第五十七章 揺れたページ
土曜の昼に、由紀が来た。
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「見せて」
玄関で靴を脱ぎながら、由紀が言った。
「おじいちゃんの手帳。開いたページ」
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電話で話した次の週末だった。
由紀は、コンビニの袋を二つ提げていた。
片方は、メレオスの肉まん。
もう片方は、柚子だった。三つ。
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「……それ、何に使うんだ」
「ゆず湯の予行演習」
「三週間あるぞ」
「気分だよ、気分」
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メレオスは、ソファの上で、柚子を一つ手に取って、匂いを嗅いでいた。
それから、黙って、肉まんのほうの袋を開けた。
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手帳は、テーブルの上に、開いたまま置いてあった。
あの夜から、棚に戻していなかった。
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由紀は、テーブルの前に正座した。
左のページを読んだ。
右のページを、上から、指でたどりながら読んだ。
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『健司、受け身、また鼻血』のところで、指が止まった。
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「……由紀ノートに、書いとこ」
「書くな」
「おじいちゃん公認のネタだよ、これ」
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笑っていた。
目は、少し赤かった。
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最後の二行まで読んで、由紀は、しばらく黙っていた。
それから、そっと、ページの端に指を伸ばした。
じいちゃんの字に、触れようとしたんだと思う。
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紙が、揺れた。
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由紀の指先が触れる前に。
ページの端が、ふわりと持ち上がって、由紀の指に寄っていった。
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「……え」
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メレオスの手から、肉まんが落ちた。
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「今の、何」
由紀が、指を引っ込めた。
ページは、ゆっくり元の位置に戻った。
「風?」
「窓、閉まってる」
俺は言った。
自分の声が、少し硬かった。
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俺は、テーブルから一歩、下がった。
二歩。
三歩。
台所の入り口まで。
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「由紀。もう一回、触ってみろ」
「なんで、お兄ちゃん、そんな遠くにいるの」
「いいから」
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由紀は、怪訝な顔で、もう一度、指を伸ばした。
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ページが、揺れた。
さっきより、はっきりと。
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俺は、ここにいる。
テーブルからは、三メートル離れている。
揺らしているのは、俺じゃなかった。
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「……由紀」
メレオスが、言った。
床に落ちた肉まんを、拾いもしなかった。
「お主、今、何をした」
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「何も、してないよ」
「何も、しとらんで、戸が返事をするか」
「戸って何。怖いんだけど」
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メレオスが、ソファから降りて、由紀の前に正座した。
真剣な顔だった。
由紀が、その顔を見て、少しだけ背筋を伸ばした。
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「由紀。息を、吸うてみい」
「……はい」
「吐いてみい」
「はい」
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「もっと、ゆっくりじゃ」
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由紀が、ゆっくり息を吸った。
両手が、自然に、下腹のあたりに添えられていた。
吸いながら、少しだけ肩が落ちた。
吐きながら、背中が、まっすぐになった。
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見覚えがあった。
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見覚えどころじゃなかった。
毎朝、毎晩、やっていた。
じいちゃんの隣で。
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「由紀。それ、どこで覚えた」
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「え?」
由紀は、きょとんとした。
「おじいちゃんの体操でしょ。朝、縁側で、お兄ちゃんとおじいちゃんがやってたやつ」
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「あたし、横で、真似してたじゃん。ちっちゃい頃」
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思い出した。
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冬の朝の、縁側。
じいちゃんが、真ん中に座る。
俺が、その右に座る。
息を吸う。吐く。
道場の稽古とは違う。家の中だけの、朝晩の呼吸。
弟子の誰も、知らないやつ。
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その左に、小さいのが、座っていた。
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パジャマのまま。
寝ぐせのまま。
俺とじいちゃんの真似をして、目をつぶって、ふうふう言っていた。
途中で、だいたい、寝ていた。
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じいちゃんは、何も言わなかった。
やめろとも。
ちゃんとやれとも。
ただ、たまに、小さい頭に手を置いていた。
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「何年くらい、やってた」
「えー……幼稚園から、小学校の、三年くらい?」
由紀は、首を傾げた。
「スイミング始めて、朝、早起きしなくなって、それきり。柔軟体操だと思ってた」
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柔軟体操。
一子相伝の、気功の呼吸を。
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「……おったのぉ」
メレオスが、ぽつりと言った。
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「ちっこいのが、横で、真似しとった。わしも、見とった」
メレオスは、額を押さえた。
「伊左衛門も、わしも、遊んどるだけじゃと思うとった」
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「遊んでたよ?」
「遊びで、下地がつくか。……ついとるんじゃ、これが」
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「したじ」
由紀が、繰り返した。
「何の」
「気功のじゃ」
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由紀は、しばらく、メレオスを見ていた。
それから、俺を見た。
それから、自分の手のひらを見た。
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「……あたし、魔法、使えるの?」
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「使えん」
メレオスが、即答した。
「教わっとらん。下地があるだけじゃ。下地だけで、火は出ん」
「なんだ」
「がっかりするでない」
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「ただしな」
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メレオスは、手帳を見た。
最後の二行を。
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「戸締まりなら、できるかもしれん」
