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第二十一章 『ギーク』を迎えに行く

朝、地下の会議室。


いつもの面子が、いつもの席についていた。


***


「さて」


課長が、手を叩いた。


「一度、ちゃんと顔合わせしておこうか。田原さんと」


***


「呼んでも、来ないと思いますよ」


『レスラー』が言った。


「作戦のときも、結局、最後まで声だけだった」


***


「電話も出ません」


『レディー』が付け加える。


「メールも、既読すらつかない日があります」


***


「じゃあ」


課長が、あっさり言った。


「会いに行こう」


***


「行こう、って」

「小沢くん、頼めるかな」

「なんで俺」

「話が合いそうだから」


課長が、にこにこしている。


意味が分からなかった。


***


『レスラー』が、横から口を挟んだ。


「お前、ラノベ好きだろ。あっちも、その系統らしいぞ」

「系統って」

「オタクってこと」


『レディー』が、身も蓋もなく言った。


***


「加藤さんも、一緒に行ってあげて」


課長が言う。


「手土産があると、話が早いこともあるから」

「はーい」


加藤さんが、のんびり返事をした。


***


こうして、俺と加藤さんが、『ギーク』の自宅へ向かうことになった。


住所は、都内の古いマンションの一室。


普通の住所だった。


秘密基地でも要塞でもない。


「拍子抜けだな」

「普通のお部屋ですねぇ」


加藤さんが、紙袋を抱えながら言った。


肉まんの匂いがする。


***


インターホンを押す。


反応がない。


もう一度、押す。


『……はい』


スピーカーから、声がした。


早口な、あの声だった。


***


「あ、田原さん。0課の……」

「『オザケン』さんですよね。声で分かります」

「今日は、その」

「お引き取りください」


食い気味だった。


***


「肉まん、持ってきたんだけど」


加藤さんが、紙袋を持ち上げて、カメラらしき方向に向けた。


しばらく、沈黙があった。


「……何個」

「六個」

「……欲しい」

「小さい声で言われても、聞こえてます」


***


がちゃがちゃと、いくつも音がした。


鍵が、五つも六つもあるらしい。


ドアが、細く開いた。


隙間から、めがねが片方、覗いている。


「……本当に、六個ですか」

「本当だぞ」


ドアが、もう少し開いた。


***


ジャージ姿の女性が立っていた。


髪は、ぼさぼさだった。


想像より、普通だった。


部屋の中は、モニターだらけだった。


三台、四台と、俺には数えきれない。


机の上に、栄養ドリンクの空き瓶が並んでいる。


「お邪魔しまーす」


加藤さんが、遠慮なく上がり込んだ。


***


「本当に、いたんですね」

「実は最初からいたんだけどね、って言ったじゃないですか」


田原が、肉まんを受け取りながら言う。


「あの、田原さん」

「『ギーク』でいいです。田原さんって、堅苦しい」

「じゃあ、『ギーク』さん」

「はい」


「なんで、出社しないんですか」

「会社って、疲れません?」

「疲れます」

「ですよね」


即答同士の、妙な一致だった。


***


机の脇に、フィギュアが並んでいた。


見覚えのある、異世界転生系のフィギュアも、混ざっている。


「これ」


俺は、指さした。


「読んでます、これ」

「え」


『ギーク』の目が、初めて、まっすぐ俺を見た。


***


「十九巻、読みました?」

「読みました。あの、最後の」

「ですよね!!あそこ、あんまり評価されてないけど、伏線としては神なんですよ」


急に、早口が二倍になった。


加藤さんが、お茶を淹れながら、微笑ましそうに見ている。


肉まんの湯気が、部屋に広がった。


三十分ほど、異世界転生と魔法体系の話で盛り上がった。


本題を忘れかけていた。


***


「あ、そうだ」


俺は、我に返る。


「出社の話」

「うーん」


『ギーク』が、椅子に深く座り直した。


「週一くらいなら」

「本当ですか」

「ただし」

「肉まん、次も六個」

「分かった」


交渉は、あっさりまとまった。


***


帰り際、玄関で靴を履いていると、『ギーク』が、思い出したように言った。


「そういえば」

「あの逃走車のナンバー、覚えてます?」

「消されてた、ってやつ」

「あれ、趣味で、ちょっとだけ掘ってたんです」


『ギーク』の声が、さっきまでとは、少しだけ違った。


***


「消した奴、下手じゃないですけど」

「けど?」

「完璧でもないです。一個だけ、消し忘れがありました」


俺は、振り返った。


「今度、出社したときに見せます。あんまり、いい話じゃないので」


『ギーク』が、めがねの奥で、少しだけ真顔になっていた。


肉まんの匂いだけが、まだ、廊下に残っていた。


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