第四十九章 気功の檻
「戸締まり、って言ったよな」
一斉摘発から三日後の夜、俺はソファのメレオスに言った。
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「言うたかのぉ」
「山から帰った日だ。気功の下地がない体には、戸締まりがないって」
「……言うたな」
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「あれは、じいちゃんには入れなかった。気で、弾かれたから」
「そうじゃ」
「じゃあ、逆もできるんじゃないか」
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メレオスが、羊羹を食べる手を止めた。
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「中に入れない、んじゃなくて」
俺は、両手で輪を作ってみせた。
「外から囲んで、中から出られなくする。戸締まりを、外からかける」
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「……共さんの体ごと、閉じ込めるのか」
「閉じ込めて、逃がさない。そのあいだに、中のやつだけ引きはがす方法を考える」
「考えるのは、あとか」
「あとだ。まず、逃がさない」
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メレオスは、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
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「伊左衛門は、追い出すことしか、できなんだ」
「うん」
「お主は、逃がさん、と言うのか」
「うん」
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「……阿呆じゃな」
メレオスは、羊羹の最後の一切れを口に入れた。
「伊左衛門も、同じくらい、阿呆じゃった」
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翌日から、地下の訓練場で、檻を作る練習を始めた。
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土で、檻の形を作るのは、簡単だった。
床のコンクリートの下から土を呼んで、格子に固める。
先祖の山で、壁を作る練習は散々やった。
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難しいのは、そこに気を通すことだった。
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じいちゃんに習った気功は、自分の体の中で巡らせるものだった。
外に出すものじゃない。
まして、土の格子に流し込むものでは、まったくない。
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「流してみい」
メレオスが、腕を組んで言った。
右手には、ハリセンを持っていた。
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「……それ、どこから出した」
「神の嗜みじゃ」
火の出し方を教わったときと、同じハリセンだった。
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格子に、手を当てた。
体の中の気を、指先から、ゆっくり押し出す。
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格子が、ぶるぶる震えた。
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爆発した。
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訓練場の天井から、土がぱらぱら降ってきた。
俺は、頭から土をかぶって、床に座り込んでいた。
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すぱん、と、ハリセンが頭に落ちた。
「押し込みすぎじゃ」
「痛い」
「流す、と言うたろう。押すな。流せ」
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二回目も、爆発した。
三回目は、格子がぐにゃりと溶けて、ただの土の山になった。
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すぱん。
「今度は、弱すぎじゃ」
「加減が分からない」
「分からんから、練習しとるんじゃろうが」
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正論だった。
ハリセンの音が、訓練場に何度も響いた。
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様子を見に来た『レディー』が、扉の隙間から言った。
「……神様に、叩かれてる」
「修行です」
「そういう趣味?」
「修行です」
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十一回目で、格子が、爆発もせず、溶けもせず、立った。
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土の格子の表面を、うっすらと、何かが流れていた。
目には、ほとんど見えない。
でも、手をかざすと、じいちゃんの手のひらの温度に、少し似ていた。
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「……ほう」
メレオスが、ハリセンを下ろした。
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「立ったけど、効くかどうかが分からない」
「試せばよかろう」
「何で」
「人と、神とでじゃ」
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一人目の実験台は、『レスラー』だった。
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「なんで俺なんだ」
「一番、頑丈だからです」
「理由が雑だ」
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文句を言いながら、『レスラー』は檻の中に入った。
格子を両手で掴んで、全力で引いた。
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びくともしなかった。
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肩で押した。
蹴った。
最後は、体当たりをした。
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檻は、揺れもしなかった。
『レスラー』のほうが、跳ね返されて、尻もちをついた。
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「……なんだこれ」
『レスラー』が、自分の手を見た。
「掴んでると、力が、抜けていく」
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「気が、流れてるからだと思います」
「それ、俺に使うなよ。二度と」
「実験台、ありがとうございました」
「礼を言うな。腹が立つ」
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二人目の実験台は、メレオスだった。
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「わしは、消えられるぞ」
「知ってる」
「好きなときに、好きなところへ出られる。この程度の檻、わけもない」
「だから、試すんだ」
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メレオスが、檻の中に入った。
俺は、格子に気を流して、戸締まりをかけた。
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「では、ゆくぞ」
メレオスが、ふっと、消えた。
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一秒後、檻の中に、また現れた。
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「……む?」
もう一度、消えた。
また、檻の中に現れた。
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「む、む、む」
三回目、四回目。
消えては、檻の中に戻ってくる。
