幕間 慰労会
駅前の、いつもの居酒屋。
個室の障子を開け部屋に入ると、すぐさま人数分の生ビールのジョッキが運ばれてきた。
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「うん、うん。まずは、座って座って」
課長が、いつもの緩い声で手招きする。
奥に『レスラー』、その隣に『レディー』。壁際に『ホラー』。
加藤さんは、入口に近い、いちばん動きやすい席についていた。
末席に、パーカー姿の『ギーク』がいる。
「『ギーク』くんも、今日は無礼講だ」
「無礼講って、普段が有礼講なんですか」
『ギーク』の一言に、誰も答えなかった。
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全員のジョッキが揃うと、課長が立ち上がった。
「今日は、『常世会』の一件、本当にお疲れ様でした」
「うん、うん。細かい話は抜きにして」
「かんぱーい」
ジョッキがぶつかる、間の抜けた音がした。
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「経費で落とすから、存分に食べて飲んでくれ」
課長が、機嫌よく言う。
加藤さんが、隣で小さくため息をついた。
「……また、私が精算書、書くんですよね」
「うん、うん。頼んだよ」
頼りない笑顔のまま、丸投げされた。
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『レスラー』は、もう二杯目に入っていた。
「『オザケン』、お前も飲め。今日ぐらいはいいだろ」
「俺、そんな強くないんで」
「訓練場で壁ぶち抜いた奴が、酒には弱いのか」
理不尽だった。
だが、断れる空気でもない。
俺は、ハイボールを頼んだ。
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『レディー』は、最初の一杯だけビールに付き合って、あとはワインに切り替えていた。
赤ワインのグラスを、静かに揺らしている。
「ふーん。あんたはハイボールなんだ」
「駄目ですか」
「別に。健全ね」
いつもの「ふーん」に、からかいの色が薄く混ざっていた。
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『ホラー』の前には、徳利があった。
「……日本酒、飲むんですね」
意外だった。
もっと、暗いカクテルでも頼みそうな見た目をしている。
「これしか、飲まないので」
短い返事だった。
だが、いつもより、声の温度が高い気がした。
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課長は、ひたすらビールだった。
一杯目も、二杯目も、三杯目も、同じ速さで飲んでいる。
「課長、ペース速くないですか」
「うん、うん。これくらいがちょうどいい」
まったくちょうどよく見えなかった。
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『ギーク』は、名前も知らない、甘そうな色のカクテルを頼んでいた。
「甘いお酒しか、いけないんです」
「意外だな。もっと、こう」
「強そうな見た目してますよね、よく言われます」
見た目の話ではなかったが、否定はしなかった。
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加藤さんは、梅酒のロックだった。
氷が溶ける音を聞きながら、みんなを見て、目を細めている。
「みなさん、無事でよかったわ」
しみじみと、そう言った。
現場に出ない人の「無事でよかった」は、いちばん、重みがあった。
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料理が運ばれるたび、『レスラー』が真っ先に箸を伸ばす。
「唐揚げ、頼みすぎだろ、『レスラー』」
「育ち盛りなんでな」
三十は過ぎているはずである。
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酒が進むにつれ、場の温度が上がっていった。
『レスラー』の声が、ひと回り大きくなる。
「あの竜巻、良かったぞ。『オザケン』」
「範囲、絞らなくていいって言ったのあんたじゃないですか」
「言った。言ったが、あそこまでとは思わなかった」
酔うと、褒め方まで雑になるらしい。
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『レディー』の「ふーん」も、少しずつ角が取れていく。
「あんたの魔法、最初見たとき、正直、引いたから」
「今は?」
「今も引いてる。でも、慣れた」
慣れた、で片付けられるものだろうか。
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『ホラー』は、徳利を三本空けたあたりで、急に饒舌になった。
「小沢さんの後ろの子、今日は連れてきてないんですか」
心臓が跳ねた。
「……仕事の話は、今日はなしで」
「はい。今日はなしで」
素直に、引き下がった。
普段より、ずっと素直だった。
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課長は、五杯目のあたりで、まぶたが重くなっていた。
「うん、うん……今日は、みんな、よく……」
語尾が、机に落ちていった。
「課長、寝てます」
「気づいてるけど、起こすと面倒だから、そのままにしとくの」
加藤さんが、慣れた手つきで、課長のネクタイを緩めた。
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『ギーク』は、二杯目のカクテルで、もう出来上がっていた。
「『オザケン』さぁん、聞いてくださいよぉ」
呂律が、あちこちに転がっている。
「聞いてます」
「十九巻のあの伏線、担当編集、絶対、途中まで気づいてなかったと思うんですよね~」
酔っても、話す内容は変わらないらしい。
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『レスラー』が、いつの間にか『ホラー』と肩を組んでいた。
「お前、意外と飲むのな」
「……先輩こそ」
二人とも、目が据わっている。
普段は交わらない二人が、酒の力でだけ、距離を詰めていた。
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『レディー』が、赤い顔のまま、俺の方を見た。
「ねえ、『オザケン』」
「はい」
「今日だけは、名前で呼んでいい?」
「え」
「冗談よ」
結局、名前は呼ばれなかった。
***
気づけば、個室の中は、収拾がつかなくなっていた。
課長は、突っ伏したまま寝ている。
『レスラー』と『ホラー』は、意味の分からない腕相撲を始めていた。
『レディー』は、ワイングラス片手に、机に頬杖をついている。
『ギーク』は、まだ十九巻の話を続けている。
加藤さんだけが、涼しい顔で、みんなのお冷やを配って回っていた。
***
「……これ、俺が幹事だったりします?」
誰にともなく聞いてみた。
答えたのは、加藤さんだった。
「小沢さんは、飲んでいいのよ。今日は」
「幹事、誰なんですか」
「決まってないから、いちばんしっかりしてる人がやるの」
視線が、自然と、加藤さんに集まった。
***
窓の外は、もうすっかり夜だった。
『常世会』は、壊滅した。
首謀者は、逃げた。
紋章の謎は、まだ残っている。
だが今夜だけは、その話は誰もしなかった。
腕相撲でうめく『レスラー』の声と、十九巻の伏線を語る『ギーク』の声が、混ざって聞こえてくる。
悪くない、夜だった。




