第五十三章 既読と、お駄賃
ぴろん。
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ぴろん。ぴろん。
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朝の0課に、通知音が鳴り続けていた。
鳴っているのは、俺のスマホだった。
課長のも、加藤さんのも、『レスラー』のも。
全員のだった。
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『おっす』
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『おら めれおす』
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『かみであるぞよ』
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「……名乗りを、三回に分けるな」
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隣の机を見た。
メレオスが、机の上に正座していた。
金色のスマホを両手で持って、人差し指一本で、ゆっくり画面を押していた。
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「机の上は、席じゃないね」
課長が、自分の画面を見たまま言った。
メレオスは、黙って椅子に降りた。
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グループを作ったのは、『ギーク』だった。
0課の業務連絡用の、暗号化されたアプリ。
市販のものは覗けるから使わない、と本人は言っていた。
覗く側の人間が言うと、説得力があった。
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そこに、今朝、加藤さんがメレオスを招待した。
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グループの名前は、昨日まで『0課(八名)』だった。
今朝から、『0課(九名)』になっていた。
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「報告書と、揃えておきました」
加藤さんが、にこにこ言った。
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返事が、次々に来た。
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加藤さんからは、『メレオスさん、ようこそ。羊羹は、給湯室の右の棚です』。
『レスラー』からは、力こぶのスタンプが一つ。
『ジョン』からは、『Welcome, God.』。
『レディー』からは、『ふーん』。
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課長からは、『うん、うん』。
打つんだ、それ。
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『ホラー』からは、少し遅れて、一行だけ来た。
『後ろの子じゃ、なくなりましたね』
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最後に、壁の画面の中から、『ギーク』。
『スタンプ、三百種類入れときました。神様用に』
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それが、間違いだった。
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ぴろん。ぴろん。ぴろん。ぴろん。
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メレオスが、スタンプを押していた。
一つずつ、全部。
猫が踊るやつ。パンダが土下座するやつ。「了解」と書いた侍。
三百種類を、上から順番に。
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「健司。これは、何じゃ」
メレオスが、画面の端を指差した。
小さな字で、『既読8』と出ていた。
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「読んだ、って印だ」
「読んだ」
「グループの八人が、今のを見たってこと」
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メレオスは、しばらく、その数字を見つめていた。
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「……八人が、わしを、読んだのか」
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声が、少し震えていた。
感動していた。
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それから、また押し始めた。
さっきより速かった。
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ぴろん。ぴろん。ぴろん。
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『レスラー』の胸ポケットで、スマホが震えていた。
分厚い胸筋ごと、震えていた。
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『ジョン』が、画面を見ながら言った。
「俺の国では、これを、スパムと呼ぶ」
「すぱむ、とは何じゃ」
「缶詰だ」
「うまいのか」
「……うまい」
嘘ではなかった。
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『ホラー』は、何も言わずに、スマホを裏返して机に置いた。
通知を、切ったらしかった。
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「同じ部屋にいるんだから、口で言え」
「口では、既読がつかん」
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正論なのかどうか、分からなかった。
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ぴろん。
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一回だけ、違う音が鳴った。
メレオスのスマホだけだった。
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「……む」
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グループではなかった。
知らない番号から、メッセージが一件、来ていた。
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文字は、なかった。
写真が一枚だけだった。
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羊羹だった。
白い皿の上に、きっちり一切れ。
背景に、どこかの重たそうな机の木目が写っていた。
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「誰じゃ、これは」
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全員が、課長を見た。
なぜかは分からないが、全員が、課長を見た。
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課長は、湯呑みを持ったまま、窓の外を見ていた。
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「昨日の夜ね。赤城さんから、電話があってね」
「はい」
「神様の連絡先を、聞かれた」
「……それで」
「聞かれたからね。答えたよ」
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聞かれたら、答えようか。
慰安旅行の夜に、そう言っていた人だった。
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メレオスは、写真をじっと見た。
