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第四十七章 六か所、一晩で

慰安旅行から戻った週の、水曜日。

会議室の机の上に、神様が座っていた。


***


正座だった。

湯呑みまで、自分の前に置いていた。


***


「うん、うん。神様も、席に着こうか」

課長が言った。

「着いておるぞ」

「机の上は、席じゃないね」


***


メレオスは、しぶしぶ机から降りて、俺の隣の椅子に座った。

床に、足が届いていなかった。


***


加藤さんが、メレオスの前に、お茶と羊羹を置いた。

名簿に一行増えた人の扱いは、早かった。


***


「始めます」

スピーカーから、『ギーク』の声がした。

出社日ではなかった。回線は、自宅からだった。


***


モニターに、地図が映った。

赤い点が、ぱらぱらと散っていく。


***


「例の、一本だけ生きてる回線。八月からの位置履歴、全部洗い直しました」

「妹さんの店以外にも、行ってたのか」

『レスラー』が聞いた。


***


「行ってました。定期的に。六か所」

赤い点が、六つの丸に集まった。

都内に四つ。近県に二つ。


***


「全部、名義がばらばらの貸し倉庫とか、空き店舗です」

「二百十三本の使い捨ての回線も、解約前の位置が、この六か所に何度も落ちてます」

「つまり」

「足回りの、たまり場です」


***


『ジョン』が、地図に顔を近づけた。

「倉庫で捕まえた五人と、同じ手の甲の連中が、ここにいる」

「たぶん」

「たぶんで十分だ」


***


「問題は」

『レディー』が、腕を組んだまま言った。

「一か所叩けば、残りの五か所は、一時間で空っぽになる、ってことね」


***


誰も、否定しなかった。

消し方の癖まで揃える連中だった。

逃げ方も、揃っているに決まっていた。


***


「一晩で、六か所」

課長が、ゆっくり言った。

「同時は無理でも、向こうが気づく前に、全部回る」


***


「人数が、足りないだろ」

『レスラー』が言った。

「六か所で、何十人いるか分からん」


***


課長が、俺を見た。

全員が、俺を見た。

メレオスまで、羊羹を食べる手を止めて、俺を見た。


***


「小沢くんは、車で回って、片づけては、次へ」

「……俺、移動する兵器みたいな扱いになってませんか」

「うん、うん。攻城兵器、かな」


***


言い方が、ひどかった。

否定は、できなかった。


***


「一つだけ、いいですか」

俺は、手を挙げた。

「相手は、人間ですよね。手の甲に紋様があるだけの」


***


『ホラー』が、頷いた。

「倉庫の五人は、中に何も入ってませんでした。ただの人です」


***


「なら」

自分の声が、少し固くなった。

「殺さないで、全部、止めます」


***


会議室が、少し静かになった。


***


倉庫で、俺は撃てなかった。

外側が人間だったからだ。


***


じいちゃんも、山で撃てなかった。

中にいたのが、弟弟子だったからだ。


***


撃てない、は、弱さだと思っていた。

でも、撃たないで勝てるなら、それは、ただの腕だ。


***


「撃てない、じゃなくて」

俺は、言い直した。

「撃たないで、勝ちます」


***


隣で、メレオスが、羊羹を一切れ、口に入れた。

何も言わなかった。

ただ、口の端が、少し上がっていた。


***


「うん、うん」

課長が、受話器を取った。

「赤城さんに、許可をもらおうか」


***


電話は、短かった。

「……『今夜やれ。一人も死なせるな』だって」

「どっちの一人ですか」

「両方、だろうね」


***


夜、十一時。


***


黒いワゴン車の運転席に、『レスラー』。

助手席に、『ホラー』。

後部座席に、俺と、メレオス。


***


『レディー』と『ジョン』は、別の車で先行した。

一か所ごとに先に着いて、中の人数と配置を確かめる。

『ギーク』は、六か所の防犯カメラを、順番に止めていく。


***


課長と加藤さんは、0課に残った。

加藤さんは、現場に出ない。

代わりに、救急箱を三つ、ワゴンに積んでくれていた。


***


「わしも、救急箱の数に入っとるのか」

メレオスが、後部座席で足をぶらぶらさせた。

「入ってない。お前は見学だ」

「神を、見学扱いするでない」


***


一か所目。

湾岸の、古い貸し倉庫だった。


***


『レディー』から、通信が入った。

「中に九人。全員、手の甲にある。拳銃が四丁、刃物が多数」

「了解」


***


『ギーク』が、カメラを止めた。

