第四十六章 宴会で、ばれた
「お前、留守番って言っただろ」
声を落として、隣の座布団に言った。
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「言われたのぉ」
メレオスは、盃を傾けたまま答えた。
「じゃが、承知したとは、言うておらん」
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「由紀には、何て」
「温泉に行ってくる、と言うた。お土産は温泉まんじゅうがええそうじゃ」
留守番役まで、話が通っていた。
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「頼むから、隠れてろよ」
「分かっとる。わしは、見せたい者にしか見えん」
メレオスは、胸を張った。浴衣が少し大きかった。
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『ホラー』が、黙って徳利を傾けた。
空いた盃に、とくとくと酒が満ちる。
メレオスが、嬉しそうに目を細めた。
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「うん、うん。では」
課長が、ビールのグラスを持って立ち上がった。
「今日は、いろいろあったけど」
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全員の視線が、俺に来た。
俺は、額にまだ残っている手桶の跡を、そっと押さえた。
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「かんぱーい」
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課長はビール。『レディー』は赤ワイン。
『ホラー』は日本酒。『ギーク』は、甘い色のカクテル。
加藤さんは梅酒。俺はハイボール。
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『レスラー』は、ジョッキを三つ並べていた。
一つずつ飲むのが面倒だから、らしい。
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『ジョン』の前には、白い徳利があった。
「アツカン。初めて飲む」
一口飲んで、目を丸くした。
「……温かい酒。発明だな」
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隣で、メレオスが、二本目の徳利を空けた。
『ホラー』が、三本目を頼んだ。
頼む前から、分かっていた顔だった。
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「『ホラー』さん、ペース速くないですか」
「俺じゃないです」
「え?」
「いえ」
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一時間もすると、宴会場は、いつもの慰労会になっていた。
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『ギーク』は、二杯目のカクテルで、もう十九巻の話をしていた。
『レスラー』は、『ジョン』に腕相撲を挑んで、三秒で勝っていた。
課長は、四杯目で、まぶたが半分閉じていた。
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隣が、やけに静かだった。
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見ると、メレオスが、盃を持ったまま、ゆらゆら揺れていた。
頬が、りんごみたいに赤い。
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「おい」
「……うむ?」
「大丈夫か」
「神は、酔わん」
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言い終わる前に、ことりと、俺の肩にもたれてきた。
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そのとき、何かが、ふっとほどける感じがした。
うまく言えない。
メレオスの周りの空気が、急に、ただの空気になった気がした。
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「……小沢」
『レスラー』の声だった。
腕相撲の手を止めて、こっちを見ていた。
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「その子、誰だ」
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宴会場が、静かになった。
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全員が、こっちを見ていた。
正確には、俺の肩にもたれて、盃を握ったまま寝息を立てている、浴衣の金髪の子供を。
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見えていた。
全員に。
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「……迷子、です」
「迷子が、日本酒、飲むか」
正論だった。
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「ザシキワラシ」
『ジョン』が、真顔で言った。
「日本の古い宿には、子供の姿の精霊が出ると読んだ。見ると、幸運が来る」
「それです。たぶん、それです」
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「違います」
『ギーク』が、カクテルを置いた。
目が、完全に据わっていた。
「その服、異世界転生系のやつです。神様ポジの。絶対そうです」
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詳しすぎた。
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『レディー』は、ワイングラスを揺らしながら、ただ見ていた。
「ふーん」
それだけだった。それが一番怖かった。
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加藤さんは、ぱちぱちと瞬きをしてから、手を打った。
「あ。だから、お膳が一つ多かったのね」
納得の仕方が、違う。
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肩の上で、メレオスが、もぞもぞと動いた。
薄目を開けて、宴会場を見回した。
全員と、目が合った。
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しばらく、誰も動かなかった。
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メレオスは、すっと立ち上がった。
大きすぎる浴衣の裾を踏んで、少しよろけた。
それから、腰に手を当てて、胸を張った。
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「オッス! おらメレオス!」
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「……神であるぞよ」
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最悪の自己紹介だった。
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もう、誤魔化しようがなかった。
俺は、ハイボールを一口飲んで、覚悟を決めた。
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「……守護神です。俺の」
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順番に、話した。
異世界から紛れ込んできた神様だということ。
じいちゃんの守護霊をしていて、じいちゃんが死んで、俺のところへ来たこと。
魔法の使い方は、ほとんどこいつに教わったこと。
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山のことと、共さんのことは、言わなかった。
それは、赤城さんとの話だった。
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話し終えると、また静かになった。
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最初に口を開いたのは、『ホラー』だった。
「知ってました」
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全員の首が、ぐるりと『ホラー』のほうを向いた。
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「前から、たまに、うっすら見えてたので」
『ホラー』は、盃を傾けた。
「今日は、お酒を注いでました」
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「言えよ!」
『レスラー』が、机を叩いた。
「聞かれなかったので」
「聞くか、普通!」
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「うん、うん」
課長が、まぶたを半分開けたまま、頷いていた。
起きていたらしい。
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「神様、ね」
課長は、ビールを一口飲んだ。
「まあ、魔法を使う部下がいるんだから、神様くらいは、いるよね」
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それで、済ませてしまった。
この人の懐の深さは、たぶん、底が抜けている。
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「赤城さんには」
俺が言いかけると、課長は、ゆっくり首を振った。
「聞かれたら、答えようか」
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「聞かれなかったら」
「聞かれなかったら、報告することは、ないね」
課長は、そう言って、また目を閉じた。
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『ジョン』が、熱燗の猪口を置いた。
「本国への報告書には、書かない」
「……いいんですか」
「書いても、誰も信じない。俺が、カウンセリングに回されるだけだ」
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『ギーク』は、もう立ち上がっていた。
メレオスの前にしゃがんで、目を輝かせている。
「質問、いいですか。異世界の魔法体系って、属性いくつですか」
「……む?」
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「詠唱はありますか。無詠唱ですか。レベルとかステータスとか」
「ちょ、ちょっと待たんか、早口じゃ」
神様が、押されていた。
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『レスラー』が、腕を組んで、メレオスを見下ろした。
「神様。腕相撲、やるか」
「神に腕相撲を挑むでない」
「負けるのが怖いのか」
「……やってやろうではないか」
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三秒で負けた。
神様は、畳の上で、しばらく自分の手を見ていた。
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加藤さんが、手帳を開いた。
「メレオスさん、アレルギーは、ありますか」
「……あれるぎい?」
「次から、お膳、九人分で頼みますね」
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それで、決まってしまった。
0課の名簿に、たぶん、一行増えた。
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『レディー』だけが、最後まで何も言わなかった。
宴会がお開きになって、廊下ですれ違うときに、一言だけ言った。
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「あの子、あんたのこと、ずっと見てたわよ」
「……いつも、そうです」
「そう。ならいいわ」
『レディー』は、それだけ言って、部屋に戻っていった。
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翌朝、帰りのバスの中。
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メレオスは、一番後ろの席で、『ギーク』にずっと質問攻めにされていた。
『ジョン』は、ザシキワラシの写真を撮り損ねたと、まだ悔しがっていた。
課長は、出発から三分で寝ていた。
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隣の席で、『ホラー』が、窓の外を見ていた。
「小沢さん」
「はい」
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「後ろの子、見えるようになったんですね。みんな」
「……おかげさまで」
「よかったです」
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そう言ったあと、『ホラー』は、少しだけ声を落とした。
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「……見える、って」
「はい」
「向こうからも見える、ってことですからね」
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バスが、トンネルに入った。
窓に映った一番後ろの席で、メレオスが、一瞬だけ、振り返った気がした。




