第二十四章 CIAが来た
朝、地下の会議室に、いつもより多く人が集まっていた。
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「今日、来るんですよね」
『レスラー』が、心なしか、いつもより背筋を伸ばしていた。
「うん、うん。粗相のないように」
課長が、いつもと変わらない声で言う。
緊張しているのは課長ではなく、部屋の空気の方だった。
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エレベーターの音がした。
扉が開くと、赤城が先に降りてきた。
その後ろに、スーツ姿の男が一人。
背が高い。茶色い髪、がっしりした体つき。
年齢は、三十代半ばくらいに見えた。
「彼が、例の担当官だ」
赤城が、短く紹介した。
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「初めまして」
流暢な日本語だった。
イントネーションに、わずかな違和感があるだけの。
「ジョン・スミスです」
握手を求めてくる。
俺は、握り返しながら、名前だけで反応しかけた。
「……ジョン・スミス」
『レスラー』が、口の中で繰り返した。
苦笑いを、隠さなかった。
「『ジョン・スミス』ねぇ」
「知ってる名前ですか」
俺は、小声で聞いた。
「日本で言うところの、『山田太郎』さ」
『レスラー』が、真顔で解説してくれる。
なるほど、意味が分からなかったのが、逆に分かった。
「本名かどうかは、聞かないほうがいいやつね」
『レディー』が、涼しい顔で言った。
「ご想像にお任せします」
ジョン・スミスは、にこりと笑っただけだった。
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「コードネームは」
課長が、いつもの調子で切り出す。
「『ジョン』だね」
安直さに、定評のある課長だった。
「シンプルでいいね。気に入った」
『ジョン』が、あっさり受け入れる。
日本の部署のノリに、抵抗がないらしい。
それはそれで、少し怖かった。
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席につくと、『ジョン』は、ノートパソコンを開いた。
『ギーク』が、警戒するように、自分のノートパソコンを抱え直す。
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「早速だけど」
『ジョン』が、画面をこちらに向けた。
「そっちのサーバーの情報を見る限り、追ってる組織は、同じみたいだね」
一瞬、部屋が静かになった。
『ギーク』が、真っ先に反応した。
「……私のセキュリティを、破ったんですか!?」
椅子から、半分立ち上がっていた。
「お互い様だよ、ハッカーくん」
『ジョン』が、肩をすくめる。
「そっちも、うちのサーバーに、遊びに来たことがあるだろう?」
『ギーク』の顔が、固まった。
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「本当に、大丈夫なんですか、この人選」
『レディー』が、小声で赤城に聞いた。
「本国が選んだ人材だ。俺に選択肢はない」
赤城の返事も、あまり心強くなかった。
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気を取り直すように、課長が咳払いをした。
「それで、情報のすり合わせを、進めましょうか」
「うん、うん」といういつもの相槌の、二回目だった。
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画面に、複数の資料が並んだ。
日本語と英語が、交互に表示される。
『ジョン』が、淡々と説明を始めた。
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「うちの管轄でも、似たような事例がある」
「変死体、それと、儀式の跡」
会議室の温度が、また少し下がった。
「アメリカでも、ですか」
俺は、思わず聞いた。
「東海岸で、二件。西海岸で、一件。どれも、未解決のままだ」
『ジョン』の声から、さっきまでの軽さが、少しだけ抜けていた。
「紋章は」
『ホラー』が、身を乗り出した。
「一致してる。線の本数まで、全部」
『ジョン』が、うなずいた。
新興宗教の残党を追っていたはずの話が、いつの間にか、太平洋を挟んだ向こう側にまで、根を張っていた。
ラノベなら、ここで新しい大陸編が始まる合図だ。
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「提案がある」
赤城が、話を引き取った。
「『ジョン』には、しばらく、こちらに常駐してもらう」
「常駐、って」
『レスラー』が、聞き返す。
「情報のすり合わせを、その都度やっていたら、間に合わない」
赤城が、淡々と続けた。
「合同捜査という形にする」
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「よろしく、みんな」
『ジョン』が、あっさり片手を挙げた。
「デスク、余ってるところでいいよ」
すでに、居着く気満々だった。
「私物のパソコンの持ち込みは、禁止です」
『ギーク』が、間髪入れずに釘を刺す。
「もちろん。むしろ、そっちの環境を借りたいくらいだ」
「貸しません」
食い気味だった。
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「仲、良さそうだね」
課長が、のんびり言う。
「良くないです」
『ギーク』が即答した。
『ジョン』は、笑っているだけだった。
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「経費は、どちらの部署持ちに」
加藤さんが、真っ先に、事務方の顔で聞いた。
「その質問、いちばん現実的で助かるよ」
赤城が、初めて、少しだけ表情を緩めた。
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「もう一つ、話しておきたいことがある」
『ジョン』が、声のトーンを変えた。
場の空気が、また張った。
画面に、古い書類の画像が表示された。
色褪せた紙、タイプライターの文字。
日付は、俺が生まれるよりずっと前だった。
「この紋章、うちのアーカイブにもある」
『ジョン』が言った。
「五十年以上前の、未解決ファイルだ」
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「五十年」
俺は、思わず呟いた。
じいちゃんが、まだ若かった頃の話になる。
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「詳細の大半は、黒塗りだけどね」
『ジョン』が、肩をすくめる。
「一つだけ、分かってることがある」
「この紋章の組織、当時、東アジアで一度、大きく動きを止められている」
『ジョン』の声から、軽さが消えていた。
「記録上、理由は不明。でも、その後、しばらく大人しくなってる」
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俺の背筋に、冷たいものが走った。
伊左衛門が、若い頃、「先にいる何か」と渡り合って、殺さずに追い返した。
時期は、聞いていない。
だが、符合しすぎている。
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「その、動きを止めた理由に、心当たりは」
赤城が、静かに聞いた。
「ない。それはこっちが聞きたい」
『ジョン』が、俺の方を、まっすぐ見た。
「その顔、何か知ってるみたいだね」
鋭かった。
「……知らないです。多分」
苦しい嘘だった。
今は、まだ言えない。
***
会議が終わり、地上に出る。
陽が、傾いていた。
アパートに帰ると、メレオスが、ソファでテレビを見ていた。
「おかえり。今日は、また、疲れた顔じゃな」
「アメリカの人が来た。CIAの」
「ほう」
「その人が、五十年以上前の記録に、同じ紋章があったって」
メレオスの動きが、止まった。
「五十年、じゃと」
「知ってるのか」
「……伊左衛門が、その『先にいる何か』を追い返したのは」
メレオスが、言葉を選ぶように、間を置いた。
「ちょうど、そのくらい前のことじゃ」
心臓が、跳ねた。
「じゃあ、繋がってるのか」
「繋がっとる、と考えるほうが、自然じゃろうな」
***
伊左衛門の因縁は、日本の中だけの話ではなかった。
海を越えて、半世紀近くも前から、続いていた話だった。
『ジョン』という新しい厄介者と、半世紀前の記録。
物語が、また一段、大きくなった。




