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第二十章 魔法無双

朝、地下に降りる。


会議室に入ると、いつもの面子に加えて、赤城がいた。


「揃ったな」


短い一言だった。


***


「『常世会』本部への、突入命令だ」


赤城が、地図を広げた。


「正式な作戦要請だ。今日、決行する」


課長の顔から、いつもの緩さが消えていた。


***


「本部は、都下の山際にある。表向きは、宗教法人の施設だ」


古い神社のような、屋根の連なった建物が、写真に写っている。


「中で、また、あの儀式をやっている可能性が高い」


『ホラー』の目が、写真に釘付けになっていた。


***


「編成を言う」


赤城が続けた。


「『レスラー』が指揮。突入の先頭」

「『レディー』は、内部の制圧と、幹部の確保」

「『ホラー』は、儀式と、その先の異常を担当」

「小沢くんは、火力の中心だ」


***


「もう一人、増えている」


赤城が、通信機を指した。


スピーカーから、早口の声が響いた。


「どうもー、初めまして!サーバー室からお邪魔してまーす」


***


「私は田原美紀。コードネーム『ギーク』。電子戦担当」


スピーカーの声が、名乗った。


「実は最初からいたんだけどね」


声の主が、笑いながら付け足す。


「防犯カメラも警報も、こっちで全部いじれます。よろしくー」


***


「今まで、どこに」


思わず聞いた。


「自宅です。出社したくないので」


即答だった。


『レスラー』が、こっちを見て、肩をすくめた。

「そういう奴もいる」という顔だった。


***


移動中の車内。


「本当に、いたんですね、あの人」

「『ギーク』は、腕は本物だぞ。アメリカの国防省のサーバーに侵入したことがあるらしい」


『レスラー』が、真顔で言った。


「侵入した、って」

「本人は、侵入したって言い張ってる」


にわかには信じがたい話だった。


***


山際の施設は、遠目には静かな神社だった。


近づくと、鳥居の裏に、見覚えのある紋章が刻まれていた。


「カメラ、止めました。正門から堂々と行けます」


『ギーク』の声が、通信機から響く。


「頼もしいな」


『レスラー』が、拳を鳴らした。


***


正門を、蹴破る。


境内に、武装した男たちが、あふれ出てきた。


十人や二十人ではない。


「多いな」

「多いですね」


『レスラー』が、こっちを見た。


「『オザケン』、竜巻、いけるか」


***


「範囲、広めていいですか」

「好きなだけやれ。逃げ場は、こっちで塞ぐ」


風のイメージを、地面から巻き上げる。


小さくまとめる必要は、もう、なかった。


***


「むん――――ッ!!」


境内の空気が、渦を巻いた。


武装した男たちが、まとめて宙に浮き、放り出される。


土埃と、悲鳴が、境内を満たした。


「……えげつねぇな」


『レスラー』が、笑いながら言った。


***


『レディー』は、いつの間にか、奥の建物に消えていた。


物音がしたと思うと、幹部らしき男を、二人、引きずって戻ってくる。


「主要メンバー、確保。首謀者は、まだ」

「探してくれ」


課長の声が、通信機越しに飛ぶ。


***


本殿の奥、地下へ続く階段があった。


『ホラー』が、先に立つ。


「ここです。下に」


いつもより、声が硬かった。


***


地下の広間に、儀式の跡があった。


廃工場のものより、はるかに大きい。


円の中心に、何かが、蠢いていた。


人の形をしていない。


***


「あれが、召喚されたものですか」

「はい。不完全ですけど」


『ホラー』が、髪の隙間から、じっと見ていた。


「不完全?」

「完成してたら、俺たちじゃ、たぶん、勝てません」


***


蠢く影が、咆哮した。


空気が、震える。


「『オザケン』」


『ホラー』が、短く言った。


「燃やしてください。全部」


***


指先に、これまでで一番大きな火をイメージする。


野球ボールでも、メロンでもない。


この部屋を、丸ごと灼くくらいのイメージ。


「むん――――ッ!!」


***


炎が、広間を埋め尽くした。


蠢く影が、悲鳴とも呻きともつかない声をあげて、燃え、崩れ、消えていく。


熱に、頬が痛い。


だが、止めなかった。


***


炎が収まると、広間には、焦げた円と、灰だけが残っていた。


『ホラー』が、しばらく、その場を見つめていた。


「……どうしました」

「いえ。何か、もっと大きいものに、繋がってた気がして」


言葉を濁して、それ以上は続けなかった。


***


「首謀者、確保できませんでした」


『レディー』が、地上に戻ってくるなり言った。


「主要メンバーは押さえましたが、首謀者は、いませんでした」

「先に逃げた、ってことか」


『レスラー』が、舌打ちした。


***


「カメラの記録、追ってます。裏口から、車で一台」


『ギーク』の声が、通信機から響く。


「追跡できるか」

「ナンバーは拾いました。でも、その先は、消されてます。プロですね、これ」


嫌な余韻だけが残った。


***


地上に上がると、境内は、静かになっていた。


制圧された男たちが、正規の警察に引き渡されていく。


うちの課の名前は、どこにも残らない。


いつも通りだった。


***


「うん、うん。作戦は、成功だ」


課長が、境内を見渡しながら言った。


「本体は、壊滅させた。だが」

「首謀者は、逃した」


赤城が、後を引き取った。


***


「『常世会』という看板は、これで終わりだろう。だが、あれを召喚しようとした本当の目的は、まだ分からない」


赤城の声が、いつになく、重かった。


「師匠が気にしていたのは、『常世会』そのものじゃなく、その先にいる何かかもしれない」


初めて、そこまで踏み込んだ言い方だった。


***


アパートに帰った。


「おかえりじゃ。今日は、でかい仕事だったようじゃな」


メレオスが、ソファでこっちを見ていた。


「『常世会』、壊滅させた。首謀者は、逃げられた」

「ほう」


***


「じいちゃんが気にしてた相手、『常世会』そのものじゃないかもって、赤城さんが」


メレオスが、少しだけ、目を伏せた。


「鋭いのぉ、あの弟子は」

「知ってたのか」


***


「伊左衛門は、昔、その『先にいる何か』と、一度、渡り合っておる」


初めて聞く話だった。


「勝てなんだ。正確には、殺さずに、追い返しただけじゃ」


***


「殺さずに?」

「殺せば、もっと厄介なことになる相手じゃった、ということじゃろう。詳しくは、わしも知らん」


珍しく、はぐらかしではなく、本当に知らないという口ぶりだった。


***


「伊左衛門の心残りは、半分は、今日、消えたじゃろう」

「半分?」

「『常世会』という道具は、壊れた。じゃが、道具を使っておった手は、まだ、どこかにある」


メレオスが、ソファの上で、膝を抱えた。


***


「残りの半分は、いつか、お主の仕事になるかもしれん」


いつもの茶化しがない、静かな声だった。


「今日は、それだけ、覚えておけばええ」


***


指先に、まだ、あの日一番大きな炎の余韻が残っている。


『常世会』は、終わった。


だが、終わっていないものが、その奥に、まだいる。


同時に、まだ、これで終わりじゃないことも、知ってしまった。


明日は、少しだけ、ゆっくり寝られるだろうか。


そう思いながら、目を閉じた。


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