第二十一章 『ギーク』を迎えに行く
朝、地下の会議室。
いつもの面子が、いつもの席についていた。
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「さて」
課長が、手を叩いた。
「一度、ちゃんと顔合わせしておこうか。田原さんと」
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「呼んでも、来ないと思いますよ」
『レスラー』が言った。
「作戦のときも、結局、最後まで声だけだった」
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「電話も出ません」
『レディー』が付け加える。
「メールも、既読すらつかない日があります」
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「じゃあ」
課長が、あっさり言った。
「会いに行こう」
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「行こう、って」
「小沢くん、頼めるかな」
「なんで俺」
「話が合いそうだから」
課長が、にこにこしている。
意味が分からなかった。
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『レスラー』が、横から口を挟んだ。
「お前、ラノベ好きだろ。あっちも、その系統らしいぞ」
「系統って」
「オタクってこと」
『レディー』が、身も蓋もなく言った。
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「加藤さんも、一緒に行ってあげて」
課長が言う。
「手土産があると、話が早いこともあるから」
「はーい」
加藤さんが、のんびり返事をした。
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こうして、俺と加藤さんが、『ギーク』の自宅へ向かうことになった。
住所は、都内の古いマンションの一室。
普通の住所だった。
秘密基地でも要塞でもない。
「拍子抜けだな」
「普通のお部屋ですねぇ」
加藤さんが、紙袋を抱えながら言った。
肉まんの匂いがする。
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インターホンを押す。
反応がない。
もう一度、押す。
『……はい』
スピーカーから、声がした。
早口な、あの声だった。
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「あ、田原さん。0課の……」
「『オザケン』さんですよね。声で分かります」
「今日は、その」
「お引き取りください」
食い気味だった。
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「肉まん、持ってきたんだけど」
加藤さんが、紙袋を持ち上げて、カメラらしき方向に向けた。
しばらく、沈黙があった。
「……何個」
「六個」
「……欲しい」
「小さい声で言われても、聞こえてます」
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がちゃがちゃと、いくつも音がした。
鍵が、五つも六つもあるらしい。
ドアが、細く開いた。
隙間から、めがねが片方、覗いている。
「……本当に、六個ですか」
「本当だぞ」
ドアが、もう少し開いた。
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ジャージ姿の女性が立っていた。
髪は、ぼさぼさだった。
想像より、普通だった。
部屋の中は、モニターだらけだった。
三台、四台と、俺には数えきれない。
机の上に、栄養ドリンクの空き瓶が並んでいる。
「お邪魔しまーす」
加藤さんが、遠慮なく上がり込んだ。
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「本当に、いたんですね」
「実は最初からいたんだけどね、って言ったじゃないですか」
田原が、肉まんを受け取りながら言う。
「あの、田原さん」
「『ギーク』でいいです。田原さんって、堅苦しい」
「じゃあ、『ギーク』さん」
「はい」
「なんで、出社しないんですか」
「会社って、疲れません?」
「疲れます」
「ですよね」
即答同士の、妙な一致だった。
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机の脇に、フィギュアが並んでいた。
見覚えのある、異世界転生系のフィギュアも、混ざっている。
「これ」
俺は、指さした。
「読んでます、これ」
「え」
『ギーク』の目が、初めて、まっすぐ俺を見た。
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「十九巻、読みました?」
「読みました。あの、最後の」
「ですよね!!あそこ、あんまり評価されてないけど、伏線としては神なんですよ」
急に、早口が二倍になった。
加藤さんが、お茶を淹れながら、微笑ましそうに見ている。
肉まんの湯気が、部屋に広がった。
三十分ほど、異世界転生と魔法体系の話で盛り上がった。
本題を忘れかけていた。
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「あ、そうだ」
俺は、我に返る。
「出社の話」
「うーん」
『ギーク』が、椅子に深く座り直した。
「週一くらいなら」
「本当ですか」
「ただし」
「肉まん、次も六個」
「分かった」
交渉は、あっさりまとまった。
***
帰り際、玄関で靴を履いていると、『ギーク』が、思い出したように言った。
「そういえば」
「あの逃走車のナンバー、覚えてます?」
「消されてた、ってやつ」
「あれ、趣味で、ちょっとだけ掘ってたんです」
『ギーク』の声が、さっきまでとは、少しだけ違った。
***
「消した奴、下手じゃないですけど」
「けど?」
「完璧でもないです。一個だけ、消し忘れがありました」
俺は、振り返った。
「今度、出社したときに見せます。あんまり、いい話じゃないので」
『ギーク』が、めがねの奥で、少しだけ真顔になっていた。
肉まんの匂いだけが、まだ、廊下に残っていた。




