第四十七章 六か所、一晩で
慰安旅行から戻った週の、水曜日。
会議室の机の上に、神様が座っていた。
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正座だった。
湯呑みまで、自分の前に置いていた。
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「うん、うん。神様も、席に着こうか」
課長が言った。
「着いておるぞ」
「机の上は、席じゃないね」
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メレオスは、しぶしぶ机から降りて、俺の隣の椅子に座った。
床に、足が届いていなかった。
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加藤さんが、メレオスの前に、お茶と羊羹を置いた。
名簿に一行増えた人の扱いは、早かった。
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「始めます」
スピーカーから、『ギーク』の声がした。
出社日ではなかった。回線は、自宅からだった。
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モニターに、地図が映った。
赤い点が、ぱらぱらと散っていく。
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「例の、一本だけ生きてる回線。八月からの位置履歴、全部洗い直しました」
「妹さんの店以外にも、行ってたのか」
『レスラー』が聞いた。
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「行ってました。定期的に。六か所」
赤い点が、六つの丸に集まった。
都内に四つ。近県に二つ。
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「全部、名義がばらばらの貸し倉庫とか、空き店舗です」
「二百十三本の使い捨ての回線も、解約前の位置が、この六か所に何度も落ちてます」
「つまり」
「足回りの、たまり場です」
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『ジョン』が、地図に顔を近づけた。
「倉庫で捕まえた五人と、同じ手の甲の連中が、ここにいる」
「たぶん」
「たぶんで十分だ」
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「問題は」
『レディー』が、腕を組んだまま言った。
「一か所叩けば、残りの五か所は、一時間で空っぽになる、ってことね」
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誰も、否定しなかった。
消し方の癖まで揃える連中だった。
逃げ方も、揃っているに決まっていた。
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「一晩で、六か所」
課長が、ゆっくり言った。
「同時は無理でも、向こうが気づく前に、全部回る」
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「人数が、足りないだろ」
『レスラー』が言った。
「六か所で、何十人いるか分からん」
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課長が、俺を見た。
全員が、俺を見た。
メレオスまで、羊羹を食べる手を止めて、俺を見た。
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「小沢くんは、車で回って、片づけては、次へ」
「……俺、移動する兵器みたいな扱いになってませんか」
「うん、うん。攻城兵器、かな」
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言い方が、ひどかった。
否定は、できなかった。
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「一つだけ、いいですか」
俺は、手を挙げた。
「相手は、人間ですよね。手の甲に紋様があるだけの」
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『ホラー』が、頷いた。
「倉庫の五人は、中に何も入ってませんでした。ただの人です」
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「なら」
自分の声が、少し固くなった。
「殺さないで、全部、止めます」
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会議室が、少し静かになった。
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倉庫で、俺は撃てなかった。
外側が人間だったからだ。
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じいちゃんも、山で撃てなかった。
中にいたのが、弟弟子だったからだ。
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撃てない、は、弱さだと思っていた。
でも、撃たないで勝てるなら、それは、ただの腕だ。
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「撃てない、じゃなくて」
俺は、言い直した。
「撃たないで、勝ちます」
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隣で、メレオスが、羊羹を一切れ、口に入れた。
何も言わなかった。
ただ、口の端が、少し上がっていた。
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「うん、うん」
課長が、受話器を取った。
「赤城さんに、許可をもらおうか」
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電話は、短かった。
「……『今夜やれ。一人も死なせるな』だって」
「どっちの一人ですか」
「両方、だろうね」
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夜、十一時。
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黒いワゴン車の運転席に、『レスラー』。
助手席に、『ホラー』。
後部座席に、俺と、メレオス。
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『レディー』と『ジョン』は、別の車で先行した。
一か所ごとに先に着いて、中の人数と配置を確かめる。
『ギーク』は、六か所の防犯カメラを、順番に止めていく。
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課長と加藤さんは、0課に残った。
加藤さんは、現場に出ない。
代わりに、救急箱を三つ、ワゴンに積んでくれていた。
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「わしも、救急箱の数に入っとるのか」
メレオスが、後部座席で足をぶらぶらさせた。
「入ってない。お前は見学だ」
「神を、見学扱いするでない」
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一か所目。
湾岸の、古い貸し倉庫だった。
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『レディー』から、通信が入った。
「中に九人。全員、手の甲にある。拳銃が四丁、刃物が多数」
「了解」
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『ギーク』が、カメラを止めた。
「どうぞー」
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シャッターを、『レスラー』が素手でこじ開けた。
中にいた九人が、一斉にこっちを向いた。
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拳銃が、四つ、上がった。
