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第四十六章 宴会で、ばれた

「お前、留守番って言っただろ」

声を落として、隣の座布団に言った。


***


「言われたのぉ」

メレオスは、盃を傾けたまま答えた。

「じゃが、承知したとは、言うておらん」


***


「由紀には、何て」

「温泉に行ってくる、と言うた。お土産は温泉まんじゅうがええそうじゃ」

留守番役まで、話が通っていた。


***


「頼むから、隠れてろよ」

「分かっとる。わしは、見せたい者にしか見えん」

メレオスは、胸を張った。浴衣が少し大きかった。


***


『ホラー』が、黙って徳利を傾けた。

空いた盃に、とくとくと酒が満ちる。

メレオスが、嬉しそうに目を細めた。


***


「うん、うん。では」

課長が、ビールのグラスを持って立ち上がった。

「今日は、いろいろあったけど」


***


全員の視線が、俺に来た。

俺は、額にまだ残っている手桶の跡を、そっと押さえた。


***


「かんぱーい」


***


課長はビール。『レディー』は赤ワイン。

『ホラー』は日本酒。『ギーク』は、甘い色のカクテル。

加藤さんは梅酒。俺はハイボール。


***


『レスラー』は、ジョッキを三つ並べていた。

一つずつ飲むのが面倒だから、らしい。


***


『ジョン』の前には、白い徳利があった。

「アツカン。初めて飲む」

一口飲んで、目を丸くした。

「……温かい酒。発明だな」


***


隣で、メレオスが、二本目の徳利を空けた。

『ホラー』が、三本目を頼んだ。

頼む前から、分かっていた顔だった。


***


「『ホラー』さん、ペース速くないですか」

「俺じゃないです」

「え?」

「いえ」


***


一時間もすると、宴会場は、いつもの慰労会になっていた。


***


『ギーク』は、二杯目のカクテルで、もう十九巻の話をしていた。

『レスラー』は、『ジョン』に腕相撲を挑んで、三秒で勝っていた。

課長は、四杯目で、まぶたが半分閉じていた。


***


隣が、やけに静かだった。


***


見ると、メレオスが、盃を持ったまま、ゆらゆら揺れていた。

頬が、りんごみたいに赤い。


***


「おい」

「……うむ?」

「大丈夫か」

「神は、酔わん」


***


言い終わる前に、ことりと、俺の肩にもたれてきた。


***


そのとき、何かが、ふっとほどける感じがした。

うまく言えない。

メレオスの周りの空気が、急に、ただの空気になった気がした。


***


「……小沢」

『レスラー』の声だった。

腕相撲の手を止めて、こっちを見ていた。


***


「その子、誰だ」


***


宴会場が、静かになった。


***


全員が、こっちを見ていた。

正確には、俺の肩にもたれて、盃を握ったまま寝息を立てている、浴衣の金髪の子供を。


***


見えていた。

全員に。


***


「……迷子、です」

「迷子が、日本酒、飲むか」

正論だった。


***


「ザシキワラシ」

『ジョン』が、真顔で言った。

「日本の古い宿には、子供の姿の精霊が出ると読んだ。見ると、幸運が来る」

「それです。たぶん、それです」


***


「違います」

『ギーク』が、カクテルを置いた。

目が、完全に据わっていた。

「その服、異世界転生系のやつです。神様ポジの。絶対そうです」


***


詳しすぎた。


***


『レディー』は、ワイングラスを揺らしながら、ただ見ていた。

「ふーん」

それだけだった。それが一番怖かった。


***


加藤さんは、ぱちぱちと瞬きをしてから、手を打った。

「あ。だから、お膳が一つ多かったのね」

納得の仕方が、違う。


***


肩の上で、メレオスが、もぞもぞと動いた。

薄目を開けて、宴会場を見回した。

全員と、目が合った。


***


しばらく、誰も動かなかった。


***


メレオスは、すっと立ち上がった。

大きすぎる浴衣の裾を踏んで、少しよろけた。

それから、腰に手を当てて、胸を張った。