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「戸締まり」
「この紙を閉じとったのと、同じことじゃ」
メレオスは、ページの端を、指で差した。
「伊左衛門は、これを、気で閉じた。同じ気を持つ者にしか、開けられんように」
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それから、メレオスは、窓の外を見た。
北の方角だった。
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「……ずっと、考えとったんじゃ。この一週間」
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「伊左衛門は、毎年、冬至の夜に、庭から北を向いた。五十五年、異状なし、と書いた」
メレオスの声が、低くなった。
「見とっただけで、異状なしが、五十五年も続くかのぉ」
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「……違うのか」
「わしは、違うと思う」
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「あやつは、閉めとったんじゃ。毎年、一番戸がゆるむ夜に、庭から、あの山の戸を」
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背中が、冷たくなった。
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「庭から、山まで、届くのか」
「気は、距離ではない」
メレオスは、首を振った。
「縁じゃ。覚えとる者の気は、覚えとる場所に届く」
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覚えていたほうがいい。
忘れると、また誰かが行くことになる。
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赤城から聞いた、じいちゃんの言葉だった。
ずっと、ただの言い伝えだと思っていた。
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「忘れんように、じゃ」
由紀が、小さく言った。
「……それ、そういう意味だったの」
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「今年は」
俺は、言いかけて、止まった。
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じいちゃんは、今年、死んだ。
今年の冬至に、庭で、北を向く人はいない。
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向こうが、今年を選んだ理由。
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「……一人、おるぞ」
メレオスが、由紀を見た。
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由紀は、すぐには、何も言わなかった。
それから、ゆっくり、テーブルの上の手帳を見た。
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「やってみる」
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一回目。
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由紀は、開いたページに手のひらを当てて、目をつぶった。
息を吸った。
吐いた。
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何も、起きなかった。
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「……閉じて、って思えばいいの?」
「思うだけでは、閉じん」
「じゃあ、どうするの」
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メレオスが、俺を見た。
お主が教えい、という目だった。
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「押すな」
俺は言った。
「流せ」
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由紀が、片目だけ開けて、俺を見た。
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「……お兄ちゃんが、先生ぶってる」
「ぶってない」
「由紀ノートに書いとこ」
「今は、やめろ」
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二回目。
由紀は、力を入れすぎた。
ページが、ばさばさと暴れた。
左のページと右のページが、交互にめくれて、止まらなくなった。
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「わ、わ、わ」
「押しとる! それは押しとる!」
メレオスが叫んだ。
ハリセンを出しかけて、相手が由紀だと気づいて、しまった。
***
三回目。
今度は、弱すぎた。
ページが、ため息みたいに、ほんの少しだけ持ち上がって、落ちた。
***
こけしの日の俺と、同じだった。
血筋なのかもしれない。
不器用なところまで。
***
「蛇口を、少しだけ開けるみたいに」
俺は言った。
課長の手帳の、二。
あの日の、自分の言葉。
「水が、糸みたいに出るくらい」
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由紀が、目をつぶった。
***
息を吸う。
吐く。
縁側の朝みたいに。
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四回目。
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ページが、ゆっくりと、閉じた。
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音もしなかった。
左右のページが、そっと重なって、ぴったりと、一枚になった。
何十年も閉じていた、あの夜の前の姿に戻っていた。
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俺は、ページの隙間に、爪を入れようとした。
入らなかった。
***
「……閉じとる」
メレオスが、言った。
声が、少しかすれていた。
「伊左衛門の、戸締まりじゃ」
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由紀が、目を開けた。
閉じたページを見た。
自分の手のひらを見た。
***
「あたし、できるじゃん」
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笑っていた。
いつもの、ガチャで星四を引いたときの顔だった。
***
「……で、これ、どうやって開けるの」
「俺が開ける」
「お兄ちゃんにしか、開けられないの?」
「お前にも、開けられるはずじゃ」
メレオスが言った。
「閉めるより、開けるほうが、難しいがのぉ」
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由紀は、十五分、格闘した。
開かなかった。
最後は、俺が開けた。
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「……ずるい」
「修行の差だ」
「二十年の差でしょ」
「二十年、やってたからな」
***
夕方。
柚子を一つ、湯呑みに輪切りにして浮かべて、三人で飲んだ。
由紀のいう、予行演習だった。
すっぱかった。
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「ねえ、お兄ちゃん」
由紀が、湯呑みを両手で持って言った。
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「これで、あたしも、ちゃんと手伝えるね」
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留守番役じゃなくて。
庭で、祈るだけじゃなくて。
由紀の目は、そう言っていた。
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答えようとして、声が出なかった。
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あの人の声が、耳の奥で鳴っていた。
湾岸の倉庫の、檻の中で。
疲れた大人の、丁寧な声で。
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伊左衛門さんの、家族を……。
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あの続きを、俺は、まだ由紀に話していなかった。
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倉庫の夜、あれが最後に言ったことも。
今度は、邪魔が入らないように、するから。
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戸を閉められる人間が、あの山の向こうから見て、何に見えるのか。
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「……お兄ちゃん?」
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柚子の匂いが、急に、遠くなった気がした。




