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幕間 子午線の会議

どこの国の地下なのかは、そこに座る者たちにも、知らされていなかった。


***


円い卓があった。

明かりは、卓の真ん中に一つだけ。

光は卓の縁までしか届かず、座る者たちの胸から上は、暗がりに沈んでいた。


***


席は、七つあった。


***


四つの椅子に、人が座っていた。

残りの三つには、椅子の代わりに、黒い画面が立てられていた。

画面の中にも、人がいた。


***


七人とも、顔を覆っていた。

白い、のっぺりとした仮面だった。

額に、線の入った紋様が一つずつ、刻まれていた。


***


線の数は、席ごとに、少しずつ違った。


***


誰も、名前を呼ばなかった。

ここでは、名前は使わない。

使うのは、経度だけだった。


***


「始めよう」

卓の北の席から、声がした。

年を取った声だった。

その席は、零度と呼ばれていた。


***


「東経百三十五度」


***


呼ばれた席の男が、わずかに背を伸ばした。

仮面の下で、喉が動くのが分かった。


***


「報告を」


***


「……『常世会』の本部は、先に報告したとおりです」

東経百三十五度が言った。

「その後、残っていた拠点を、一晩で六か所、潰されました」


***


「一晩で」

「一晩で、です」


***


「確保されたのは、四十九人。『常世会』の首謀者も、含まれています」

東経百三十五度は、手元の紙に目を落とした。

「さらに、湾岸の倉庫で、二十三人」


***


卓の空気が、硬くなった。


***


「首謀者は、何を喋った」

西経七十五度の画面から、声がした。


***


「知っていることは、全部」

「何を知っていた」

「多くは、ありません。あの方の顔と、会った場所と、会った回数くらいです」


***


「十分だ」

西経七十五度は、吐き捨てるように言った。

「顔と場所があれば、人は辿り着く」


***


零度は、黙って聞いていた。

それから、一つだけ、聞いた。


***


「死者は」


***


東経百三十五度は、少し間を置いた。


***


「……ゼロです」


***


円卓が、静かになった。

今夜いちばん、静かになった。


***


殺す相手なら、話は簡単だった。

死んだ者は、何も喋らない。

消えた拠点は、消えたまま、忘れられていく。


***


殺さずに捕まえる相手は、違う。

捕まえた数だけ、証言が残る。

証言の数だけ、紙が残る。

紙は、五十年かけて消してきたものを、一枚ずつ、元に戻していく。


***


「東経百三十五度の処分は」

零度が言った。

「後で決める」


***


東経百三十五度は、何も言わずに、頭を下げた。


***


「西経七十五度。西経百二十度」


***


二つの画面が、わずかに明るくなった。


***


「CIAの担当官が、まだ、日本にいる」

西経七十五度が言った。

「名前を掘り返した男だ。本国から、二度と口にするなと言わせた。帰国の命令も出させた」


***


「それでも、戻らなかった」


***


「あの国の上のほうにも、我々の席はある」

西経七十五度の声は、低かった。

「その席から、言わせた。……それでも、だ」


***


「五十年前には、それで足りた」

西経百二十度が言った。

「担当者ごと、消せば済んだ」


***


「今は、済まない」

零度が言った。

「日本の役人が、あの男を抱え込んでいる」


***


「扉のほうは」


***


「東海岸は、二度」

西経七十五度が答えた。

「西海岸は、一度。どれも、開きかけて、閉じた」


***


「足りなかった、ということです」

西経百二十度が付け加えた。

「差し出したものが」


***


差し出したもの、と、西経百二十度は言った。

人の数のことだった。

誰も、それを言い直さなかった。


***


零度が、卓の上で、指を組んだ。


***


「一つだけ、開いた」

零度が言った。

誰に向けたとも分からない、低い声だった。


***


どこの扉が、と聞く者はいなかった。


***


「呼んだのは、我々だ」


***


零度は、組んだ指に、少しだけ力を入れた。

それきり、続きは言わなかった。


***


明かりが、揺れた。


***


風のない地下で。

卓の真ん中の、一つだけの明かりが。


***


円卓の端の、どの席でもない暗がりに、男が一人、立っていた。


***


誰も、扉の開く音を聞いていなかった。


***


四十くらいの男だった。

くたびれた上着を着ていた。

子供みたいな目をしていた。


***


顔を、覆っていなかった。


***


円卓の中で、ただ一人。

隠す必要がないのだと、全員が分かっていた。

その顔は、あれの顔ではなかったから。


***


壁際の護衛が、銃を上げた。

三人。

三つの銃口が、男に向いた。


***


男は、そっちを見もしなかった。


***


「下ろせ」

零度が言った。

「無駄だ」


***


銃口が、ゆっくりと下がった。


***


男は、首を傾げて、円卓を見回した。

七つの仮面を。

七つの紋様を。


***


「みんな、顔を隠してるんだね」

楽しそうな声だった。

「隠してるから、見つからない。見つからないから、何もしない。五十年も」


***


「招いた覚えは、ない」

零度が言った。


***


「呼んだ覚えは、あるでしょう」


***


零度は、答えなかった。