それから、机の上の、加藤さんが出してくれた羊羹を、スマホで撮った。
送った。
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一分後。
返事が来た。
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羊羹の写真だった。
さっきとは、別の羊羹だった。
栗が、入っていた。
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メレオスの目が、光った。
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「健司。肉まんを、出せ」
「ない」
「『ギーク』。肉まんを、出せ」
「これは、私のです」
「一個でよい。写真だけじゃ。撮ったら、返す」
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画面の向こうから、『ギーク』が、肉まんを一つ、カメラに近づけた。
メレオスは、壁の画面ごと、それを撮った。
送った。
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既読が、ついた。
返事は、来なかった。
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三十分後。
肉まんの写真が、一枚、届いた。
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どこかの重たそうな机の上に、コンビニの袋と、肉まんが一つ、載っていた。
***
国務大臣と、神様が、食べ物の写真だけで会話していた。
文字は、一文字もなかった。
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「……あの人、ああいうこと、するんだ」
『レディー』が、珍しく、爪から目を上げていた。
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昼前には、スタンプの嵐も落ち着いた。
三百種類を、全部押し終わったからだった。
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メレオスが、俺の袖を引いた。
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「健司」
「なんだ」
「上限を、上げい」
***
来た。
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昨日の夜、契約から六時間で、千円はなくなっていた。
今朝、ガチャのアプリを開いたメレオスは、画面に出た『今月の上限に達しました』の文字を、五分くらい黙って見ていた。
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「上げない」
「なぜじゃ」
「一晩で千円使うやつに、上げる理由がない」
「世のため人のための、千円じゃ」
「ガチャだろ」
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壁の画面から、『ギーク』の声がした。
「上限、外せますけど」
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「外すな」
「冗談です。半分は」
「どっちの半分だ」
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「じゃあ」
加藤さんが、手帳を開いた。
「お手伝いしてくれたら、お駄賃、出しましょうか」
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メレオスが、振り返った。
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「一件、十円。私のお財布からです」
加藤さんは、ペンを構えた。
「経費では、落ちませんので」
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経費の話になると、加藤さんは一ミリも譲らない。
課長の慰労会も、歓迎会も、露天風呂の弁償も、そうだった。
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「……十円」
メレオスが、繰り返した。
「子供のお手伝いだな」
「わしは、子供ではない」
「じゃあ、やらないのか」
「やる」
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即答だった。
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「稼いだぶんだけ、上限に足してやる」
俺は言った。
「それでいいな」
「男に、二言はないな」
「ない」
「神にも、ない」
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内職が、始まった。
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一件目。シュレッダー。
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「一枚ずつでは、日が暮れる」
メレオスは、書類の束を、まとめて押し込んだ。
シュレッダーが、低い声で唸った。
止まった。
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『レスラー』が、無言で立ち上がり、詰まった紙を指二本で引き抜いた。
一回で抜けた。
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「詰まらせたので、マイナス五円です」
加藤さんが、手帳に書いた。
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「引かれるのか!」
「引かれます」
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二件目。お茶くみ。
***
メレオスは、急須に、茶葉を山盛りに入れた。
山盛りの上に、さらに盛った。
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神の世話は、量じゃ。
肉じゃがの夜にも、聞いた。
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出てきたお茶は、緑ではなかった。
ほとんど、黒かった。
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課長が、一口飲んだ。
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「……うん」
しばらく、黙った。
「目が、覚めたね」
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十円だった。
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三件目。判子押し。
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加藤さんが、書類の束と、認印を一本、メレオスの前に置いた。
「ここと、ここと、ここ。三か所です」
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メレオスは、真剣な顔で、朱肉に判子を押しつけた。
一枚目。三か所。
二枚目。三か所。
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判子の字が、見えた。
小沢、と彫ってあった。
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「……加藤さん」
「はい」
「それ、何の書類ですか」
「露天風呂の弁償の、分割払いの確認書です」
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俺の給料が引かれる書類に。
俺の判子を。
神様が、押していた。
***
「本人確認は」
「小沢さんの判子ですから」
「押してるの、俺じゃないです」
「メレオスさんは、小沢さんの守護神ですから」
