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第二十三章 黒幕は国際的だった!

朝、地下に降りる。


会議室に入ると、パーカー姿の『ギーク』が、いつになく神妙な顔をしていた。


***


「聞いてください。ちょっと、洒落にならないの見つけました」


前置きなしだった。


「紋章の件です」


***


ノートパソコンの画面が、みんなに向けられる。


「あの紋章、あちこちの闇サイトとか、追跡ログとか、片っ端から突き合わせてたんですけど」


「うん、うん」


「出てきたんですよ。同じ紋章」


***


「どこで」


課長が聞く。


「……CIAのサーバーです」


会議室が、静かになった。


***


「シー、アイ、エー」


『レスラー』が、区切って発音した。


「アメリカの、あのCIAですか」


「他にどこがあるんですか」


『ギーク』が、あっさり返す。


***


「なんで、そんなとこに入れるんだよ」


「昔、ちょっと縁があって」


「縁で入れるところじゃないだろ、あそこ」


『レスラー』の顔が、引きつっていた。


***


「アメリカの国防省に喧嘩売ったことがある、って前に聞きました」


俺が言うと、『ギーク』が親指を立てた。


「あれの延長です」


延長で済む話だとは、とても思えなかった。


***


『ホラー』が、画面を覗き込む。


「これ、『常世会』の逃走車のログにあった紋章と、同じですか」


「まったく同じです。線の本数まで」


線が一本多いあの紋章。


それが、日本の田舎宗教団体の話ではなく、アメリカの情報機関のサーバーに残っていた。


***


『レディー』が、爪を見るのをやめていた。


「つまり、どういうこと」


「『常世会』の後ろにいる何かは、少なくとも、アメリカにも足がかりがある、ってことです」


『ギーク』の声から、いつもの軽さが半分抜けていた。


***


「規模、でかすぎません?」


俺は、思わず聞いた。


新興宗教の残党を追っていたはずが、いつの間にか、話の大きさが二段階くらい飛んでいる。


ラノベなら、これは中ボスの後ろに黒幕組織がいるパターンだ。


***


「うん、うん」


課長が、いつもの相槌を打ったあと、珍しく長く黙った。


「これは、赤城さんに、直接聞いてもらったほうがいいね」


冗談ではない声だった。


***


その日のうちに、赤城が来た。


課長の連絡から、来訪まで、いつもより早かった。


「見せてくれ」


前置きは、なかった。


***


『ギーク』が、同じ画面を見せる。


赤城は、しばらく、無言だった。


「……これは」


「『常世会』の紋章と、酷似しています。ただし、線が一本多い」


「知っている。課長から、聞いた」


***


「アメリカが絡んでいる、と」


赤城の声が、低くなる。


「絡んでいる、というより、少なくとも、向こうも把握はしているようです」


『ギーク』が、慎重に言葉を選んでいた。


***


「『ギーク』くん」


「はい」


「この情報を得た経緯は」


一瞬、間があった。


「……訓練で身につけた、独自のルートです」


事実を、ぎりぎりまで薄めた言い方だった。


***


「そうか」


赤城は、それ以上、追及しなかった。


「詮索しないほうがいい類の話、ということだな」


「はい」


『ギーク』が、素直に頭を下げた。


珍しい光景だった。


***


「外務省に、連絡する」


赤城が言った。


「アメリカ側と、正式な形で、この情報を共有できないか、当たってみる」


課長が、めずらしく心配そうな顔をした。


「大丈夫ですか、あの、いろいろと」


***


「大丈夫ではないだろうな」


赤城が、あっさり認めた。


「だが、『常世会』の先にいるものが、国境をまたぐ相手なら、うちだけでは手に負えない」


その言い方に、迷いはなかった。


***


数日後、課長が、会議室にみんなを集めた。


「外務省から、返事があったそうだ」


「そうだ、って伝聞なんですね」


『レディー』が、すかさず突っ込む。


「赤城さんから聞いた話だからね」


***


課長が続ける。


「まず、向こうは渋ったらしい」


「CIAの情報を、どういう経路で入手したのか、と。かなり詰められたそうだ」


『ギーク』の顔が、少しだけ青ざめた。


***


「日米関係に響きかねない、危うい橋だと。慎重にも慎重を重ねてくれ、と言われたらしい」


役所らしい言い回しだった。


「それに対して、赤城さんは」


課長が、一拍置いた。


***


「そんなことは些細な問題だ、と言い切ったそうだ」


「それより、CIAとの正式なパイプを作ることのほうが重要だ、と」


会議室に、乾いた空気が流れた。


***


「些細、って言い切りましたか」


俺は、思わず聞いた。


「言い切ったらしい。外務省の担当者、絶句してたって」


課長が、他人事のように笑った。


他人事ではなかった。


***


「結局、押し切られる形で、外務省が折れたそうだ」


「うん、うん。近いうちに、CIAの人間を、うちに招くことになる」


一同、しばらく、声が出なかった。


***


「うちって、この、地下の会議室にですか」


『レスラー』が、天井を見上げた。


コンクリート打ちっぱなしの、殺風景な部屋である。


「存在しない部署に、正式な外国機関を呼ぶんですか」


***


「うん、うん。前例がない、って外務省も言ってたらしいね」


課長が、他人事の顔のまま、湯呑みのお茶をすすった。


前例がないことだらけの部署だった。今更である。


***


「あの」


『ギーク』が、おそるおそる、手を挙げた。


「その、来るCIAの人って、まさか、私がサーバーに入ったこと、気づいてたりします?」


会議室の空気が、また、少しだけ変わった。


***


「さあ」


課長が、頼りない笑顔のまま言った。


「気づいていたら、たぶん、真っ先に君に会いたがるだろうね」


『ギーク』の顔から、完全に血の気が引いた。


***


「肉まん、何個で許してもらえますかね」


「アメリカ人に、肉まんの交渉が通用するかは、私も知らない」


課長の返事は、少しも慰めになっていなかった。


***


アパートに帰った。


「おかえりじゃ。今日は、また、変な顔をしとるな」


メレオスが、ソファでこっちを見ていた。


「『常世会』の紋章、アメリカのCIAのサーバーにもあった」


***


メレオスの目が、大きくなった。


「アメリカ、じゃと」


「知らない国の名前でも聞いた顔だな」


「知らんわけではない。じゃが……国境をまたぐほどとは、思っておらなんだ」


***


「おじいちゃんが渡り合った相手、そんなに大きいのか?」


「わしにも、全貌は見えん。ただ」


メレオスが、めずらしく、言葉を選ぶ間を置いた。


***


「一国の情報機関に、痕跡を残すほどのものじゃとすれば」


「伊左衛門が、殺さずに追い返した、というのも」


「見え方が、変わってくるかもしれん、ということじゃ」


***


半分消えたはずの心残りは、いつの間にか、日本の外にまで広がっていた。


近いうちに、この地下の会議室に、外国の情報機関の人間が来る。


存在しない部署に、である。


ラノベでも、ここまで話が大きくなる展開は、そう多くない。


現実は、ときどき、ラノベより無茶をする。


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