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五回目で、メレオスは、格子を掴んで叫んだ。
「出られん! 出られんぞ、これは!」
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「効いてるな」
「喜ぶでない! 出せ!」
「もうちょっと、様子を」
「出さんか、この阿呆!」
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気を止めると、メレオスは、檻の外に転がり出てきた。
しばらく、床に座り込んで、息を整えていた。
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「……五十年前を、思い出したわ」
小さな声だった。
笑っていなかった。
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「悪い」
「謝るな」
メレオスは、顔を上げた。
「効く、ということじゃ。わしを閉じ込められるなら、あれも閉じ込められる」
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「ただしな」
「ただし?」
「わしは、閉じ込められるのに慣れとる。あれは、慣れとらん」
メレオスは、格子をこんと叩いた。
「暴れるぞ。わしの比ではない」
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その日の夕方、課長が、会議室に全員を集めた。
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「首謀者の、取り調べの続きが上がってきたよ」
課長が、書類をめくった。
「あの方に会ったのは、三度とも、同じ場所だったそうだ」
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「湾岸の、倉庫街」
『ジョン』が、顔を上げた。
「俺が狙われた、あの倉庫の辺りか」
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「それと」
スピーカーから、『ギーク』の声がした。
「例の生きてる回線、一斉摘発のあとから、ずっと電源が落ちてたんですけど」
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「昨日の夜から、毎晩一回だけ、同じ場所で、電源が入ります。十分だけ」
「場所は」
「湾岸の、倉庫街です」
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会議室が、静かになった。
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「……呼んでるわね」
『レディー』が言った。
「来い、って」
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誰も、否定しなかった。
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翌日、赤城が0課に来た。
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会議室に入ってきた赤城は、いつもの椅子に座った。
その隣の椅子には、メレオスが座っていた。
赤城には、見えていなかった。
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0課の全員が、そっちを見ないように、必死に前を向いていた。
『ギーク』だけが、画面越しに、あからさまに目を泳がせていた。
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加藤さんが、赤城の前にお茶を置いた。
それから、隣の空いた椅子の前にも、お茶と羊羹を置いた。
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赤城が、その羊羹を見た。
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一秒。
二秒。
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赤城は、何も言わずに、自分のお茶を一口飲んだ。
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「作戦を、聞こう」
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俺は、立ち上がって、話した。
湾岸の倉庫街。
毎晩十分だけ入る、電源。
それから、檻のこと。
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「土の格子に、気を流して、中から出られなくします」
「中から」
「あの男の体は、そのまま。中にいるものだけを、逃がさないようにする」
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赤城は、しばらく黙っていた。
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「……捕まえる、か」
低い声だった。
「殺すでもなく。追い返すでもなく」
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「はい」
「師匠が、できなかったことだ」
「知ってます」
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赤城が、俺を見た。
丁寧さの奥の、硬いものが、少しだけ揺れていた。
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「俺も行く」
「大臣が、ですか」
「前にも言っただろう」
赤城は、少しだけ口の端を上げた。
「兄弟子が、だ」
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会議が終わって、赤城が立ち上がった。
扉のところで、一度だけ振り返った。
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隣の椅子の前の、羊羹の皿が、空になっていた。
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赤城は、空の皿を見て、それから、誰もいない椅子を見た。
「……羊羹は、うまかったか」
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誰も、答えなかった。
椅子の上で、メレオスが、固まっていた。
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「そうか」
赤城は、それだけ言って、エレベーターに乗った。
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扉が閉まるまで、0課の誰も、息をしなかった。
***
その夜。
湾岸の倉庫街は、風が強かった。
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『ギーク』の声が、通信機から聞こえた。
「電源、入りました。……あの倉庫です。『ジョン』さんが狙われた」
「覚えてるさ」
『ジョン』が、低く言った。
***
赤城は、俺の隣に立っていた。
今日も、完璧な装備だった。
メレオスは、俺の反対側にいた。赤城には、見えないまま。
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倉庫の扉は、開いていた。
天窓から、月の光が、一本だけ落ちていた。
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その光の下に、男が一人、立っていた。
四十くらいの。
子供みたいな目をした。
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男は、俺たちを見た。
それから、赤城を見た。
赤城のところで、目が止まった。
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ゆっくりと、首を傾げた。
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「……来たね」
男が言った。
「伊左衛門の、孫と。伊左衛門の、弟子と」
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赤城の手が、俺の隣で、固く握られるのが分かった。
***
男の目が、最後に、俺の反対側で止まった。
赤城には見えない、金色の頭のところで。
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「それから」
男は、嬉しそうに笑った。
「逃がした、かみさまも」