「どうぞー」


***


シャッターを、『レスラー』が素手でこじ開けた。

中にいた九人が、一斉にこっちを向いた。


***


拳銃が、四つ、上がった。


***


腕を、横に振った。

風が、倉庫の中を、一直線に走った。


***


人は、切らない。

手から離れたものだけ、奪う。


***


拳銃が四丁、刃物が十本近く、まとめて天井近くまで舞い上がった。

がらがらと、倉庫の奥に降ってきた。


***


九人が、空になった自分の手を見ていた。


***


そこへ、『レスラー』が突っ込んだ。

三十秒で、九人とも床に伏せていた。


***


「……楽だな」

『レスラー』が、結束バンドを締めながら言った。

「武器がないと、ただの喧嘩だ」


***


『ホラー』が、九人の顔を、一人ずつ見て回った。

「全員、ただの人です」

「了解。次」


***


二か所目。

駅裏の、シャッターの下りた空き店舗。


***


「中に十二人。うち三人は、奥の部屋」

『ジョン』の声だった。

「逃げ足が速そうだ。裏口がある」


***


裏口に、『ジョン』と『レディー』が回った。

正面から、俺たちが入った。


***


十二人が、散った。

裏口へ、窓へ、奥の部屋へ。


***


床に、手をついた。

コンクリートの床の下に、土がある。


***


土を、呼んだ。


***


床が、波打った。

走り出した十二人の足首を、盛り上がった土が、一斉に掴んだ。


***


全員が、その場で前のめりに転んだ。

走る姿勢のまま、床に縫い止められていた。


***


「……おい」

『レスラー』が、倒れた十二人を見回した。

「一回で、全員か」


***


「小さくする練習は、嫌というほどやったんで」

「小さくしてないだろ、これ」

「一人ぶんを、十二回やっただけです」


***


裏口から、『レディー』が顔を出した。

誰も来なかったので、退屈そうだった。

「……私の出番、どこ?」


***


三か所目。

近県の、国道沿いの物流倉庫。


***


ここは、様子が違った。

中の八人が、既に武器を構えて、入口を向いて待っていた。


***


「気づかれてますね」

『ギーク』の声が、少し早くなった。

「二か所目から、連絡が飛んだっぽいです。消し忘れの、一本」


***


「風、効くか」

『レスラー』が聞いた。

「構えてる相手は、握りが強いんで。全部は取れないかもしれません」


***


後部座席から、メレオスの声がした。

「雷じゃ」

「雷?」

「細うせい。針ほどにな。人は、それで十分止まる」


***


見学じゃなかったのか、と思った。

言わなかった。


***


入口の前に立った。

八人の銃口が、一斉にこっちを向いた。


***


指先に、雷を集めた。

大きくしない。

針ほど。糸ほど。


***


八本、撃った。


***


ぱちり、と、静電気みたいな音が、八回した。


***


八人が、同時に、びくりと震えた。

指が開いて、銃が落ちた。

膝が折れて、その場にへたり込んだ。


***


誰も、倒れたまま動かなかった。

でも、全員、息はしていた。


***


『ホラー』が、しゃがみこんで、一人の脈を取った。

「……生きてます。痺れてるだけです」

「よし」


***


ワゴンに戻ると、メレオスが、腕を組んで座っていた。

「悪くない」

「見学じゃなかったのか」

「見学の感想じゃ」


***


三か所で、二十九人。

死者、なし。

怪我人は、『レスラー』に取り押さえられたときに鼻を打った一人だけだった。


***


「残り、三か所」

『ギーク』が言った。

「でも、たぶん、ここからは、待ち構えてます」


***


四か所目は、都内の、雑居ビルの地下だった。


***


階段を降りると、鉄の扉が、最初から開いていた。

中に、灯りが一つだけ点いていた。


***


男が、一人だけ、椅子に座っていた。

手の甲に、紋様があった。

武器は、持っていなかった。


***


「『ホラー』さん」

「……ただの人です」

それなのに、背中が冷たかった。


***


男が、俺を見た。

値踏みでも、警戒でもなかった。

何かを、確かめるような目だった。


***


「小沢、健司」

男は、俺の名前を、フルネームで呼んだ。


***


「あの方が、お前を見ておられる」


***


後部座席に置いてきたはずの気配が、すぐ後ろで、小さく息をのんだ。


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