加藤さんが、慣れた手つきで、課長のネクタイを緩めた。

全員の前に、お冷やを置いて回った。

共さんの前には、二つ置いた。


***


「お会計を」


***


赤城が、店員さんを呼んだ。

財布を出した。

写真で見た、革の、重たそうな財布だった。


***


「俺が持つ」


***


「お待ちください」


***


共さんが、手を挙げていた。


***


顔は、まだ赤かった。

でも、背筋は、まっすぐだった。


***


「私の分は、私が」


***


共さんは、上着の内ポケットから、封筒を出した。

表に、几帳面な字で、『当座の立替。返済不要。 赤城』。

裏は、いつかの買い物のメモで、真っ黒だった。


***


赤城が、その封筒を見た。


***


「……久我さん」

「はい」

「それは、俺が、お渡しした、お金です」


***


「存じております」


***


共さんは、伝票を手に取った。

何もないところで、指を、二、三度、動かした。

そろばんだった。


***


「十一で割りますと、お一人、四千二百円と少し。神様の分は、オレンジジュースですので、引かせていただきまして」


***


封筒から、千円札を四枚と、百円玉を三枚、出した。

伝票の横に、きっちり、揃えて置いた。


***


「私の分です」


***


「……それは、元は、俺の」

「兄弟子ですので」


***


赤城が、口を開けた。

閉じた。

もう一度、開けた。


***


何も、出てこなかった。


***


「……はい」


***


国務大臣が、自分の金で、兄弟子に、割り勘を払われていた。


***


『ギーク』が、自分のスマホの電卓を見て、小さく言った。

「……計算、合ってます」


***


店を出ると、冷たい風が吹いていた。


***


『レスラー』が、課長を、肩に担いでいた。

冬至の夜に、八人を担いだ肩だった。

課長一人は、軽そうだった。


***


赤城は、階段の下で待っていた背広の二人と一緒に、車に乗った。

乗る前に、一度だけ、振り返った。


***


共さんに、頭を下げた。

深く、長く。


***


共さんも、頭を下げた。

同じ深さで。

同じ長さで。


***


車が、見えなくなるまで、二人とも、頭を上げなかった。

正確には、共さんは、車が見えなくなってからも、しばらく、上げなかった。


***


「共さん。もう、行きましたよ」

「……存じております」


***


酔っていた。


***


ぴろん。


***


駅に向かって歩いていると、俺のスマホが鳴った。

由紀からだった。


***


『元日、初詣いこ。かみさまと、共さんも』


***


ぴろん。


***


もう一件。

今度は、メレオスのスマホが鳴った。

同じ文面が、由紀から、メレオスにも届いていた。


***


メレオスは、オレンジジュースで少し醒めた顔で、金色のスマホを取り出した。

人差し指一本で、ゆっくり、返事を打った。


***


『はつもうで とは なんじゃ』


***


冬至のときと、同じだった。


***


ぴろん。


***


返事が来た。

由紀からではなかった。


***


俺の隣で、共さんが、黒いスマホを持っていた。

指が、止まっていた。


***


画面には、送ったばかりのメッセージが、一件。


***


『神社に、新年のご挨拶に伺うことです。一年の無事を感謝し、今年の無事をお願いします。』


***


漢字だった。

句読点まで、きっちりついていた。

三秒だった。


***


共さんは、自分の指を見ていた。


***


「……今、私は」


***


「考えずに、打ちましたね」

「そのようです」


***


メレオスが、金色のスマホを握りしめて、ぷるぷる震えていた。


***


「わしは」

「なんだ」

「ひらがなで、打つのに、一分かかったんじゃぞ」


***


「知ってる」


***


冬至から、一週間が経っていた。

夜は、毎日、ほんの少しずつ、短くなっていた。


***


北の、ずっと北のほうでは、まだ、日が昇っていなかった。


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