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第十九章 視えているもの

朝、地下に降りる。


会議室に、いつもの面子が揃っていた。


課長が、写真を配る。

今日は、いつもより枚数が少なかった。


「都内の廃工場で、遺体が三つ」


写真を見て、言葉に詰まった。


***


三人とも、争った形跡がない。


外傷も、ほとんどない。


なのに、まるで、中身を全部吸い出されたみたいに、干からびていた。


「死因は、まだ特定できていない」


課長が、いつもより静かな声で言った。


***


「三人とも、『常世会』の下っ端だ。身元は割れている」


『レディー』が、爪を見たまま言った。


「仲間割れ、じゃないんですか」

「争った跡がない、と言ったでしょう」


『ホラー』が、初めて、自分から口を挟んだ。


***


課長が、うなずいた。


「今回は、『ホラー』くんに主導してもらう」


『ホラー』が、資料をめくる手を止めた。


「本業、ですか」

「本業だ」


短いやり取りに、いつもと違う空気があった。


***


「小沢くんも、一緒に行ってくれ」

「はい」

「『ホラー』くんの目を、信じてやってほしい」


課長の言葉に、『ホラー』が、少しだけ、顔を上げた。


初めて見る表情だった。


***


廃工場は、都下の外れにあった。


シャッターが半分落ちて、中は薄暗い。


床に、焦げたような跡が、大きな円を描いていた。


「これは……」

「儀式の跡です」


『ホラー』が、迷いなく言った。


***


円の中心に立って、髪の隙間から、じっと何かを見ている。


「小沢さんには、見えませんよね」

「何も。円と、焦げ跡だけです」

「ここに、何か、いました。今も、少し、残ってます」


背筋が、冷たくなった。


***


「人ならず者、ってやつですか」

「そう呼ぶ人も、います」


『ホラー』が、円の外側の壁を指した。


小さく、見覚えのある紋章が、刻まれていた。


***


『常世会』の紋章だった。


倉庫の残党を追ったとき、資料で何度も見た形だ。


「『常世会』が、これを」

「呼んだんだと思います」


『ホラー』の声は、いつもより低かった。


***


「呼んだ、って」

「悪魔とか、精霊とか、呼び方はいろいろですけど。こっち側のものじゃない、何かを」


ラノベで見た単語が、頭を過ぎった。


召喚。今は、笑っている場合ではなかった。


***


「下っ端の三人は、たぶん、生贄です」


『ホラー』が、円を見下ろしたまま言った。


「呼び出す何かに、力を渡すための」

「そんなことして、何になるんですか?」

「分かりません。でも」


言葉を、いったん切った。


***


「『常世会』は、一度、負けてます。小沢さんに」


倉庫の崩落。あの日のことだ。


「人間の力じゃ勝てないなら、人間じゃないものを、味方につけようとしてる。俺は、そう見てます」


筋の通った、嫌な仮説だった。


***


現場の写真を撮り、円の焦げ跡を採取する。


作業のあいだ、『ホラー』は、ずっと静かだった。


いつもの、床を見る目とは違う。


何かを、警戒し続けている目だった。


***


車に戻る道、二人きりになった。


『ホラー』が、ふいに、こっちを見た。


「小沢さん」

「はい」

「聞いていいですか」


改まった声に、少し身構えた。


***


「小沢さんの後ろに、たまに、金髪の子供がうっすら見える時があるんですけど」


心臓が、跳ねた。


「心当たり、あります?」


***


一瞬、何を言われたか、理解が追いつかなかった。


理解した瞬間、今度は、言葉が出なくなった。


「……え」

「え、というのは」

「気のせい、じゃないですか?」


我ながら、下手な誤魔化しだった。


***


『ホラー』は、じっと、こっちを見ていた。


嘘だと、たぶん、見抜かれている。


「そうですか」


だが、それ以上、聞いてこなかった。


***


「無理に聞きません。そういうの、大事にしてる人、多いので」


意外な言葉だった。


「俺も、自分のこの目のこと、あんまり人には話さないので。お互い様です」


同業者みたいな言い方に、少しだけ、肩の力が抜けた。


***


「ただ」


『ホラー』が、前を向いたまま、続けた。


「悪いものじゃない、とは思います。あの子」


「……分かるんですか、そういうの」

「なんとなく、ですけど」


それだけ言って、また、いつもの静かな横顔に戻った。


***


地下に戻ると、課長に報告した。


『常世会』の紋章。生贄らしき三人。呼び出しの痕跡。


課長の顔から、いつもの緩さが消えていた。


「うん、うん。これは、赤城さんにも上げないといけないね」


「『常世会』本体の話と、繋がりますか」

「たぶんね」


***


アパートに帰った。


「おかえりじゃ。今日は、辛気臭い顔をしとるな」


メレオスが、ソファでこっちを見ていた。


「『常世会』が、変な儀式をしてた。悪魔とか、そういうのを呼ぼうとしてるって、『ホラー』さんが」

「ほう」


珍しく、茶化さなかった。


***


「それと」


言うべきか、少し迷った。

だが、隠す理由もない。


「『ホラー』さんに、聞かれた。俺の後ろに、金髪の子供が見えるって」


メレオスの動きが、止まった。


***


「……そうか」

「誤魔化した。気のせいだって」

「よう、しのいだのぉ」


いつもの茶化しだったが、目は笑っていなかった。


***


「隠れるの、そろそろ限界か」

「限界って、何がだよ」

「なんでもない」


はぐらかされた。

だが、今日は、追及する気力も残っていなかった。


***


『常世会』は、負けたことを、負けたままにしておく気がない。


『ホラー』は、もう、メレオスの気配に気づいている。


隠しごとが、また一つ、綻び始めていた。


だが、今度は、悪い綻びではない気がした。


そう思うことにして、目を閉じた。


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