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幕間 慰労会

駅前の、いつもの居酒屋。


個室の障子を開け部屋に入ると、すぐさま人数分の生ビールのジョッキが運ばれてきた。


***


「うん、うん。まずは、座って座って」


課長が、いつもの緩い声で手招きする。


奥に『レスラー』、その隣に『レディー』。壁際に『ホラー』。

加藤さんは、入口に近い、いちばん動きやすい席についていた。


末席に、パーカー姿の『ギーク』がいる。


「『ギーク』くんも、今日は無礼講だ」

「無礼講って、普段が有礼講なんですか」


『ギーク』の一言に、誰も答えなかった。


***


全員のジョッキが揃うと、課長が立ち上がった。


「今日は、『常世会』の一件、本当にお疲れ様でした」

「うん、うん。細かい話は抜きにして」

「かんぱーい」


ジョッキがぶつかる、間の抜けた音がした。


***


「経費で落とすから、存分に食べて飲んでくれ」


課長が、機嫌よく言う。


加藤さんが、隣で小さくため息をついた。


「……また、私が精算書、書くんですよね」

「うん、うん。頼んだよ」


頼りない笑顔のまま、丸投げされた。


***


『レスラー』は、もう二杯目に入っていた。


「『オザケン』、お前も飲め。今日ぐらいはいいだろ」

「俺、そんな強くないんで」

「訓練場で壁ぶち抜いた奴が、酒には弱いのか」


理不尽だった。

だが、断れる空気でもない。


俺は、ハイボールを頼んだ。


***


『レディー』は、最初の一杯だけビールに付き合って、あとはワインに切り替えていた。


赤ワインのグラスを、静かに揺らしている。


「ふーん。あんたはハイボールなんだ」

「駄目ですか」

「別に。健全ね」


いつもの「ふーん」に、からかいの色が薄く混ざっていた。


***


『ホラー』の前には、徳利があった。


「……日本酒、飲むんですね」


意外だった。

もっと、暗いカクテルでも頼みそうな見た目をしている。


「これしか、飲まないので」


短い返事だった。

だが、いつもより、声の温度が高い気がした。


***


課長は、ひたすらビールだった。


一杯目も、二杯目も、三杯目も、同じ速さで飲んでいる。


「課長、ペース速くないですか」

「うん、うん。これくらいがちょうどいい」


まったくちょうどよく見えなかった。


***


『ギーク』は、名前も知らない、甘そうな色のカクテルを頼んでいた。


「甘いお酒しか、いけないんです」

「意外だな。もっと、こう」

「強そうな見た目してますよね、よく言われます」


見た目の話ではなかったが、否定はしなかった。


***


加藤さんは、梅酒のロックだった。


氷が溶ける音を聞きながら、みんなを見て、目を細めている。


「みなさん、無事でよかったわ」


しみじみと、そう言った。


現場に出ない人の「無事でよかった」は、いちばん、重みがあった。


***


料理が運ばれるたび、『レスラー』が真っ先に箸を伸ばす。


「唐揚げ、頼みすぎだろ、『レスラー』」

「育ち盛りなんでな」


三十は過ぎているはずである。


***


酒が進むにつれ、場の温度が上がっていった。


『レスラー』の声が、ひと回り大きくなる。


「あの竜巻、良かったぞ。『オザケン』」

「範囲、絞らなくていいって言ったのあんたじゃないですか」

「言った。言ったが、あそこまでとは思わなかった」


酔うと、褒め方まで雑になるらしい。


***


『レディー』の「ふーん」も、少しずつ角が取れていく。


「あんたの魔法、最初見たとき、正直、引いたから」

「今は?」

「今も引いてる。でも、慣れた」


慣れた、で片付けられるものだろうか。


***


『ホラー』は、徳利を三本空けたあたりで、急に饒舌になった。


「小沢さんの後ろの子、今日は連れてきてないんですか」


心臓が跳ねた。


「……仕事の話は、今日はなしで」

「はい。今日はなしで」


素直に、引き下がった。


普段より、ずっと素直だった。


***


課長は、五杯目のあたりで、まぶたが重くなっていた。


「うん、うん……今日は、みんな、よく……」


語尾が、机に落ちていった。


「課長、寝てます」

「気づいてるけど、起こすと面倒だから、そのままにしとくの」


加藤さんが、慣れた手つきで、課長のネクタイを緩めた。


***


『ギーク』は、二杯目のカクテルで、もう出来上がっていた。


「『オザケン』さぁん、聞いてくださいよぉ」


呂律が、あちこちに転がっている。


「聞いてます」

「十九巻のあの伏線、担当編集、絶対、途中まで気づいてなかったと思うんですよね~」


酔っても、話す内容は変わらないらしい。


***


『レスラー』が、いつの間にか『ホラー』と肩を組んでいた。


「お前、意外と飲むのな」

「……先輩こそ」


二人とも、目が据わっている。


普段は交わらない二人が、酒の力でだけ、距離を詰めていた。


***


『レディー』が、赤い顔のまま、俺の方を見た。


「ねえ、『オザケン』」

「はい」

「今日だけは、名前で呼んでいい?」

「え」

「冗談よ」


結局、名前は呼ばれなかった。


***


気づけば、個室の中は、収拾がつかなくなっていた。


課長は、突っ伏したまま寝ている。


『レスラー』と『ホラー』は、意味の分からない腕相撲を始めていた。


『レディー』は、ワイングラス片手に、机に頬杖をついている。


『ギーク』は、まだ十九巻の話を続けている。


加藤さんだけが、涼しい顔で、みんなのお冷やを配って回っていた。


***


「……これ、俺が幹事だったりします?」


誰にともなく聞いてみた。


答えたのは、加藤さんだった。


「小沢さんは、飲んでいいのよ。今日は」

「幹事、誰なんですか」

「決まってないから、いちばんしっかりしてる人がやるの」


視線が、自然と、加藤さんに集まった。


***


窓の外は、もうすっかり夜だった。


『常世会』は、壊滅した。


首謀者は、逃げた。


紋章の謎は、まだ残っている。


だが今夜だけは、その話は誰もしなかった。


腕相撲でうめく『レスラー』の声と、十九巻の伏線を語る『ギーク』の声が、混ざって聞こえてくる。


悪くない、夜だった。


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