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理屈が、通っているのかどうか、分からなかった。
メレオスは、四枚目に進んでいた。
***
四件目。肉まんの買い出し。
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『ギーク』の、明日の出社ぶんだった。
十個。
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「わしが行く」
メレオスは、加藤さんから千円札を二枚受け取って、ドアの向こうに消えた。
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店の人には、見えるようにしていくらしい。
金髪の子供が、一人で肉まんを十個買いに来る。
それはそれで、目立つと思った。
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二十分後。
メレオスは、紙袋を両手で抱えて戻ってきた。
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肉まんは、十一個入っていた。
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「おまけじゃ」
メレオスが、胸を張った。
「店の者が、偉いねえ、と言うて、一個くれた」
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壁の画面の中で、『ギーク』が、眉間に皺を寄せた。
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「おまけは引けるのに、ガチャは引けないんですね」
「黙っとれ」
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夕方までに、メレオスは、二十四件の仕事をした。
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シュレッダーを、あと三回。今度は、詰まらせなかった。
コピー機の紙の補充。
『レスラー』との腕相撲。これが仕事に入るのかは、加藤さんが決めた。入った。
『ホラー』の机の、観葉植物の水やり。
『ホラー』は、植物の葉を見て、「喜んでますね」と言った。本当かどうかは、誰にも分からなかった。
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加藤さんが、手帳を見ながら、電卓を叩いた。
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「二十四件で、二百四十円。シュレッダーのマイナス五円で」
小さな、がま口の財布を開いた。
「二百三十五円です」
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百円玉が二枚。十円玉が三枚。五円玉が一枚。
メレオスの手のひらに、一枚ずつ、置かれた。
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メレオスは、手のひらを、じっと見ていた。
***
「……健司」
「なんだ」
「わしが、稼いだ金じゃ」
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神様が、二百三十五円を、両手で包んでいた。
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「上限は、千二百三十五円な」
「半端じゃな」
「お前が、詰まらせたからだ」
***
帰り支度をしていると、机の横に、影が立った。
***
『レディー』だった。
***
「今日、空いてるわよね」
「……空いてますけど」
「貸し、返してもらうわよ」
***
慰安旅行の夜の、あれだった。
竹の塀を倒した、あれだった。
***
「高いって、言ったわよね」
***
一時間後。
俺は、デパートの冬物売り場で、紙袋を持って立っていた。
***
『レディー』は、服を選ぶのが速かった。
手に取る。
一秒見る。
籠に入れるか、戻すか。
試着は、しなかった。
***
「着てみないんですか」
「見れば分かるわよ。仕事柄」
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どんな仕事柄なのかは、聞かなかった。
昔の仕事の話は、前に一度、少しだけ聞いていた。
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紙袋が、三つになった。
五つになった。
七つになった。
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背中のあたりで、メレオスが、スマホを見ていた。
今日は、俺にしか見えないようにしているらしい。
千二百三十五円の、残り二百三十五円の使い道を、ずっと考えていた。
***
右腕が、少し震えた。
***
箸は、もう持てる。
芋も、縦には回らない。
それでも、紙袋七つは、まだ重かった。
***
『レディー』が、振り返った。
俺の右手を、見た。
***
「……まだ、戻ってないのね」
***
一番軽そうな紙袋を、一つだけ、俺の手から取った。
それだけだった。
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最後の売り場は、手袋だった。
『レディー』は、黒い革の手袋を一組、ほとんど見ずに買った。
男物だった。
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店を出たところで、その小さな紙袋を、俺の胸に押しつけてきた。
***
「冬に右手を冷やすと、治りが遅いのよ」
「……え」
「それ、治ってから言いなさい、みたいな顔しないで」
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「これ、貸しに入りますか」
「入るわよ」
『レディー』は、もう前を向いて歩いていた。
「高いわよ」
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減らない貸しだった。
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駅までの近道に、古い商店街を抜けた。
シャッターの下りかけた八百屋の前を、通った。
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黄色が、目に入った。
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店先に、柚子が一箱、出ていた。
手書きの札に、『入荷しました』とだけ書いてあった。
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まだ、少し早い気がした。
***
「何」
『レディー』が、振り返った。
「いえ」
俺は、紙袋を持ち直した。
***
家に帰ると、メレオスが、ソファの上で跳ねていた。
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「健司!」
「なんだ」
「出たぞ! 星四じゃ!」
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金色のスマホを、突き出してきた。
画面の中で、キャラクターが、きらきら光っていた。
***
「二百三十五円で、一回だけ、引けた」
「で、出たのか」
「出た」
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メレオスは、スマホを抱きしめた。
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「わしの運で。わしの稼いだ金で。わしの板で、出たんじゃ」
***
「神の運は、世界のために取ってあるんじゃなかったのか」
肉じゃがの夜、由紀にそう言っていたはずだった。
***
メレオスは、一瞬、黙った。
***
「……ちいとばかし、借りた」
「返しとけよ」
「利子をつけて、返す」
***
ぴろん。
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グループに、通知が一件、来た。
加藤さんからだった。
***
『明日のお手伝い:シュレッダー(詰まらせないこと)。お茶くみ(茶葉はスプーン一杯)』
***
メレオスは、それを読んで、真剣な顔で頷いた。
それから、スタンプを一つだけ、返した。
***
「了解」と書いた、侍だった。




