第三章 健司、人助けをする
残業だった。
繁華街を通って帰る。
少し、疲れてる。
ネオンがうるさい。
腹は減っている。
魔法の練習より、飯が先、と思っていた。
路地の入口で、声がした。
「いいじゃん、ちょっとだけ飲みに行こうよ」
女の人が、後ろへ下がっている。
二十五歳くらい。美人である。
絡んでいるのは、チンピラ風の男が二人。
助けるか。
迷う。
面倒くさい。会社もある。平均的なサラリーマンが、夜の繁華街で喧嘩するなんて。
じいちゃんの声が、頭の奥で再生される。
『困ってる人を助けるのが男ぞ!』
しょうがないなぁ~
「……すみません。その人、困ってますよ」
自分が言った。
チンピラが、こっちを見る。
「あぁ?!お前、誰だよ」
「通りがかりの者です」
一人が、肩を回しながら近づいてきた。
「怪我したくなかったら、失せな」
すごまれる。
「やめましょう。お酒は、別の人と」
「てめぇ!うるせぇ!」
一人が、殴りかかってくる。
体が、勝手に動いた。
合気道だ。
じいちゃんにやらされていた、あの技だ。
軽く、いなして投げ飛ばす。
男が、空を切って、地面に叩き付けられる。
「ぐはっ!」
「この野郎!」
もう一人のチンピラも、殴りかかって来た。
また、いなして投げ飛ばす。
「うげっ!」
起き上がった男が、懐から出したナイフを構えて、突っ込んで来る。
ヤバい、刃物だ!
とっさに、ファイアボールを放つ。
「むん!」
ドワッ!
火の玉が、男の足元で弾ける。
メロンより小さい。コンロよりは大きい。
リビングのときよりは、マシである。
マシ、なだけである。
「うおっ!爆弾かよ!?」
チンピラが、目を白黒させる。
爆発物、と勘違いしている。
「やばい、こいつ武装してる!」
二人して、逃げる。
靴音が、路地を遠ざかる。
火は、すぐ消えた。
アスファルトが、少し黒い。
「……助かりました」
女の人が、礼を言う。
声が、きれいだ。
「いえ、その、通りがかりなので」
「お名前、聞いてもいいですか」
顔が、熱い。
二十九年分の、彼女いない歴が、悲しい。
美人に礼を言われる訓練は、していない。
じいちゃんも教えてくれなかった。
「い、いえ、大丈夫です!」
ダッシュで逃げる。
その時は、気がつかなかった。
電柱のかげで、こちらをうかがっていた女性がいたことに。
***
ようやく、アパートに着く。
「おお、男じゃったのぉ!」
メレオスが、リビングにいる。
一部始終、見ていたらしい。
都合が悪いときだけ消えて、褒めに戻ってきた。
「見てたのか」
メレオスは、腕を組んでうなずいた。
「『困ってる人を助けるのが男ぞ!』伊左衛門の口癖よ。合格じゃ」
それから、人差し指を立てた。
「ただし——」
ハリセンが、どこからともなく出る。
「人前でファイアボールは軽率じゃ!火種と焚き火は別物、と言ったばかりであろうが」
スパーン!
「痛っ!分かってる」
軽率だった。
ナイフを見たら、あわててしまった。
「爆発物と勘違いしてくれたのは、結果オーライかのぉ」
「オーライにするな」
ハリセンを肩に担いで、メレオスは笑った。
「まあええ。人助けはええことよ」
そうだ。
軽率だった。
でも、まあいいか。
飯は、明日でいい。
疲れた。
布団に入る。
メレオスは、合格じゃ、とまだ言っている。
明日も会社だ。
憂鬱だ。