***


「お前は、我々が呼んだ」

代わりに、そう言った。


***


「うん」

男は、頷いた。

「だから、来た」


***


「来てあげた、の間違いだと思うけど」


***


西経七十五度の画面が、ざらりと揺れた。

「湾岸で、二十三人を失った」

声が、尖っていた。

「回線も捨てた。首謀者も渡した。……お前は、遊んでいただけだ」


***


「伊左衛門の孫に、かまいすぎる」

西経百二十度が続けた。


***


男は、画面のほうを向いた。

首を、反対側に傾げた。


***


「遊んでたんじゃない」

「見てたんだ」


***


「何を」


***


「撃たないやつが、どこまで撃たないでいられるか」


***


誰も、続きを聞かなかった。


***


男は、円卓の縁に、両手をついた。

それから、七つの席を、順番に見た。


***


「提案が、あるんだ」


***


「全部の扉を、同じ夜に、開けよう」


***


円卓が、凍った。


***


「一か所ずつ開けるから、一人に止められる」

男は、言った。

「五十年前も、そうだった。今年も、そうだった」


***


「東も、西も、北も、南も。この卓にある席の、全部の扉を」

「同じ夜に開けたら、止める人間は、足りない」


***


「開け方は」

零度が言った。


***


「知ってる」

男は、あっさり答えた。

「向こうから来たのは、こっちだから。扉の、どこを押せば開くのか。いちばん、よく知ってる」


***


零度は、黙った。


***


円卓の全員が、同じことを分かっていた。

この男は、呼んだはずの道具だった。

そして、扉の鍵でもあった。

道具なら、捨てればいい。

鍵は、捨てられない。


***


「反対だ」


***


西経百二十度の画面だった。


***


「五十年、隠れてきたのは、理由がある。表に出れば、各国が、本気で潰しに来る」

西経百二十度の声は、震えていなかった。

「同じ夜に、全部を開ける。……それはもう、儀式じゃない。戦争だ」


***


男は、西経百二十度の画面を、じっと見ていた。


***


「五十年、隠れてたから」

静かな声だった。

「負けたんだよ」


***


画面の向こうで、何かが、ぴしりと鳴った。


***


薄い陶器にひびが入るような、小さな音だった。


***


西経百二十度の仮面に、額から顎まで、一本の線が走っていた。

紋様の線とは、違う線だった。


***


画面の中の人影が、仮面を両手で押さえた。

声は、出なかった。


***


画面が、暗くなった。


***


回線が切れたのか。

切られたのか。

誰にも、分からなかった。

誰も、確かめようとしなかった。


***


男は、何事もなかったように、円卓の縁に手をついたままでいた。


***


その指が、卓の木目を、なぞっていた。


***


几帳面な、一画だった。

それから、もう一画。


***


指が、止まった。


***


男の首が、がくりと、大きく傾いた。

ほんの一瞬、目の色が、変わった。

疲れた、大人の目に。


***


すぐに、戻った。


***


「……まだ、起きるんだ」

男は、誰にも聞こえない声で、呟いた。


***


円卓の誰も、気づかなかった。

全員が、暗くなった画面を見ていた。


***


卓の木目に、二画だけの、何かが残っていた。

書きかけの、字のようなものが。


***


「決を、採る」

零度が言った。


***


「同じ夜に、全部の扉を開ける。賛成の者は」


***


東経百三十五度の手が、上がった。

処分を待つ席に、選ぶ余地はなかった。


***


西経七十五度の画面の中で、手が上がった。

残りの席も、一つずつ、上がっていった。

暗くなった画面の分を、除いて。


***


零度の手だけが、上がらなかった。


***


一拍。


***


男が、零度のほうを見た。

首を、傾げて。


***


零度の手が、上がった。


***


呼ばなければよかった。

その一拍のあいだに、零度が何を思っていたのかを、口に出す者はいなかった。


***


「いつ」

零度が聞いた。


***


「一番、長い夜に」

男は、答えた。

「夜が長いほうが、扉は、よく開くから」


***


「日本の扉は」

東経百三十五度が、かすれた声で聞いた。


***


「あの山」

男は、嬉しそうに言った。

「今度は、邪魔が入らないように、するから」


***


会議は、それで終わった。


***


画面が、一つずつ消えていった。

椅子の者たちが、一人ずつ、暗がりの扉から出ていった。

誰も、男のほうを振り返らなかった。


***


円卓には、二人だけが残った。


***


零度と、男と。


***


「一つ、聞く」

零度が言った。


***


「邪魔が入らないように、と言ったな」

「言ったね」

「邪魔とは、誰だ」


***


男は、窓のない壁を見た。

東のほうの、壁だった。


***


しばらく、そうしていた。


***


「伊左衛門の……」


***


そこまで言って、男は、首を傾げた。

それから、笑った。


***


明かりが、揺れた。


***


揺れが止まったとき、円卓の端には、誰もいなかった。


***


零度は、一人で、卓の木目を見下ろしていた。


***


几帳面な、二画だけの、何か。


***


零度には、それが何なのか、分からなかった。


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