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第二十四章 CIAが来た

朝、地下の会議室に、いつもより多く人が集まっていた。


***


「今日、来るんですよね」


『レスラー』が、心なしか、いつもより背筋を伸ばしていた。


「うん、うん。粗相のないように」


課長が、いつもと変わらない声で言う。

緊張しているのは課長ではなく、部屋の空気の方だった。


***


エレベーターの音がした。


扉が開くと、赤城が先に降りてきた。


その後ろに、スーツ姿の男が一人。


背が高い。茶色い髪、がっしりした体つき。

年齢は、三十代半ばくらいに見えた。


「彼が、例の担当官だ」


赤城が、短く紹介した。


***


「初めまして」


流暢な日本語だった。

イントネーションに、わずかな違和感があるだけの。


「ジョン・スミスです」


握手を求めてくる。


俺は、握り返しながら、名前だけで反応しかけた。


「……ジョン・スミス」


『レスラー』が、口の中で繰り返した。


苦笑いを、隠さなかった。


「『ジョン・スミス』ねぇ」

「知ってる名前ですか」


俺は、小声で聞いた。


「日本で言うところの、『山田太郎』さ」


『レスラー』が、真顔で解説してくれる。


なるほど、意味が分からなかったのが、逆に分かった。


「本名かどうかは、聞かないほうがいいやつね」


『レディー』が、涼しい顔で言った。


「ご想像にお任せします」


ジョン・スミスは、にこりと笑っただけだった。


***


「コードネームは」


課長が、いつもの調子で切り出す。


「『ジョン』だね」


安直さに、定評のある課長だった。


「シンプルでいいね。気に入った」


『ジョン』が、あっさり受け入れる。


日本の部署のノリに、抵抗がないらしい。


それはそれで、少し怖かった。


***


席につくと、『ジョン』は、ノートパソコンを開いた。


『ギーク』が、警戒するように、自分のノートパソコンを抱え直す。


***


「早速だけど」


『ジョン』が、画面をこちらに向けた。


「そっちのサーバーの情報を見る限り、追ってる組織は、同じみたいだね」


一瞬、部屋が静かになった。


『ギーク』が、真っ先に反応した。


「……私のセキュリティを、破ったんですか!?」


椅子から、半分立ち上がっていた。


「お互い様だよ、ハッカーくん」


『ジョン』が、肩をすくめる。


「そっちも、うちのサーバーに、遊びに来たことがあるだろう?」


『ギーク』の顔が、固まった。


***


「本当に、大丈夫なんですか、この人選」


『レディー』が、小声で赤城に聞いた。


「本国が選んだ人材だ。俺に選択肢はない」


赤城の返事も、あまり心強くなかった。


***


気を取り直すように、課長が咳払いをした。


「それで、情報のすり合わせを、進めましょうか」


「うん、うん」といういつもの相槌の、二回目だった。


***


画面に、複数の資料が並んだ。


日本語と英語が、交互に表示される。


『ジョン』が、淡々と説明を始めた。


***


「うちの管轄でも、似たような事例がある」

「変死体、それと、儀式の跡」


会議室の温度が、また少し下がった。


「アメリカでも、ですか」


俺は、思わず聞いた。


「東海岸で、二件。西海岸で、一件。どれも、未解決のままだ」


『ジョン』の声から、さっきまでの軽さが、少しだけ抜けていた。


「紋章は」


『ホラー』が、身を乗り出した。


「一致してる。線の本数まで、全部」


『ジョン』が、うなずいた。


新興宗教の残党を追っていたはずの話が、いつの間にか、太平洋を挟んだ向こう側にまで、根を張っていた。


ラノベなら、ここで新しい大陸編が始まる合図だ。


***


「提案がある」


赤城が、話を引き取った。


「『ジョン』には、しばらく、こちらに常駐してもらう」

「常駐、って」


『レスラー』が、聞き返す。


「情報のすり合わせを、その都度やっていたら、間に合わない」


赤城が、淡々と続けた。


「合同捜査という形にする」


***


「よろしく、みんな」


『ジョン』が、あっさり片手を挙げた。


「デスク、余ってるところでいいよ」


すでに、居着く気満々だった。


「私物のパソコンの持ち込みは、禁止です」


『ギーク』が、間髪入れずに釘を刺す。


「もちろん。むしろ、そっちの環境を借りたいくらいだ」

「貸しません」


食い気味だった。


***


「仲、良さそうだね」


課長が、のんびり言う。


「良くないです」


『ギーク』が即答した。


『ジョン』は、笑っているだけだった。


***


「経費は、どちらの部署持ちに」


加藤さんが、真っ先に、事務方の顔で聞いた。


「その質問、いちばん現実的で助かるよ」


赤城が、初めて、少しだけ表情を緩めた。


***


「もう一つ、話しておきたいことがある」


『ジョン』が、声のトーンを変えた。


場の空気が、また張った。


画面に、古い書類の画像が表示された。


色褪せた紙、タイプライターの文字。


日付は、俺が生まれるよりずっと前だった。


「この紋章、うちのアーカイブにもある」


『ジョン』が言った。


「五十年以上前の、未解決ファイルだ」


***


「五十年」


俺は、思わず呟いた。


じいちゃんが、まだ若かった頃の話になる。


***


「詳細の大半は、黒塗りだけどね」


『ジョン』が、肩をすくめる。


「一つだけ、分かってることがある」

「この紋章の組織、当時、東アジアで一度、大きく動きを止められている」


『ジョン』の声から、軽さが消えていた。


「記録上、理由は不明。でも、その後、しばらく大人しくなってる」


***


俺の背筋に、冷たいものが走った。


伊左衛門が、若い頃、「先にいる何か」と渡り合って、殺さずに追い返した。


時期は、聞いていない。

だが、符合しすぎている。


***


「その、動きを止めた理由に、心当たりは」


赤城が、静かに聞いた。


「ない。それはこっちが聞きたい」


『ジョン』が、俺の方を、まっすぐ見た。


「その顔、何か知ってるみたいだね」


鋭かった。


「……知らないです。多分」


苦しい嘘だった。

今は、まだ言えない。


***


会議が終わり、地上に出る。


陽が、傾いていた。


アパートに帰ると、メレオスが、ソファでテレビを見ていた。


「おかえり。今日は、また、疲れた顔じゃな」

「アメリカの人が来た。CIAの」

「ほう」


「その人が、五十年以上前の記録に、同じ紋章があったって」


メレオスの動きが、止まった。


「五十年、じゃと」

「知ってるのか」


「……伊左衛門が、その『先にいる何か』を追い返したのは」


メレオスが、言葉を選ぶように、間を置いた。


「ちょうど、そのくらい前のことじゃ」


心臓が、跳ねた。


「じゃあ、繋がってるのか」

「繋がっとる、と考えるほうが、自然じゃろうな」


***


伊左衛門の因縁は、日本の中だけの話ではなかった。


海を越えて、半世紀近くも前から、続いていた話だった。


『ジョン』という新しい厄介者と、半世紀前の記録。


物語が、また一段、大きくなった。


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