第五十五章 空いた席
『ジョン』が、遅刻した。
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0課に来てから、初めてのことだった。
二日酔いの朝でも、あの男は、始業の五分前には席にいた。
こっちじゃ前夜祭みたいなもんだ、と言って。
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九時を回っても、『ジョン』の机は空いていた。
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その隣で、メレオスがシュレッダーに紙を入れていた。
一枚ずつだった。
加藤さんの手帳には、『本日、詰まり、なし』と書いてあった。
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お茶も、スプーン一杯で淹れたらしい。
課長が一口飲んで、「うん、うん。緑だね」と言った。
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九時四十分。
ドアが開いた。
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『ジョン』だった。
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髭を、剃っていなかった。
シャツの襟が、片方だけ立っていた。
手に、スマホを握っていた。
握ったまま、放さなかった。
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「……悪い」
『ジョン』は、自分の席に座らなかった。
課長の机の前まで、まっすぐ歩いていった。
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「一件、見てもらいたいものがある」
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十分後。
会議室に、全員がそろっていた。
『ギーク』は、壁の画面の中。今日は、肉まんを持っていなかった。
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『ジョン』が、スマホの画面を、壁に映した。
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英語のニュース記事だった。
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見出しの名前は、俺でも聞いたことがあった。
アメリカの、元国防次官。
今は、どこかの研究機関の理事長をしている、白髪の男。
記事の写真の中で、上品に笑っていた。
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「死んだ」
『ジョン』が言った。
「六日前の夜。西海岸の、自宅の書斎で」
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「死因は」
『レスラー』が聞いた。
「心不全、と発表されてる」
『ジョン』は、記事の一行を指差した。
「見つかったとき、書斎の画面が、つけっぱなしだったそうだ。何も、映ってなかったらしいが」
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何も映っていない画面。
俺は、その一行だけ、なぜか覚えておこうと思った。
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「知り合いか」
「会ったことはない」
『ジョン』は、首を振った。
「だが、声は、知ってる。たぶん」
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「前に、本国から電話が来た話をしただろ。『メリディアン』の名前を、二度と口にするな、って」
「昔の上司の、そのまた上の上司、だったか」
『レスラー』が言った。
「そうだ。その男が、ずっと頭を下げてた相手が、こいつだ」
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『ジョン』は、画面の中の白髪の男を見た。
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「一番、上の席が、一つ空いた」
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会議室が、静かになった。
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「……それだけなら、朝から騒がない」
『ジョン』は、スマホを操作した。
「今朝の四時に、これが来た」
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画面が、切り替わった。
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メッセージだった。
英語の、短い文章。
その下に、写真が何枚も続いていた。
手書きのメモを、スマホで撮ったものだった。
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「差出人は」
課長が聞いた。
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『ジョン』は、少しだけ黙った。
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「相棒だ」
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三年前の。
儀式のあとの現場を見て、辞めた人。
今は、ワイオミングで牧場をやっている人。
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「三年、一度も、連絡はなかった」
『ジョン』の声は、平らだった。
「こっちから送っても、既読もつかなかった」
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『ジョン』が、英語のメッセージを、声に出して訳した。
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「『あの男が死んだ。ニュースは見たか』」
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「『三年前、俺は、あることに気づいた。上に上げようとして、止められた。言えば、お前も、お前の家族も、ただでは済まないと言われた。だから、辞めた。牛の世話をして、忘れることにした』」
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「『忘れられなかった』」
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「『止めた男の上にいたのが、あの男だ。もう、いない。だから、送る。お前はまだ、追っているんだろう』」
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『ジョン』は、そこで、一度だけ息を吸った。
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「『日付を、見ろ。俺は、それ以上は、考えないことにした』」
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最後に、頭文字が一つだけ、書いてあった。
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誰も、しばらく、口を開かなかった。
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『レディー』が、爪から目を上げていた。
いつから上げていたのかは、分からなかった。
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「……暗号化、されてないですね。これ」
画面の中から、『ギーク』が言った。
小さな声だった。
「普通の回線で、普通に送ってる。わざとです」
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「わざと」
「隠す気がないんです」
『ギーク』は、眼鏡を押し上げた。
「もう、隠れなくていいって思ってる人の、送り方です」
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『ジョン』は、何も言わなかった。
スマホを握る手に、少しだけ力が入ったのが見えた。
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「写真、もらえますか」
『ギーク』が言った。
「全部。解像度、落とさないで」
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手書きのメモは、三枚あった。
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一枚目は、東海岸の一件目。
二枚目は、東海岸の二件目。
三枚目は、西海岸。
三年前の、『ジョン』が間に合わなかった事件だった。
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どれも、細かい字で、場所と、人数と、時刻が書いてあった。
それから、日付。
三枚とも、日付のところだけ、ペンで何度もなぞってあった。
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「……『ジョン』さん」
「ああ」
「うちに来たときに見せてもらった、アメリカ側の資料。日付、黒塗りでしたよね」
「全部な。場所と、紋章しか、残ってなかった」
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「日付が、塗られてたんです」
『ギーク』は、画面の向こうで、キーボードを叩き始めた。
「場所より、先に。場所は残して、日付だけ。変な塗り方だなって、ずっと思ってました」
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壁の画面に、三つの日付が並んだ。
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東海岸、一件目。十二月二十一日。
