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幕間 留守番役

日曜、昼過ぎ。

今度はちゃんと、事前に連絡が来た。

「行くから」の一言だけだったが、それでも由紀にしては進歩だった。


***


「お邪魔しまーす」

靴を脱ぐなり、由紀はまっすぐリビングへ向かった。

狙いは、俺ではなかった。


***


「かみさま、元気にしてた?」

ソファの定位置で、メレオスが胡座をかいていた。

「呼び捨てが板についておるのぉ、お主」


***


「敬語で呼ぶ神様、逆に馴染めないもん」

由紀は、勝手に隣に座った。

「それより、進捗どう?山の話」


***


俺は、キッチンから麦茶を運びながら答えた。

「進捗って言われても、こっちも聞かれる立場だぞ」

「隠す気満々の顔してる」

「してない」


***


メレオスが、横から口を挟んだ。

「隠しておるというより、話すことがまだ少ないだけじゃ」

「かみさま、味方?」

「わしは中立じゃ。ただし、お主の味方寄りの中立じゃ」


***


「気に入った」

由紀が、うんうんと頷いた。

俺の立場が、地味に悪くなっていく。


***


「で、隠り山ってところ、行ったんでしょ」

「……なんで知ってる」

「かみさまが、寝言で言ってた」


***


「寝言じゃない!独り言じゃ!」

「同じじゃん」

「違う!神は寝ん!」


かなり必死な訂正だった。俺は、麦茶を吹き出しそうになった。


***


「行った。何もなかった、とは言えないけど」

「何もなかった、とは言えない、って何」

由紀の目が、すっと細くなった。兄の誤魔化しには慣れている目だった。


***


「その言い方、絶対何かあったやつ」

「……ちょっとだけ」

「ちょっとだけ、危ないやつでしょ」


***


図星だった。答えられずにいると、メレオスが、あっさり代わりに答えた。

「山ん中で、影に囲まれて逃げてきたわ」

「メレオス!!」


***


「隠す約束は、しておらんぞ」

悪びれもせず、メレオスが言い返す。

由紀の顔から、からかいの色が消えた。


***


「……それ、普通に命の危険じゃん」

「大袈裟だ。ちゃんと逃げた」

「逃げた、ってことは追われたってことでしょ」


正論だった。返す言葉がなかった。


***


由紀は、しばらく黙っていたが、やがて、腕を組んで言った。

「だから、あたしも手伝うって言ったのに」

「これは手伝えるやつじゃない」

「手伝えないなら、なおさら心配で仕方ないんですけど」


***


「せめて、何か役に立てることないの」

食い下がる由紀に、メレオスが、面白そうに提案した。

「なら、留守番役でもやってみるか」


***


「留守番役?」

「健司が出かけとる間、わしの話し相手をする役目じゃ。地味に、需要がある」

「かみさまの話し相手、それ、あたしの得意分野じゃん」


***


「おい、俺の妹を暇なジジイの話し相手にするな」

「ジジイとは何じゃ!わしは神じゃ!」

「口調がジジイなんだよ」


***


由紀が、久しぶりに声を上げて笑った。

「いいよ、それ。留守番役、やる」

「勝手に決めるな」


***


「決めた。かみさま、今度からよろしくね」

「うむ、頼りにしておるぞ」

話が、俺の頭越しに、勝手にまとまっていく。


***


止める気力は、もう残っていなかった。

とりあえず、危ない話は、しばらく由紀の耳に入れないことだけ、心に決めた。


***


麦茶のグラスが、いつのまにか二つとも空になっていた。

窓の外は、まだ、明るい昼下がりだった。


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