↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/176

第十五章 隠しきれないもの

朝、地下に降りる。


六、三、一、六。閉じるボタン、長押し。


会議室に、いつもの面子が揃っていた。


課長が、資料を配る。


「『常世会』の残党だ。押収を免れた倉庫が、もう一つあった」


『常世会』の名前に、体が少し強張った。


「幹部の何人かが、そこに潜伏している。名簿と、まだ残っている物資を、燃やして逃げるつもりらしい」


「証拠隠滅、ですか」

「そうだ。今日中に押さえたい」


『レディー』は、爪を見ていない。


『ホラー』は、資料の隅を見たあと、こっちを見なかった。人間の案件だ。


「小沢くんも、行ってもらう」


いつもの流れだった。


***


現場は、都下の外れにある古い倉庫だった。


木造と鉄骨が、中途半端に混ざっている。

壁のあちこちが、錆びて傷んでいる。


「古い建物だな」


『レスラー』が、倉庫を見上げて言った。


「崩れそうですね」

「崩れなきゃいいけどな」


軽い言い方だったが、目は建物の骨組みを見ていた。


***


正面と裏口、両方から入る。


『レスラー』と俺が正面。『レディー』が裏口。『ホラー』は外で待機。


「行くぞ」


扉を蹴破ると、中は薄暗かった。

木箱が、山になって積まれている。


「動くな!」


奥から、複数の足音。


銃声が、一発鳴った。


木箱の陰に、身を隠す。


「証拠隠滅、まだ間に合ってなかったみたいだな」


『レスラー』が、拳銃を構えながら言った。


***


奥の男が、何かを投げた。


発煙筒ではない。


もっと重い音が、床で跳ねた。


「伏せろ!」


『レスラー』が叫んだ瞬間、爆発が起きた。


ドン、と空気が震える。


木箱が、吹き飛ぶ。


耳が、また鳴った。


***


煙の向こうで、天井の梁が、軋んでいる。


「まずい、崩れる」


『レスラー』の声。


老朽化した建物に、爆発の衝撃だ。持つはずがない。


「外に出ろ!」


言われて、足が動いた。


だが、動いた瞬間、頭の上で、何かが折れる音がした。


***


体が、突き飛ばされた。


視界が、横に流れる。


「ぐっ――」


低い呻き声。俺のじゃない。


尻もちをついたまま、振り返る。


『レスラー』が、崩れてきた鉄骨と木材の下に、半分埋まっていた。


俺を突き飛ばして、代わりに入ったのだ。


「『レスラー』!」


***


「無事か……お前は」


くぐもった声。


「無事です。なんで庇ったんですか」

「体が、勝手に動いた」


軽い口調に、聞こえない。


木材の隙間から、火が見えはじめた。爆発の熱が、乾いた木に燃え移っている。


***


『レディー』が、裏口から駆け込んできた。


「どうなってるの、これ」

「『レスラー』が下敷きだ」


見た瞬間、表情が変わった。


「動かせる?」

「無理だ、重すぎる」


鉄骨と木箱と、崩れた梁が、山になっている。

人力でどけられる量じゃない。


火は、もう、その山を舐めはじめていた。


***


『ホラー』も、外から駆けつけていた。


「人間の案件だから、って言ってましたけど」

「今は、そんなこと言ってる場合じゃない」


珍しく、声が尖っていた。


三人がかりで、瓦礫を押す。

ビクともしない。


火が、大きくなる。


『レスラー』の呻き声が、少し、弱くなった気がした。


***


頭が、真っ白になりかけた。


――加減するな。


いつか言われた言葉が、耳の奥で鳴った。

誰の声だったか、今は思い出す暇もない。


じいちゃんの声も、重なる。


『困ってる人を助けるのが男ぞ!』


困ってる人は、今、目の前にいる。仲間だ。


迷っている時間は、もう、ない。


***


抑えを、外した。


これまでずっと、加減して、小さくまとめてきた。


倉庫を焦がすな。人前で目立つな。気功で通せ。


そんなことを、考えている場合ではない。


「むん――――ッ!!」


***


風が、渦を巻いた。


火を、根こそぎ吹き飛ばすイメージ。酸素ごと、その場から奪う。


炎が、一瞬で萎んで、消えた。


続けて、瓦礫だ。


土のイメージを、鉄骨の下に差し込む。

持ち上げるんじゃない。

地面ごと、押し上げる。


「上がれ――!」


***


ズズッ、と鈍い音がして、瓦礫の山が、一気に傾いた。


鉄骨がずれる。

木材が、外側へ転がり落ちる。


『レスラー』の体が、隙間から見えた。


