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第四十章 わしも、似たようなもんじゃ

迎えの日課が始まって数日たった朝礼で、「今日も、迎えに行きます」と申告した。


***


課長が、うん、うんと二回うなずいた。

「気をつけてね」


***


加藤さんが、席を立つ前に飴の袋を押しつけてきた。

「小沢さん、車の中で食べて。眠気覚まし」


***


「彼氏面、板についてきたよね」

『レディー』が、書類も見ずに言った。


***


「彼氏じゃないです。妹です」

「知ってる。だから面白いの」


***


『レスラー』が、腕を組んで立ち上がった。

「俺も行こうか。車で待ってるだけでもいい」


***


「いや、いいです」

「なんでだ」

「あなたが店の前に立ってたら、それはそれで通報されます」


***


『レスラー』が、心外そうに黙った。

『ホラー』が、初めて口を挟んだ。


***


「最近、変なもの、見てません」

「聞いてないですよ」

「一応、報告です」


***


平和な報告だった。

それだけで、少しほっとする自分がいた。


***


夕方、店の前に車を停めた。

由紀が、シャッターの隙間から顔を出した。


***


「今日もいるし」

「迎えに来るって言っただろ」


***


「ストーカーみたい」

「兄だよ」


***


「ストーカーも、大体そう言うんだよ」

助手席に乗り込みながら、由紀が笑った。


***


家までの十五分、由紀はずっと店の客の話をしていた。

普通の話だった。それが、ありがたかった。


***


夕食は、由紀が作ると言い張った。

「お礼、いつもさせてもらってないから」


***


炒め物が、思ったより辛かった。

「由紀、これ、なに入れた」

「気合い」


***


「気合いは調味料じゃない」

「かみさまと同じこと言うじゃん」


***


その名前が出た瞬間、メレオスがソファの陰から顔を出した。

「わしを、変な例えに使うでない」


***


「かみさまも味見する?」

「わしは食わんでも平気じゃ。腹は減らんからのぉ」


***


「じゃあ匂いだけ嗅いでいって」

「その言い方、おかしいじゃろ」


***


食後、スマホが鳴った。

『ギーク』からだった。


***


「『オザケン』さん、今からちょっと来られます?」

「今からですか」


***


「例の解析、数字がちょっと合わなくて。あと肉まん」

「肉まんは関係ないですよね」


***


「関係あります。ないと機嫌が直りません」

交渉の余地は、なかった。


***


「一時間くらいで戻る」

「かみさまは、あたしが見とくから平気」


***


「留守番役、久しぶりだな」

「久しぶりでもないし。慣れてるし」


***


由紀が、胸を張った。

少し前まで、店で何があったか忘れたような顔だった。


***


コンビニで肉まんを二つ買って、車を出した。

バックミラーに、いつもより明るい由紀の顔が映っていた。


***


部屋には、由紀とメレオスだけが残った。


***


「さて」

由紀が、ソファにどかっと座った。


***


「かみさま、ガチャする?」

「またその話か。前回、わしは最低レアを引いた」


***


「今日は運試し第二弾。神様の威厳、取り戻すチャンス」

「その言い方、絶対わしを煽っとるじゃろ」


***


スマホの画面を、二人でのぞき込んだ。

結果は、また最低レアだった。


***


「ぶわっはは……とは、今日は、あんまり笑えんな」

「弱気じゃん」


***


由紀が、スマホをテーブルに置いた。

「ねえ、かみさま」


***


「なんじゃ」

「最近、ずっとそれだよね」


***


「なにが」

「今みたいなの。笑うところで、笑いきらないやつ」


***


メレオスが、黙った。

いつもなら、ここで話をそらす。


***


「由紀ノートに書いとこうか。『かみさま、テンション低い日が続く』」

「やめい。証拠を残すでない」


***


軽口だった。

それでも、いつもの速さで返ってこなかった。


***


由紀が、体ごとメレオスの方を向いた。

「あの日から、ずっとそう」


***


「あの日、というのは」

「店に、あの人が来た日」


***


メレオスの膝の上で、手が止まった。

震えてはいなかった。


***


「……由紀」

「なに」


***


「今日は、はぐらかさん」

その声に、由紀も黙った。


***


「わしはな、健司たちが行くずっと前から、あの山を知っておった」

「あそこって、隠り山」


***


「そうじゃ」

メレオスが、ソファの上で膝を抱え直した。


***


「五十年前、わしはあの山で、捕らわれておった」

由紀が、息を止めたのが分かった。


***


「捕らわれてたって……かみさまが?」

「情けない話じゃがな」


***


「神様でも、捕まるの」

「捕まるとも。わしは、そう強くない」


***


「わしを閉じ込めたのは、『常世会』の、さらに奥におる何かじゃ。健司には、まだ言うておらん話じゃ」

「言ってないの、お兄ちゃんにも」


***


「うむ。まだじゃ」

その一言に、由紀の顔が強張った。


***


「なんで、あたしに先に言うの」

「分からん。じゃが、今日は言うておかんと、いかん気がした」


***


「閉じ込められてる間は、何も見えんかった。音も、光も、届かん」

「怖くなかったの」


***


「怖かったに決まっとろう」

初めて、メレオスがそう認めた。


***


「気がついたら、伊左衛門が、目の前に立っておった」

「おじいちゃんが」


***


「あれを、追い返してくれたんじゃ。殺しはせなんだが、追い返した」

「それで、助かったの」


***


「わしは、伊左衛門に借りがある。だから、健司のそばにおる」

「守護神の理由って、そういうことだったんだ」


***


由紀が、しばらく黙っていた。

メレオスも、それ以上は続けなかった。


***


「同じ匂いがする、って、あの男が言ったの」

「うむ」


***


「もしかして……」

「わしが捕らわれておった時のことを、思い出す」


***


「それだけじゃ。理由が、はっきり分かったわけではない」

「分からないのに、そんな顔してたの」


***


「分からんから、怖いんじゃ」

その一言だけは、いつもの茶化しがなかった。


***


「お兄ちゃんに、言った方がいいんじゃない」

「それは、由紀が決めることじゃ」


***


「わしから頼んで言わせるのは、違う気がする」

「なんで」


***


「由紀が、自分の言葉で、決めればええ」

子供の見た目のまま、そう言い切った。


***


由紀は、答えなかった。

ガチャの画面が、暗くなって消えていた。


***


一時間半後、俺は部屋に戻った。

肉まんの匂いが、まだ服についていた。


***


「ただいま。留守番役、大丈夫だったか」

「うん」


***


「かみさま、変わりない?」

「相変わらずじゃ。今日も最低レアじゃった」


***


いつもの調子に、メレオスが戻っていた。

戻したように見えた、というほうが近かった。


***


由紀が、玄関で靴を履きながら、こっちを見ずに言った。

「お兄ちゃん」


***


「なんだ」

「べつに。今日もありがとう、って言おうとしただけ」


***


送りの車の中、由紀はいつも通り、店の客の話をした。

一つだけ、話さなかったことがあった。


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