第百二十七章 委任状
「検索が、来てます」
『ギーク』が言った。
画面の向こうからだった。
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四月十九日。月曜日。
0課の朝だった。
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「何の、検索」
「久我共。昭和、八年」
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部屋が、静かになった。
共さんは、自分の机にいた。
書類の角を、そろえていた。
手が、止まらなかった。
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「私で、ございますね」
「共さんです」
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『ギーク』は、画面を切り替えた。
線が、たくさん引いてあった。
一本だけ、赤かった。
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「アメリカの、東海岸からです」
「先週の、木曜から。毎晩、です」
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木曜は、十五日だった。
零度が、寺の坂を上る前だった。
西経七十五度が、卓を離れる前だった。
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「離れる前から、準備してたってことか」
『ジョン』が言った。
「そう、です」
「抜ける、つもりで。抜けてます」
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「何を、探してる」
「二つ、です」
『ギーク』は、指を二本立てた。
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「戸籍と。旅券の、写真」
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二月に、赤城さんが番号札を十五回取って戻した戸籍だった。
判子が、十七か所の。
旅券の写真は、二枚目のほうだった。
首が、まっすぐのほうだった。
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「昭和、八年生まれ」
『レディー』が言った。
爪を、見ていた。
「九十三で、その顔なら」
「誰でも、欲しがるわね」
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年を取らなかった証拠だった。
紙に書いてあった。
写真に写っていた。
役所が、判子を押して、認めていた。
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「写真は、もう、取られてます」
『ギーク』が言った。
「旅券の、申請の、控えから。三日前に」
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「……まっすぐの、ほうで、ございますね」
共さんが言った。
「よろしゅう、ございました」
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一枚目は、共さんの手帳に挟まっていた。
首が、十一度、傾いていた。
あれが取られていたら、別の意味で、大ごとだった。
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「戸籍は」
課長が聞いた。
「戸籍は、ネットには、ありません」
『ギーク』が言った。
「紙です。役所です」
「私には、届きません」
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全員が、加藤さんを見た。
加藤さんは、もう電話をかけていた。
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「……はい。0課の、加藤です」
「はい。二月に、十七か所の」
「はい。その、久我です」
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窓口の、眼鏡の人らしかった。
加藤さんの顔が、少しずつ、平らになった。
怒るときの、加藤さんの顔だった。
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電話を、置いた。
「出ています」
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「戸籍の、写しが。先週の、金曜に」
「誰に」
「弁護士です。東京の」
「職務上の、請求、です」
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「……弁護士は、取れるのか」
『レスラー』が言った。
「取れます。仕事の、ためなら」
「依頼人の、名前は。書かなくても、いいんです」
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加藤さんは、手帳を開いた。
一行、書いた。
『依頼人 アメリカ』
その下に、もう一行、書いた。
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『窓口は、通すべきでは、なかった』
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「加藤さんの、せいじゃ、ないですよ」
「分かっています」
加藤さんは言った。
「書類は、揃っていたそうです」
「揃っていれば、通す人です。あの人は」
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二月に、俺たちが、助けられたところだった。
同じ窓口で、今度は、やられていた。
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「ここまで、揃えて、くるのは」
『ジョン』が言った。
「本気だ」
「三十日の、決まりも。卓も、もう、要らない、男だ」
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「わしは」
肩の上で、メレオスが言った。
「九十三の、顔より。中身が、心配じゃ」
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「中身」
「あれが、抜けた、あとの。中身じゃ」
メレオスは、共さんを見ていた。
「年を、取らなんだのは。あれが、おったからじゃ」
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「今の、共に。何を、探しても。何も、出んぞ」
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「向こうは。それを、知らない」
『ジョン』が言った。
「知らない、男は。出るまで、掘る」
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『ホラー』が、共さんの後ろを見ていた。
長いこと、見ていた。
「……今は、誰も、いません」
「共さんの、後ろ」
それから、少しだけ付け足した。
「今は」
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課長が、立った。
ホワイトボードに、三つ書いた。
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『一 気づく』
『二 身辺』
『三 正体』
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一の横に、丸をつけた。
「『ギーク』さん。うん、済み」
「済んでません。毎晩、来てます」
「うん、うん」
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二回だった。
考えていた。
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「赤城さんに、上げるね」
「戸籍の、件は。大臣の、件だから」
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二月に十七か所を取った人が、それを知ったら、どうなるか。
誰も、口にしなかった。
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共さんは、書類の角を、そろえ終えていた。
「お茶を、淹れて、まいります」
立ちあがって、それから、言った。
「三分、お待ち、くださいませ」
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いつもと、同じ声だった。
一番狙われている人が、一番、落ち着いていた。