東海岸、二件目。十二月二十二日。
西海岸。十二月二十一日。
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年は、全部違った。
何年も、離れていた。
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「……月末でも、年末でもない」
『レスラー』が言った。
「二十一日と、二十二日。一日ずれてるのは、何だ」
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「年によって、ずれるんです」
『ギーク』が言った。
「一年で、一番、昼が短い日」
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「冬至、だね」
課長が言った。
いつもの相槌は、なかった。
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「Winter solstice」
『ジョン』が、小さく繰り返した。
「……三年前の、あの夜も、長かった。やけに、長かった」
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一年で、一番、夜が長い日。
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その言い方を、最近、どこかで読んだ気がした。
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「儀式の時刻も、揃ってます」
『ギーク』が、続けた。
「三件とも、日没から、夜明けまでのあいだ。一番、暗い時間の真ん中あたり」
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「それと」
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『ギーク』の声が、少しだけ、変わった。
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「この日付を見てから、五十年前のほうのファイルを、もう一回見たんです。『メリディアン』の単語を拾った、あの黒塗りの」
「ああ」
「年のところは、読めるんです。でも、月と日の欄だけ、全部塗られてました。……ただ」
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画面の一部が、拡大された。
黒い帯の、一番端。
ほんの少しだけ、塗り残しがあった。
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アルファベットが、三つ。
かすれて、半分欠けていた。
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D。E。C。
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「十二月、です」
『ギーク』が言った。
「日にちは、読めません。でも、五十年前のも、十二月でした」
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五十年前。
昭和四十五年。
共さんが、隠り山から戻らなかった年。
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背中のあたりで、メレオスが、身じろぎした気がした。
振り返ると、メレオスは、会議室の隅の椅子で、膝を抱えていた。
何も言わなかった。
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「うん、うん」
課長が、ようやく言った。
「冬至は、今年は、いつだったかな」
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加藤さんが、手帳を開いた。
カレンダーのページを、指でなぞった。
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「……あと、一か月、ないくらいです」
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誰も、何も言わなかった。
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アメリカの扉は、三回、開きかけて、閉じた。
全部、冬至の夜だった。
それが分かっただけだった。
今年の冬至に、どこで、何が起きるのかは、誰にも分からなかった。
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「赤城さんには、僕から上げるよ」
課長が言った。
「『ジョン』くんの相棒さんの名前は、出さない。それで、いいね」
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「……助かります」
『ジョン』が、頭を下げた。
0課に来てから、初めて見る下げ方だった。
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会議が終わって、みんなが席に戻っていった。
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『ジョン』だけが、会議室に残っていた。
スマホに、何かを打っていた。
打っては、消していた。
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俺も、なんとなく、出ていけなかった。
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「返事、ですか」
「ああ」
『ジョン』は、画面を見たまま言った。
「三年ぶりに、何て書けばいいのか、分からない」
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少し考えてから、言った。
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「牛、元気か、とかでいいんじゃないですか」
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『ジョン』が、顔を上げた。
しばらく、俺を見ていた。
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それから、笑った。
今朝、初めての笑い方だった。
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「日本人は、そういうところが、ずるいな」
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『ジョン』は、短く打って、送った。
何を書いたのかは、見なかった。
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一分もしないうちに、スマホが震えた。
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『ジョン』は、画面を見て、目元を指で押さえた。
写真だった。
茶色い牛が、柵の向こうから、こっちを見ていた。
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その夜。
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アパートに帰ると、メレオスは、ソファの上で、金色のスマホを見ていた。
ガチャの画面ではなかった。
カレンダーだった。
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一か月足らず先の日に、印がついていた。
ひらがなで、一言。
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『かきんのひ』
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メレオスは、その字を、じっと見ていた。
指で、なぞってもいなかった。
ただ、見ていた。
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「……健司」
「なんだ」
「今日の、あの話じゃがな」
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そこで、メレオスは、黙った。
続きは、言わなかった。
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「……いや。何でもない」
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メレオスは、スマホを伏せて、ソファに横になった。
神は寝ん、と言い張っていたくせに、目を閉じた。
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俺は、台所で、お湯を沸かした。
湯気を見ていたら、肉じゃがの夜のことを、思い出した。
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由紀が、ガチャの画面を見ながら、言っていた。
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おじいちゃん、毎年、ゆず湯やってたよね。
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入る前に、毎年、北のほうに、手、合わせてたじゃん。庭に出て。
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冬の、一番寒い夜に。
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違う。
寒い夜、じゃない。
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ゆず湯は、冬至にやるものだ。
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じいちゃんは、毎年、一年で一番長い夜に、北を向いて、手を合わせていた。
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やかんが、鳴った。
俺は、火を止めるのを、忘れていた。




