↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/176

第十八章 お願い、という名の命令

朝、地下に降りる。


六、三、一、六。閉じるボタン、長押し。


会議室に入ると、課長が一人で立っていた。


資料も、いつもの面子もいない。


「小沢くん、今日はね」

「はい」

「赤城さんが、来る」


***


一瞬、頭が真っ白になった。


拉致された日以来だ。


あのときは、黒服に囲まれて、選択肢なしで会わされた。


今日は、アポイントメントというやつだった。

それはそれで、緊張の種類が違う。


「何、話すんですか」

「魔法の話、だと思うよ」


課長が、他人事のように言った。

他人事ではないと思う。


***


十時ちょうどに、エレベーターが降りてきた。


扉が開くと、スーツ姿の男が一人、立っていた。


「久しぶりだね、健司くん」


物腰は、あの日のまま丁寧だった。


丁寧なまま、怖い。


***


「お忙しいところ、ありがとうございます」


我ながら、よくできた敬語だと思う。


「忙しいのはお互い様だ。今日は、無理を言って時間をもらった」


「無理を言って」というより、「言ってきた」に近い響きだった。


断れる空気は、最初からなかった。


***


会議室の椅子に、向かい合って座る。


課長は、部屋の隅で、置物のように立っていた。

逃げ道ではなく、証人という位置取りに見えた。


「単刀直入に聞くが」


赤城が、姿勢を崩さずに言った。


「あの炎は、気功ではないそうだね」


***


来た。


「……はい」

「魔法、だと聞いている」

「そう、認めました」


短く答えるので精一杯だった。


赤城の目は、責めているようには見えなかった。

ただ、じっと、こっちを測っていた。


***


「祖父様、いや師匠から、そんな話は聞いたことがない」

「俺も、聞いてないです」

「ほう」

「じいちゃんの修行の延長だとは、思うんですけど。うまく、説明できないんです」


課長にも、同じ台詞を使った。

二度目は、少しだけ、口が滑らかだった。


***


赤城は、しばらく黙っていた。


沈黙が、いつもの静かな圧になる。


「隠していたことを、責めるつもりはない」

「……ありがとうございます」

「隠しきれなくなったことを、むしろ喜ぶべきかもしれないな」


意味が、すぐには分からなかった。


***


「単刀直入に、もう一つ」


赤城が、話を進めた。


「『常世会』の本体が、動いている」


空気が、変わった。


***


「先日、お前たちが潰した倉庫は、残党のものだった。だが、本体は、それを見逃さなかった」


「見逃さなかった、というのは」

「幹部の一人が、飼っていた組織を潰されたことに、腹を立てている。表向きは静かだが、裏では、報復の準備をしている」


課長の顔から、いつもの緩さが消えていた。


***


「規模は、これまでとは違う。人数も、装備も」


赤城が、淡々と続けた。


「近いうちに、0課に、正式な作戦要請が来る」

「正式な、というのは」

「これまでのような、後始末じゃない。最初から、正面でぶつかる仕事だ」


***


「その前に」


赤城が、初めて、少しだけ表情を動かした。


「お前の力を、この目で確かめておきたかった」


「……見せろってことですか」

「できれば」


丁寧な言い方だったが、選択肢は感じなかった。


***


地下の訓練場に、場所を移した。


『レスラー』も『レディー』も、何も聞かずに、壁際に下がった。


課長が、的をいくつか並べる。


「小沢くん、この前の、あれで」

「本気の、あれですか」

「うん」


***


指先に、火を灯す。


野球ボール、メロン、コンロより大きく――今日は、そこで止めなかった。


「むん――ッ」


砂袋よりも大きな火球が、的を跡形もなく吹き飛ばした。


熱が、離れた場所まで届く。


***


赤城は、動かなかった。


腕を組んだまま、燃え尽きた的の跡を見ている。


「風も、いけます」


腕を、大きく振った。


ゴウ、という風の刃が、残った的を両断し、奥の壁に薄い線を残した。


***


しばらく、誰も、何も言わなかった。


「……師匠は」


赤城が、ようやく口を開いた。


「気功しか、教えていないはずだ」

「はい」

「これは、その先にある何かか」


答えられなかった。

メレオスの名前は、まだ出せない。


***


「うまく、説明できないです」


三度目の同じ台詞。


赤城は、それ以上、追及しなかった。


「いい。今は、それでいい」


意外な言葉だった。


***


「師匠が、何も語らずにお前へ渡したものなら、俺が横から詮索するものでもないんだろう」


兄弟子らしい言い方だった。


「ただし」


声の温度が、少しだけ下がった。


***


「『常世会』との一戦では、隠さず、全部使ってもらう」

「……はい」

「加減はいらない。むしろ、加減するな」


『ホラー』にも、『レスラー』にも、同じ言葉を言われたことがある。


三人目だった。


***


「日取りは、また連絡する」


赤城が、立ち上がった。


「頼りにしている、健司くん」


その一言だけ、丁寧さの奥に、兄弟子としての響きがあった気がした。


***


エレベーターの扉が閉まる。


課長が、ふう、と息を吐いた。


「うん、うん。大きいのが来るね」


他人事のような言い方だが、目は真剣だった。


***


「小沢くん」

「はい」

「今のうちに、休めるときに休んでおきなさい」


珍しく、はっきりした指示だった。


***


アパートに帰った。


「おかえりじゃ。今日は、また違う顔をしとるな」


メレオスが、ソファでこっちを見ていた。


「赤城さんに、会った」

「ほう。あの弟子か」

「魔法のこと、聞かれた。うまく説明できない、で通した」

「よう、しのいだのぉ」


***


「あと、『常世会』の本体が動いてるって」


その言葉に、メレオスの目つきが、少しだけ変わった。


「本体、か」

「知ってるのか」

「名前だけはな。伊左衛門が、生前、気にしておった相手じゃ」


初めて聞く話だった。


***


「じいちゃんが?」

「多くは語らんかったがのぉ。あの男、面倒事は自分の代で片付けたがる質じゃった」


メレオスが、珍しく、茶化さずに言った。


「片付かんかった分が、お主に回ってきた、ということかもしれんのぉ」


***


「他人事みたいに言うなよ」

「他人事ではないぞ。わしは、お主の守護神じゃからな」


いつもの調子に、少しだけ、戻っていた。


「今度は、隠れて見ておるだけでは、済まんかもしれん」


***


指先に、まだ、風と火の余韻がある。


赤城の前で、初めて、加減なしの力を見せた。


隠す仕事は、もう、ほとんど残っていない。


代わりに、次に待っているのは、これまでで一番大きな仕事だった。


これからは、加減している場合ではなくなる。


だが今夜だけは、少し眠っておきたかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。