幕間 ジョンの歓迎会
駅前の、いつもの居酒屋。
個室の障子を開けると、見覚えのある面子に、見慣れない顔が一人、混ざっていた。
赤城である。
「え、大臣が、歓迎会に?」
俺は、思わず聞いた。
「半分は外交、半分は監視だろうな」
『レスラー』が、小声で解説してくれた。誰も否定しなかった。
***
全員のジョッキとグラスが揃うと、赤城が、当然のように立ち上がった。
「今日は、『ジョン』の歓迎会だ」
「うん、うん。乾杯の挨拶、大臣にお願いしていいですか」
課長が、あっさり丸投げする。
「構わない」
赤城が、グラスを掲げた。
「合同捜査の門出に。かんぱい」
短い挨拶だった。だが、妙に様になっていた。
***
「経費で落とすから、存分に食べて飲んでくれ」
課長が、いつもの調子で言う。
「この前、慰労会を経費で落としたばかりなので、今回はダメです」
加藤さんが、間髪入れずに釘を刺した。
課長の顔が、分かりやすく曇る。
「ここは、私が持つ」
赤城が、笑いながら言った。
「存分に食べて飲んでくれ。今日ばかりは、私も客の一人だ」
「よっ!大臣!」
『レスラー』が、はやし立てる。周りが、笑いをこらえていた。
***
『ジョン』は、最初、バーボンを頼んでいた。
「日本の居酒屋にも、ちゃんと置いてあるんだな」
「なんでも揃うのが、この国の居酒屋です」
俺が答えると、『ジョン』は、感心したようにうなずいた。
隣で、『ホラー』が、いつもの徳利を傾けている。
「それは?」
『ジョン』が、興味を示した。
「日本酒です」
「一口、もらっていいか」
『ホラー』が、無言で猪口を差し出す。
『ジョン』が、一口あおった。
「……これ、うまいな」
それから、バーボンを頼むのをやめた。
***
俺は、隅で『ギーク』とラノベの話をしていた。
「その十九巻の伏線、まだ回収されてないんですよ」
「それ、アニメでもやってるやつじゃないですか」
『ジョン』が、身を乗り出す。
「見てるんですか」
「一話も欠かさず」
「奇遇ですね、俺も」
そこから先は、早口の応酬になった。作画の話、声優の話、原作との違いの話。
誰も、三人の間に割って入れなくなっていた。
***
酒が進むにつれ、場の温度が上がっていく。
『レディー』の赤ワインが、二杯目に変わる頃。
『ジョン』が、すっかり赤くなった顔で、俺の肩を叩いた。
「なあ、『オザケン』」
「はい」
「あの時の、あれ」
「あれ、とは」
「山ん中で、縄だけ切ったやつ」
会話が、一瞬、止まった。
「あれ、『ウィンドカッター』でしょ?」
『ジョン』が、にやにやしながら続ける。
「アニメでよく見るやつだ。風の刃を、指先から出すやつ」
俺の背中に、冷や汗が伝った。
「……気功です」
いつもの答えを、絞り出す。
「気功で、そんな名前の技が出るのか」
「日本の神秘は、奥が深いんです」
苦しい返しだった。
***
「そうだ」
助け舟を出したのは、赤城だった。
「気功だ。日本の神秘だ」
大臣の口から出ると、妙な説得力があった。
『ジョン』は、まだ何か言いたそうだったが、赤城の顔を見て、それ以上は追わなかった。
代わりに、標的を変えた。
「ところで、『ギーク』」
「はい?」
『ギーク』の顔が、すでに赤い。カクテルのグラスが、三杯目を数えていた。
「うちのサーバー、どうやって破った」
「そっちこそ、私のセキュリティ、どうやって破ったんですか」
売り言葉に買い言葉だった。
***
そこから先は、俺には半分も理解できない話になった。
「エクスプロイトの入口は」
「ゼロデイじゃないだろ」
「バックドア仕込んどいたよな」
英語と専門用語が、酔いに任せて飛び交う。
険悪なのか、意気投合しているのか、途中から判断がつかなくなった。
話が逸れたことに、俺はひそかに安堵していた。
「国家機密は、漏らせん」
赤城が、二人の会話に、静かに釘を刺した。
『ジョン』と『ギーク』が、同時に口を閉じる。
「はーい」
声だけは、そろっていた。
***
気づけば、課長は突っ伏して寝ており、『レスラー』は『ホラー』に日本酒の飲み方を教わっていた。
『レディー』は、赤ワイン片手に、涼しい顔で全員を眺めている。
加藤さんだけが、いつも通り、涼しい顔でお冷やを配って回っていた。
赤城は、最後まで背筋を伸ばしたまま、ちびちびと日本酒をやっていた。大臣という肩書きは、酒の席でも抜けないらしい。
***
解散したのは、夜も更けた頃だった。
アパートに帰ると、メレオスが、ソファでこっちを見ていた。
「おかえりじゃ。ずいぶん、酒くさいのぉ」
「『ジョン』の歓迎会だった」
「ほう、あの厄介者の」
「途中でウィンドカッターのこと、突っ込まれた」
メレオスの目が、少し丸くなった。
「バレたか」
「いや、赤城さんが『気功だ』って、押し切ってくれた」
「便利な大臣じゃな」
メレオスが、面白がるように笑った。
「だが、酒の席の記憶ちゅうのは、案外、消えんもんじゃぞ」
軽い調子だったが、妙に引っかかる一言だった。
「脅かすなよ」
「事実を言うたまでじゃ」
メレオスは、それだけ言って、いつもの調子に戻った。
だが俺は、しばらく、『ジョン』のにやついた顔が頭から離れなかった。
酒の席の冗談で、済めばいいのだが。