「『レディー』、腕を!」


『レディー』が、飛び込むように腕を引く。


『ホラー』も、反対側から支える。


三人がかりで、『レスラー』を引きずり出した。


***


「意識、あるか」

「……あるに、決まってんだろ」


痛みに顔をしかめながら、憎まれ口だけは出た。


生きている。


体から、力が抜けた。


***


静かになった倉庫に、消えた火の匂いと、土埃だけが残っている。


『レディー』が、俺を見ていた。


『ホラー』も、見ていた。


誰も、何も言わない。


言い訳の言葉が、もう、見つからなかった。


「……気功、です」


出た言葉は、それだけだった。


だが、自分でも、力のない声だと分かった。


***


『レディー』が、小さく息を吐いた。


「それ、もう、言わなくていいから」


いつもの「ふーん」ではなかった。


『ホラー』は、何も言わず、ただ、うなずいた。


***


正規の救急隊に、『レスラー』を引き渡した。


打撲と、軽い骨折。命に別状はない。


うちの課の名前は、どこにも残らない。


いつも通りだった。


***


地下に戻ると、課長が待っていた。


『レスラー』は、医務室に運ばれていった。


「うん、うん。無事で、何よりだ」


課長が、いつになく、静かな声で言った。


「小沢くん」

「……はい」

「今日の話は、あとでゆっくり聞く。今日は、もう休みなさい」


逃げ道を、くれたのかもしれない。


だが、逃げる気には、もうなれなかった。


***


「課長」


呼び止めた。


「あれ、気功じゃないです」


言ってしまった。


会議室にいた全員が、こっちを見た。


***


「魔法、です」


短く、それだけ言った。


誰も、笑わなかった。


『レディー』が、爪を見ずに、こっちを見ていた。


「ふーん」


いつもの音だが、続きがなかった。それだけで、十分だった。


***


「なんで、隠してたんだよ」


医務室から、『レスラー』の声がした。ドアが、少し開いている。


包帯を巻かれながら、こっちを睨んでいた。


「言えば、面倒なことになると思って」

「面倒だったのは、隠されてたほうだ」


図星だった。


***


「昔の部隊にも、お前みたいなのがいたら、って言ったろ」


『レスラー』が、包帯だらけの手で、頭をかいた。


「あれ、本気で言ったんだぞ」

「はい」

「守ってもらう側になるとはな。……悪くない」


不器用な笑い方だった。


***


「どこで、そんな力を」


課長が、聞いてきた。


一番、聞かれたくない質問だった。


「じいちゃんの修行の、延長です」

「気功じゃなくて、か」

「うまく、説明できないです」


嘘ではなかった。説明できないのは、本当だった。


***


「無理に聞かない。だが、これからは、隠さなくていい」


課長が、頼りなさげな顔のまま、少しだけ、しっかりした声で言った。


「うん、うん。うちは、そういう部署だ」


存在しない部署に、そう言われても、実感が薄い。


だが、肩の力が、少し抜けた。


***


『ホラー』が、帰り際、初めて自分から声をかけてきた。


「小沢さん」

「はい」

「やっと、話せましたね」


それだけ言って、また、いつもの床を見る目に戻った。


短い言葉だったが、久しぶりに、背中が冷たくならなかった。


***


アパートに帰った。


「おかえりじゃ。今日も、でかいのだったな」


メレオスが、ソファでくつろいでいる。


「今日、みんなに認めた」

「ほう」

「気功じゃない、魔法だって」


メレオスが、珍しく、すぐには茶化さなかった。


***


「隠すのも、疲れたじゃろ」

「疲れた」

「よう、頑張ったのぉ」


素直に褒められると、調子が狂う。


「お前のことは、言ってない」

「そりゃそうじゃろう。わしは、まだ、秘密じゃ」


いつもの、面白がる顔に戻った。


***


「『レスラー』を、庇って助けた。仲間を守れなかった、って言ってた奴だ」

「知っておる」

「今度は、俺が守った」

「よい流れじゃな」


メレオスが、目を細めた。


***


指先が、まだ少し熱い気がする。


今日は、体より、頭が疲れた。


だが、久しぶりに、憂鬱の質が違った。


隠す仕事が、一つ減った。


代わりに、守るべきものが、少し増えた気がする。


明日も、何か資料が配られるのだろう。


憂鬱だ。


だが、悪くない憂鬱だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。