幕間 後日談・夏
「経費では、落ちません」
加藤さんが言った。
0課が、少しだけ、ほっとした。
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七月二十六日。月曜日。
0課の朝だった。
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加藤さんは、こめかみを指で押さえていた。
机の上に、水のペットボトルがあった。
二本目だった。
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「……きのうは」
課長が言った。
「きのうは、きのうです」
加藤さんは、手帳を開かなかった。
開くと、字が揺れるらしかった。
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「二日酔いの、薬は」
『レスラー』が、引き出しから箱を出した。
「私物です」
加藤さんは、受け取らなかった。
自分の鞄から、同じ箱を出した。
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「金曜の、領収書は」
『ジョン』が、小声で聞いた。
「通しました」
加藤さんは、目を閉じたまま言った。
「一円まで」
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0課は、いつもの0課に戻っていた。
一晩だけ、違った。
それで、十分だった。
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八月九日。月曜日。
0課の、昼休みだった。
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『ジョン』の机に、封筒が一つ、来ていた。
警察病院の、封筒だった。
中に、便箋が一枚。
英語で、一行だけだった。
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「……茶を、もう一杯、だ」
『ジョン』が訳した。
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共さんは、もう立っていた。
鞄に、紙コップを入れていた。
ティーバッグも、入れていた。
それから、少し考えて、急須を入れた。
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「急須、ですか」
「紙コップは。一度で、ようございます」
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その日の午後、共さんは病院へ行った。
『ジョン』が、ついて行った。
俺は、行かなかった。
二人で、十分な部屋らしかった。
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夕方、共さんが戻ってきた。
急須を、洗っていた。
「……二杯、お飲みに、なりました」
それだけだった。
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八月三十日。月曜日。
実家の、夕飯だった。
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エミリーが、ノートを広げていた。
夏休みの、宿題だった。
絵日記だった。
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最後のページに、絵が描いてあった。
緑の山と、小さい女の子と、金色の子供。
金色の子供は、羊羹を持っていた。
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下に、ひらがなで、書いてあった。
『かみちゃんと、やまに、いった』
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「……行ってないだろ」
「いった」
エミリーは、言い張った。
「ゆめで、いった」
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メレオスが、ノートをのぞきこんだ。
「わしの、羊羹は。もう少し、厚い」
「あつく、する」
エミリーは、色鉛筆で、羊羹を太くした。
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九月一日。
始業式の、夕方だった。
エミリーが、ランドセルを背負ったまま、実家の玄関に立っていた。
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「せんせーが、きいた」
「何を」
「かみちゃんって、だれ、って」
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「何て、答えたの」
母が聞いた。
エミリーは、少し考えた。
「かぞく」
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母は、何も言わずに、エミリーの頭に手を置いた。
それから、カレーをよそった。
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九月の、半ばだった。
共さんの、官舎だった。
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母に、また羊羹を持たされていた。
『ホラー』は、もう、夜の番をしていなかった。
それでも、週に二回、お茶を飲みに来ていた。
今夜は、来ていない日だった。
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十時を、過ぎた。
共さんが、鏡の前に立った。
髪を、とかしていた。
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櫛が、止まった。
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共さんは、鏡を見ていた。
それから、指で、一本、探した。
白かった。
二本目だった。
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共さんは、抜かなかった。
手帳も、出さなかった。
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「……ようございます」
鏡に向かって、言った。
それから、櫛を、また動かした。
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「抜かんのか」
肩の上で、メレオスが聞いた。
「一本目は。証拠で、ございました」
共さんは、櫛を置いた。
「二本目からは。ただの、白髪で、ございます」
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羊羹を、切った。
定規は、使わなかった。
全部、同じ厚さだった。
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夏が、終わりかけていた。




