第三十一章 覚えていたほうがいい山
会議室に、課長が地図を広げた。
道が途中で切れている。そこから先は、ただの緑色だった。
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「隠り山、確認できたよ。正確には、旧防衛省の管理地」
「防衛省」
「もう使ってない。でも、地図から消すくらいには、使ってた」
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課長の後ろで、電話がスピーカーになっていた。
赤城の声だった。
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「立ち入りの手筈は、俺のほうでつけておいた。地元の営林署の人間が一人、案内に立つ。それ以上は、聞かないでくれ」
「赤城さんは、来ないんですか」
「行っても、俺には見えないものが多いだろう。そっちの三人のほうが向いている」
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三人。
俺、『ホラー』、そして『ジョン』。
「三人で、秘境ダンジョンですか」
思わず、口から出た。
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『ジョン』が笑った。
「ダンジョン、いいね。でも多分、モンスターはいない。骨は、あるかもしれないが」
「骨って言うな」
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『ホラー』は、何も言わなかった。
髪の隙間から、地図をじっと見ているだけだった。
その沈黙のほうが、よほど怖い。
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電話越しに、赤城が付け足した。
「一つだけ言っておく。伊左衛門さんは、あの山を『覚えていたほうがいい』と言った。忘れろ、とは言わなかった」
「それって」
「意味は、俺にも分からん。だから、確かめに行くんだろう」
通話が切れた。
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車は、舗装が途切れたところで停まった。
出迎えたのは、作業服の老人が一人だけだった。
「営林署の、田……いや、名乗らんでいいと言われとる」
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老人は、錆びたゲートの鍵を開けながら、独り言のように言った。
「この山、うちの親の代から、誰も入らん。入ったやつぁ、たいてい、二度と山菜採りに来んくなる」
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「熊ですか」
「熊なら、まだ分かりやすい」
老人は、それ以上を言わずに、車に戻っていった。
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道なき道を、三十分ほど登った。
木々の間隔が、不自然に均等だった。
昔、人の手が入っていた名残だ。
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「演習場、だったらしいな」
『ジョン』が、崩れたコンクリートの土台を足で小突いた。
「うちの国にも、似たようなとこがある。忘れられて、ちょうどいい場所ってやつだ」
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『ホラー』が、急に足を止めた。
「……この先です」
「何が」
「分かりません。でも、この先です」
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いつもより、声が硬い。
俺は、隣の空気に、そっと聞いた。
(おい、いるんだろ)
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返事の代わりに、肩のあたりの気配が、少しだけ重くなった。
メレオスは、車を降りたときから、ずっと黙っていた。
普段のおしゃべりが、一言もない。
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木立が開けた先に、崩れた祠のようなものがあった。
屋根はとうに落ち、コンクリートの基礎だけが、四角く残っている。
その中央に、焦げ跡があった。
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「五十年前のにしちゃ、ずいぶん、はっきり残ってるな」
『ジョン』の声から、軽さが消えていた。
「こういう跡は、普通、もっと薄れる」
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『ホラー』が、基礎の縁にしゃがみこんだ。
指で、焦げ跡の輪郭をなぞる。
「……線が、あります」
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紋章だった。
『常世会』のものより線が多く、通信ログで見た「もう一種類」とも、微妙に違う。
三つ目の、違う紋様。
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『ジョン』が、息を止めた。
「これ、写真、いいか」
「駄目とは言えないだろ、これ以上隠す意味も」
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そのとき、初めてメレオスが、口を開いた。
「……ここじゃ」
小さな、震えた声だった。
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「ここで、伊左衛門は、あれと渡り合った」
「あれって」
「まだ、名は言えん。じゃが、確かに、ここじゃ」
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基礎の隅、崩れた石の裏側に、彫り込まれた文字があった。
風化して、半分しか読めない。
読める部分だけで、俺の指先が、冷たくなった。
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「共……」
手帳の脇に書かれていたのと、同じ一文字。
同じ、几帳面な筆跡だった。
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『ホラー』が、ゆっくりと立ち上がった。
髪の隙間から覗く目が、初めて、まっすぐこっちを向いた。
「『オザケン』」
「な、何だよ」
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「まだ、いますね。この山」
短い一言だった。
風が、木立の奥から、一度だけ、強く吹いた。




