幕間 留守番役
日曜、昼過ぎ。
今度はちゃんと、事前に連絡が来た。
「行くから」の一言だけだったが、それでも由紀にしては進歩だった。
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「お邪魔しまーす」
靴を脱ぐなり、由紀はまっすぐリビングへ向かった。
狙いは、俺ではなかった。
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「かみさま、元気にしてた?」
ソファの定位置で、メレオスが胡座をかいていた。
「呼び捨てが板についておるのぉ、お主」
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「敬語で呼ぶ神様、逆に馴染めないもん」
由紀は、勝手に隣に座った。
「それより、進捗どう?山の話」
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俺は、キッチンから麦茶を運びながら答えた。
「進捗って言われても、こっちも聞かれる立場だぞ」
「隠す気満々の顔してる」
「してない」
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メレオスが、横から口を挟んだ。
「隠しておるというより、話すことがまだ少ないだけじゃ」
「かみさま、味方?」
「わしは中立じゃ。ただし、お主の味方寄りの中立じゃ」
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「気に入った」
由紀が、うんうんと頷いた。
俺の立場が、地味に悪くなっていく。
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「で、隠り山ってところ、行ったんでしょ」
「……なんで知ってる」
「かみさまが、寝言で言ってた」
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「寝言じゃない!独り言じゃ!」
「同じじゃん」
「違う!神は寝ん!」
かなり必死な訂正だった。俺は、麦茶を吹き出しそうになった。
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「行った。何もなかった、とは言えないけど」
「何もなかった、とは言えない、って何」
由紀の目が、すっと細くなった。兄の誤魔化しには慣れている目だった。
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「その言い方、絶対何かあったやつ」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、危ないやつでしょ」
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図星だった。答えられずにいると、メレオスが、あっさり代わりに答えた。
「山ん中で、影に囲まれて逃げてきたわ」
「メレオス!!」
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「隠す約束は、しておらんぞ」
悪びれもせず、メレオスが言い返す。
由紀の顔から、からかいの色が消えた。
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「……それ、普通に命の危険じゃん」
「大袈裟だ。ちゃんと逃げた」
「逃げた、ってことは追われたってことでしょ」
正論だった。返す言葉がなかった。
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由紀は、しばらく黙っていたが、やがて、腕を組んで言った。
「だから、あたしも手伝うって言ったのに」
「これは手伝えるやつじゃない」
「手伝えないなら、なおさら心配で仕方ないんですけど」
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「せめて、何か役に立てることないの」
食い下がる由紀に、メレオスが、面白そうに提案した。
「なら、留守番役でもやってみるか」
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「留守番役?」
「健司が出かけとる間、わしの話し相手をする役目じゃ。地味に、需要がある」
「かみさまの話し相手、それ、あたしの得意分野じゃん」
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「おい、俺の妹を暇なジジイの話し相手にするな」
「ジジイとは何じゃ!わしは神じゃ!」
「口調がジジイなんだよ」
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由紀が、久しぶりに声を上げて笑った。
「いいよ、それ。留守番役、やる」
「勝手に決めるな」
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「決めた。かみさま、今度からよろしくね」
「うむ、頼りにしておるぞ」
話が、俺の頭越しに、勝手にまとまっていく。
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止める気力は、もう残っていなかった。
とりあえず、危ない話は、しばらく由紀の耳に入れないことだけ、心に決めた。
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麦茶のグラスが、いつのまにか二つとも空になっていた。
窓の外は、まだ、明るい昼下がりだった。




