第十七章 全力の出し方、まだ分かりません
地下訓練場は、コンクリート打ちっぱなしの、殺風景な部屋だった。
的が並んでいる。木の板と、鉄板と、砂袋。
「今日は、ちょっと変わったことを頼みたい」
課長が、腕を組んで言った。
「出し惜しみなしで、どこまでいけるか、測っておきたくてね」
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一瞬、意味が分からなかった。
「加減、しなくていいってことですか」
「うん、うん。これから先、抑えなくていい場面も増えるだろう。今のうちに、上限を知っておきたい」
赤城の名前は出なかったが、報告のための下ごしらえだというのは、なんとなく分かった。
「怖いこと言いますね」
「怖いのは、知らずに使うほうだと思うけどな」
『レスラー』が、横から言った。正論だった。
***
思えば、これまでずっと、小さくする練習ばかりしてきた。
火種と焚き火は別物。次は小さくする練習な。
穴を空けるな。壁を切るな。人を切るな。
全力を出せ、と言われたことは、一度もなかった。
「本気って言われても、加減の逆をどうやるのか、忘れました」
「贅沢な悩みだな、それ」
『レスラー』が、笑った。
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まずは、火からだった。
指先に、火種を灯す。
「大きくします」
野球ボール、メロン、コンロより大きく――いつもは、そこで止めていた。
今日は、止めなかった。
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「むん――ッ」
指先の火が、みるみる膨らんだ。
砂袋よりも大きな火球が、的の木箱を、跡形もなく吹き飛ばした。
熱が、離れた場所にいる俺たちの頬まで届いた。
「……おい」
『レスラー』の声が、少し裏返っていた。
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「これ、まだ、加減の一段階上ってだけですよ」
「一段階上で、木箱が消えるのか」
「消えました、はい」
自分で言って、少し他人事のように聞こえた。
課長が、メジャーで焦げ跡の大きさを測っている。
何を記録しているのかは、聞かなかった。
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次は、風だった。
ビル立てこもり事件の中で使ったのは、ロープだけを断つ、細い一本だった。
今日は、細さより、出力を試す番だった。
「風、いきます」
腕を、大きく振った。
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ヒュン、では済まない音がした。
ゴウ、という風の刃が、的の木箱と鉄板を、まとめて切った。
そのまま奥の壁にまで届いて、コンクリートに、薄く一本の線が入った。
的が、真っ二つになっていた。
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『レディー』が、いつの間にか、扉の隙間から見ていた。
「ビルの時とは、別物なんだけど」
「あの時は、絞ってました。今日は、絞ってません」
「気功で、そんなに幅が出るんだ」
「それ、もう」
「分かってる、分かってる」
『レディー』が、笑いながら手を振った。
ツッコミを、先に取られた。
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三十分ほど繰り返すと、全力と、全力の八割くらいの違いが、少しずつ分かってきた。
「さっきのは、まだ本気の途中です」
「途中で壁切ってたら、本気の時、この部屋、残らないだろ」
『レスラー』のツッコミに、返す言葉がなかった。
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訓練が終わるころ、課長が、書類を片手に戻ってきた。
「調子は、どうかな」
「本気を出す練習は、初めてなんで、まだ勘が掴めません」
「うん、うん。地下でよかったね」
笑い事のように言われたが、笑い事ではなかった。
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「それでね」
課長が、少し声を落とした。
「赤城さんが、一度、話を聞きたいそうだ。小沢くんの、その……魔法について」
来た!
背筋に、緊張が走った。
兄弟子であり、大臣でもある人だ。
今度は、隠さずに会うことになる。
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「あと、もう一つ」
課長が、別の書類を、机に置いた。
「これは、『ホラー』くん宛てなんだけどね」
『ホラー』が、無言で、書類を受け取った。
目を通す速度が、いつもより、少し速かった。
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「……変死体、ですか」
『ホラー』が、初めて、自分から言った。
「うん。現場に、妙な報告が上がっていてね」
課長の声が、少しだけ、いつもと違って聞こえた。
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地下を出るとき、『ホラー』が、また、こっちを見た。
書類を見て、俺を見る。
いつもの順番だった。
だが、今日は、それだけで、何も言わずに歩き去った。
その背中を、少しだけ、目で追った。
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アパートに帰ると、メレオスが、ソファで足をぶらぶらさせていた。
「おかえりじゃ。今日は、でかい火の匂いがするのぉ」
「全力を出す訓練、させられた」
「ほう。今さらか」
「今さらって、なんだよ」
「お主、ずっと小さくする方ばっかり練習しておったからのぉ。大きくする方は、伊左衛門も教えとらん」
初耳だった。
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「じいちゃんも、教えてなかったのか」
「危ないからのぉ。加減を知らんまま出力だけ上げると、まず自分がやられる」
「今日、木箱、消し飛んだ」
「そりゃ豪快じゃ、ぶわっはは」
笑われて、少し、むっとする。
「本気なんて、今まで出したことなかったから、勘が分からない」
「気づいただけ、上出来じゃ」
メレオスが、珍しく、素直に褒めた。
調子が狂う。
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「赤城さんに、今度、会うことになった」
「ほう」
「魔法の話、ちゃんと聞きたいって」
メレオスの目が、少しだけ、細くなった。
「わしのことは、まだ、言うなよ」
「言わないよ、そこは」
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「あと、『ホラー』さんに、変な報告が回ってきてた」
その言葉に、メレオスが、初めて、黙った。
「……何じゃ、その顔」
「いや。何でもない」
いつもの茶化しが、無かった。
それが妙に、頭に残った。
***
指先が、まだ少し、熱と風の余韻を持っている気がする。
小さくする練習は、散々やってきた。
大きくする練習は、今日が初めてだった。
隠す仕事は、もう、ほとんど減った。
代わりに、次の仕事が、二つ増えた。
赤城との対面。それから、『ホラー』の案件。
どっちも、これまでとは、違う種類の緊張だった。
明日は、どっちが先に来るのだろう。
考えても、仕方ない。
寝るしかなかった。