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腕を、横に振った。
風が、倉庫の中を、一直線に走った。
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人は、切らない。
手から離れたものだけ、奪う。
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拳銃が四丁、刃物が十本近く、まとめて天井近くまで舞い上がった。
がらがらと、倉庫の奥に降ってきた。
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九人が、空になった自分の手を見ていた。
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そこへ、『レスラー』が突っ込んだ。
三十秒で、九人とも床に伏せていた。
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「……楽だな」
『レスラー』が、結束バンドを締めながら言った。
「武器がないと、ただの喧嘩だ」
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『ホラー』が、九人の顔を、一人ずつ見て回った。
「全員、ただの人です」
「了解。次」
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二か所目。
駅裏の、シャッターの下りた空き店舗。
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「中に十二人。うち三人は、奥の部屋」
『ジョン』の声だった。
「逃げ足が速そうだ。裏口がある」
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裏口に、『ジョン』と『レディー』が回った。
正面から、俺たちが入った。
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十二人が、散った。
裏口へ、窓へ、奥の部屋へ。
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床に、手をついた。
コンクリートの床の下に、土がある。
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土を、呼んだ。
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床が、波打った。
走り出した十二人の足首を、盛り上がった土が、一斉に掴んだ。
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全員が、その場で前のめりに転んだ。
走る姿勢のまま、床に縫い止められていた。
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「……おい」
『レスラー』が、倒れた十二人を見回した。
「一回で、全員か」
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「小さくする練習は、嫌というほどやったんで」
「小さくしてないだろ、これ」
「一人ぶんを、十二回やっただけです」
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裏口から、『レディー』が顔を出した。
誰も来なかったので、退屈そうだった。
「……私の出番、どこ?」
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三か所目。
近県の、国道沿いの物流倉庫。
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ここは、様子が違った。
中の八人が、既に武器を構えて、入口を向いて待っていた。
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「気づかれてますね」
『ギーク』の声が、少し早くなった。
「二か所目から、連絡が飛んだっぽいです。消し忘れの、一本」
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「風、効くか」
『レスラー』が聞いた。
「構えてる相手は、握りが強いんで。全部は取れないかもしれません」
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後部座席から、メレオスの声がした。
「雷じゃ」
「雷?」
「細うせい。針ほどにな。人は、それで十分止まる」
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見学じゃなかったのか、と思った。
言わなかった。
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入口の前に立った。
八人の銃口が、一斉にこっちを向いた。
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指先に、雷を集めた。
大きくしない。
針ほど。糸ほど。
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八本、撃った。
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ぱちり、と、静電気みたいな音が、八回した。
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八人が、同時に、びくりと震えた。
指が開いて、銃が落ちた。
膝が折れて、その場にへたり込んだ。
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誰も、倒れたまま動かなかった。
でも、全員、息はしていた。
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『ホラー』が、しゃがみこんで、一人の脈を取った。
「……生きてます。痺れてるだけです」
「よし」
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ワゴンに戻ると、メレオスが、腕を組んで座っていた。
「悪くない」
「見学じゃなかったのか」
「見学の感想じゃ」
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三か所で、二十九人。
死者、なし。
怪我人は、『レスラー』に取り押さえられたときに鼻を打った一人だけだった。
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「残り、三か所」
『ギーク』が言った。
「でも、たぶん、ここからは、待ち構えてます」
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四か所目は、都内の、雑居ビルの地下だった。
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階段を降りると、鉄の扉が、最初から開いていた。
中に、灯りが一つだけ点いていた。
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男が、一人だけ、椅子に座っていた。
手の甲に、紋様があった。
武器は、持っていなかった。
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「『ホラー』さん」
「……ただの人です」
それなのに、背中が冷たかった。
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男が、俺を見た。
値踏みでも、警戒でもなかった。
何かを、確かめるような目だった。
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「小沢、健司」
男は、俺の名前を、フルネームで呼んだ。
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「あの方が、お前を見ておられる」
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後部座席に置いてきたはずの気配が、すぐ後ろで、小さく息をのんだ。