***


「オッス! おらメレオス!」


***


「……神であるぞよ」


***


最悪の自己紹介だった。


***


もう、誤魔化しようがなかった。

俺は、ハイボールを一口飲んで、覚悟を決めた。


***


「……守護神です。俺の」


***


順番に、話した。

異世界から紛れ込んできた神様だということ。

じいちゃんの守護霊をしていて、じいちゃんが死んで、俺のところへ来たこと。

魔法の使い方は、ほとんどこいつに教わったこと。


***


山のことと、共さんのことは、言わなかった。

それは、赤城さんとの話だった。


***


話し終えると、また静かになった。


***


最初に口を開いたのは、『ホラー』だった。

「知ってました」


***


全員の首が、ぐるりと『ホラー』のほうを向いた。


***


「前から、たまに、うっすら見えてたので」

『ホラー』は、盃を傾けた。

「今日は、お酒を注いでました」


***


「言えよ!」

『レスラー』が、机を叩いた。

「聞かれなかったので」

「聞くか、普通!」


***


「うん、うん」

課長が、まぶたを半分開けたまま、頷いていた。

起きていたらしい。


***


「神様、ね」

課長は、ビールを一口飲んだ。

「まあ、魔法を使う部下がいるんだから、神様くらいは、いるよね」


***


それで、済ませてしまった。

この人の懐の深さは、たぶん、底が抜けている。


***


「赤城さんには」

俺が言いかけると、課長は、ゆっくり首を振った。

「聞かれたら、答えようか」


***


「聞かれなかったら」

「聞かれなかったら、報告することは、ないね」

課長は、そう言って、また目を閉じた。


***


『ジョン』が、熱燗の猪口を置いた。

「本国への報告書には、書かない」

「……いいんですか」

「書いても、誰も信じない。俺が、カウンセリングに回されるだけだ」


***


『ギーク』は、もう立ち上がっていた。

メレオスの前にしゃがんで、目を輝かせている。

「質問、いいですか。異世界の魔法体系って、属性いくつですか」

「……む?」


***


「詠唱はありますか。無詠唱ですか。レベルとかステータスとか」

「ちょ、ちょっと待たんか、早口じゃ」

神様が、押されていた。


***


『レスラー』が、腕を組んで、メレオスを見下ろした。

「神様。腕相撲、やるか」

「神に腕相撲を挑むでない」

「負けるのが怖いのか」

「……やってやろうではないか」


***


三秒で負けた。

神様は、畳の上で、しばらく自分の手を見ていた。


***


加藤さんが、手帳を開いた。

「メレオスさん、アレルギーは、ありますか」

「……あれるぎい?」

「次から、お膳、九人分で頼みますね」


***


それで、決まってしまった。

0課の名簿に、たぶん、一行増えた。


***


『レディー』だけが、最後まで何も言わなかった。

宴会がお開きになって、廊下ですれ違うときに、一言だけ言った。


***


「あの子、あんたのこと、ずっと見てたわよ」

「……いつも、そうです」

「そう。ならいいわ」

『レディー』は、それだけ言って、部屋に戻っていった。


***


翌朝、帰りのバスの中。


***


メレオスは、一番後ろの席で、『ギーク』にずっと質問攻めにされていた。

『ジョン』は、ザシキワラシの写真を撮り損ねたと、まだ悔しがっていた。

課長は、出発から三分で寝ていた。


***


隣の席で、『ホラー』が、窓の外を見ていた。

「小沢さん」

「はい」


***


「後ろの子、見えるようになったんですね。みんな」

「……おかげさまで」

「よかったです」


***


そう言ったあと、『ホラー』は、少しだけ声を落とした。


***


「……見える、って」

「はい」

「向こうからも見える、ってことですからね」


***


バスが、トンネルに入った。

窓に映った一番後ろの席で、メレオスが、一瞬だけ、振り返った気がした。


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