第四十章 わしも、似たようなもんじゃ
迎えの日課が始まって数日たった朝礼で、「今日も、迎えに行きます」と申告した。
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課長が、うん、うんと二回うなずいた。
「気をつけてね」
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加藤さんが、席を立つ前に飴の袋を押しつけてきた。
「小沢さん、車の中で食べて。眠気覚まし」
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「彼氏面、板についてきたよね」
『レディー』が、書類も見ずに言った。
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「彼氏じゃないです。妹です」
「知ってる。だから面白いの」
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『レスラー』が、腕を組んで立ち上がった。
「俺も行こうか。車で待ってるだけでもいい」
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「いや、いいです」
「なんでだ」
「あなたが店の前に立ってたら、それはそれで通報されます」
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『レスラー』が、心外そうに黙った。
『ホラー』が、初めて口を挟んだ。
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「最近、変なもの、見てません」
「聞いてないですよ」
「一応、報告です」
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平和な報告だった。
それだけで、少しほっとする自分がいた。
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夕方、店の前に車を停めた。
由紀が、シャッターの隙間から顔を出した。
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「今日もいるし」
「迎えに来るって言っただろ」
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「ストーカーみたい」
「兄だよ」
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「ストーカーも、大体そう言うんだよ」
助手席に乗り込みながら、由紀が笑った。
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家までの十五分、由紀はずっと店の客の話をしていた。
普通の話だった。それが、ありがたかった。
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夕食は、由紀が作ると言い張った。
「お礼、いつもさせてもらってないから」
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炒め物が、思ったより辛かった。
「由紀、これ、なに入れた」
「気合い」
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「気合いは調味料じゃない」
「かみさまと同じこと言うじゃん」
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その名前が出た瞬間、メレオスがソファの陰から顔を出した。
「わしを、変な例えに使うでない」
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「かみさまも味見する?」
「わしは食わんでも平気じゃ。腹は減らんからのぉ」
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「じゃあ匂いだけ嗅いでいって」
「その言い方、おかしいじゃろ」
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食後、スマホが鳴った。
『ギーク』からだった。
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「『オザケン』さん、今からちょっと来られます?」
「今からですか」
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「例の解析、数字がちょっと合わなくて。あと肉まん」
「肉まんは関係ないですよね」
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「関係あります。ないと機嫌が直りません」
交渉の余地は、なかった。
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「一時間くらいで戻る」
「かみさまは、あたしが見とくから平気」
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「留守番役、久しぶりだな」
「久しぶりでもないし。慣れてるし」
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由紀が、胸を張った。
少し前まで、店で何があったか忘れたような顔だった。
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コンビニで肉まんを二つ買って、車を出した。
バックミラーに、いつもより明るい由紀の顔が映っていた。
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部屋には、由紀とメレオスだけが残った。
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「さて」
由紀が、ソファにどかっと座った。
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「かみさま、ガチャする?」
「またその話か。前回、わしは最低レアを引いた」
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「今日は運試し第二弾。神様の威厳、取り戻すチャンス」
「その言い方、絶対わしを煽っとるじゃろ」
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スマホの画面を、二人でのぞき込んだ。
結果は、また最低レアだった。
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「ぶわっはは……とは、今日は、あんまり笑えんな」
「弱気じゃん」
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由紀が、スマホをテーブルに置いた。
「ねえ、かみさま」
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「なんじゃ」
「最近、ずっとそれだよね」
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「なにが」
「今みたいなの。笑うところで、笑いきらないやつ」
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メレオスが、黙った。
いつもなら、ここで話をそらす。
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「由紀ノートに書いとこうか。『かみさま、テンション低い日が続く』」
「やめい。証拠を残すでない」
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軽口だった。
それでも、いつもの速さで返ってこなかった。
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由紀が、体ごとメレオスの方を向いた。
「あの日から、ずっとそう」
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「あの日、というのは」
「店に、あの人が来た日」
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メレオスの膝の上で、手が止まった。
震えてはいなかった。
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「……由紀」
「なに」
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「今日は、はぐらかさん」
その声に、由紀も黙った。
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「わしはな、健司たちが行くずっと前から、あの山を知っておった」
「あそこって、隠り山」
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「そうじゃ」
メレオスが、ソファの上で膝を抱え直した。
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「五十年前、わしはあの山で、捕らわれておった」
由紀が、息を止めたのが分かった。
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「捕らわれてたって……かみさまが?」
「情けない話じゃがな」
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「神様でも、捕まるの」
「捕まるとも。わしは、そう強くない」
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「わしを閉じ込めたのは、『常世会』の、さらに奥におる何かじゃ。健司には、まだ言うておらん話じゃ」
「言ってないの、お兄ちゃんにも」
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「うむ。まだじゃ」
その一言に、由紀の顔が強張った。
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「なんで、あたしに先に言うの」
「分からん。じゃが、今日は言うておかんと、いかん気がした」
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「閉じ込められてる間は、何も見えんかった。音も、光も、届かん」
「怖くなかったの」
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「怖かったに決まっとろう」
初めて、メレオスがそう認めた。
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「気がついたら、伊左衛門が、目の前に立っておった」
「おじいちゃんが」
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「あれを、追い返してくれたんじゃ。殺しはせなんだが、追い返した」
「それで、助かったの」
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「わしは、伊左衛門に借りがある。だから、健司のそばにおる」
「守護神の理由って、そういうことだったんだ」
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由紀が、しばらく黙っていた。
メレオスも、それ以上は続けなかった。
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「同じ匂いがする、って、あの男が言ったの」
「うむ」
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「もしかして……」
「わしが捕らわれておった時のことを、思い出す」
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「それだけじゃ。理由が、はっきり分かったわけではない」
「分からないのに、そんな顔してたの」
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「分からんから、怖いんじゃ」
その一言だけは、いつもの茶化しがなかった。
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「お兄ちゃんに、言った方がいいんじゃない」
「それは、由紀が決めることじゃ」
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「わしから頼んで言わせるのは、違う気がする」
「なんで」
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「由紀が、自分の言葉で、決めればええ」
子供の見た目のまま、そう言い切った。
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由紀は、答えなかった。
ガチャの画面が、暗くなって消えていた。
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一時間半後、俺は部屋に戻った。
肉まんの匂いが、まだ服についていた。
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「ただいま。留守番役、大丈夫だったか」
「うん」
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「かみさま、変わりない?」
「相変わらずじゃ。今日も最低レアじゃった」
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いつもの調子に、メレオスが戻っていた。
戻したように見えた、というほうが近かった。
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由紀が、玄関で靴を履きながら、こっちを見ずに言った。
「お兄ちゃん」
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「なんだ」
「べつに。今日もありがとう、って言おうとしただけ」
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送りの車の中、由紀はいつも通り、店の客の話をした。
一つだけ、話さなかったことがあった。




