第三十八章 張り込みは、柄じゃない
金曜の朝、課長の机の前で聞いた。
「張り込み、どうするんですか」
「うん、うん」
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「総出ってわけには、いかないよね」
「はい」
「妹さんの店だ。目立たない人が、いる」
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会議室に、0課の面々が集まった。
議題は一つ。「誰が、店を見張るか」。
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「俺で決まりだろ」
『レスラー』が、腕を組んで言った。
「お前、その体で?」
「……体格は、直せない」
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即決で除外された。
腕の太さだけで、通報される未来が見えた。
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「私服なら、いけますよ」
『ホラー』が、髪の隙間から言った。
「逆に、目立つと思います」
「……ですよね」
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普段の暗さは、スーツで中和されていたらしい。
私服の『ホラー』は、もっと暗かった。
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「私、変装得意よ」
『レディー』が、化粧ポーチを開いた。
出てきたのは、付け睫毛が三段のかつらだった。
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「見なきゃよかった」
「本気出せば、地味になれるんだから」
「今のは、本気じゃないのか」
「見せ場がないと、やる気出ないだけ」
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「私、地味なのは得意なんだけど」
加藤さんが、控えめに手を挙げた。
「現場に出ないのが、ルールだから」
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自分で自分のルールを言う加藤さんに、部屋が少しだけ和んだ。
「それは、守ろうね」
課長が、珍しくきっぱり言った。
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「『ジョン』は」
「俺? この面で、張り込みなんて無理だろ」
正論だった。
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結局、俺がやることになった。
「妹の店ですから」
それで、通った。
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「一人じゃ危ないでしょ」
『レディー』が、意外にもそう言った。
「交代くらいは、してあげる」
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『ギーク』が、モニターから顔を上げずに言う。
「回線の位置情報、リアルタイムで拾えるようにしておきます」
「頼む」
「開店前と、閉店後だけ、光ります」
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張り込みが始まって三日目、由紀が来た。
「お邪魔しまーす」
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いつも通りの声のはずだったが、俺の顔を見るなり止まった。
「……なにその隈」
「寝てないだけだ」
「仕事?」
「まあ」
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由紀は、それ以上聞かなかった。
代わりに、ソファのメレオスに目をやった。
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「かみさま、元気ない?」
「元気しかないぞよ」
「声、小さいけど」
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メレオスは、ワンテンポ遅れて、声を張り直した。
「元気じゃ!これでどうじゃ!」
「うるさ」
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由紀は笑ったが、目は笑っていなかった。
それでも、今日は突っ込まなかった。
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「お兄ちゃん、ちゃんと寝なよ」
「……ああ」
「かみさまも」
「わしは寝んのじゃ」
「じゃあ休みなよ」
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軽口のまま、由紀は帰っていった。
残ったのは、いつもより少しだけ重い静けさだった。
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その夜も、俺の番だった。
妹の店から少し離れた、コインパーキングの車の中。
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シャッターが下りて、店の灯りが消える。
灯りが消えたあとの窓のほうが、なぜか目が離せなかった。
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一時間、何も起きなかった。
携帯を見る。『ギーク』からの位置情報は、動いていない。
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帰ろうとした、そのときだった。
建物の脇、街灯の切れ目に、人影があった。
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四十代くらいの男だった。
リストバンドをしている。
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見上げていた。
建物の二階を、じっと。
笑ってはいなかった。
怖がっているようにも見えなかった。
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何かを、見つけた子供のような目だった。
どこかで、この目を見た気がした。
どこでだったかは、思い出せなかった。
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車を降りようとした。
ドアに手をかけた瞬間、男はもう、そこにいなかった。
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走った様子も、逃げた様子もない。
ただ、いなくなっていた。
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その夜、リビングでメレオスに話した。
「四十代くらいの、男」
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「リストバンドをしてた」
「……」
「見上げてただけだ。何もしなかった」
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メレオスは、しばらく黙っていた。
いつもなら、何か茶化す間だった。
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「……その目は、笑うておったか」
「いや。子供が、何か見つけたときの目、みたいな」
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メレオスの手が、膝の上で、かすかに強張った。
「そうか」
それだけだった。
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「メレオス」
「今日は、もう寝ろ」
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いつもの、都合が悪いときの逃げ方だった。
だが今日は、笑いも、消える気配もなかった。
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窓の外を、もう一度だけ見てから、電気を消した。




