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第百二十七章 委任状

「検索が、来てます」


『ギーク』が言った。

画面の向こうからだった。


***


四月十九日。月曜日。

0課の朝だった。


***


「何の、検索」


「久我共。昭和、八年」


***


部屋が、静かになった。


共さんは、自分の机にいた。

書類の角を、そろえていた。


手が、止まらなかった。


***


「私で、ございますね」


「共さんです」


***


『ギーク』は、画面を切り替えた。

線が、たくさん引いてあった。


一本だけ、赤かった。


***


「アメリカの、東海岸からです」

「先週の、木曜から。毎晩、です」


***


木曜は、十五日だった。


零度が、寺の坂を上る前だった。

西経七十五度が、卓を離れる前だった。


***


「離れる前から、準備してたってことか」


『ジョン』が言った。


「そう、です」

「抜ける、つもりで。抜けてます」


***


「何を、探してる」


「二つ、です」


『ギーク』は、指を二本立てた。


***


「戸籍と。旅券の、写真」


***


二月に、赤城さんが番号札を十五回取って戻した戸籍だった。

判子が、十七か所の。


旅券の写真は、二枚目のほうだった。

首が、まっすぐのほうだった。


***


「昭和、八年生まれ」


『レディー』が言った。

爪を、見ていた。


「九十三で、その顔なら」

「誰でも、欲しがるわね」


***


年を取らなかった証拠だった。


紙に書いてあった。

写真に写っていた。


役所が、判子を押して、認めていた。


***


「写真は、もう、取られてます」


『ギーク』が言った。


「旅券の、申請の、控えから。三日前に」


***


「……まっすぐの、ほうで、ございますね」


共さんが言った。


「よろしゅう、ございました」


***


一枚目は、共さんの手帳に挟まっていた。

首が、十一度、傾いていた。


あれが取られていたら、別の意味で、大ごとだった。


***


「戸籍は」


課長が聞いた。


「戸籍は、ネットには、ありません」


『ギーク』が言った。


「紙です。役所です」

「私には、届きません」


***


全員が、加藤さんを見た。


加藤さんは、もう電話をかけていた。


***


「……はい。0課の、加藤です」

「はい。二月に、十七か所の」

「はい。その、久我です」


***


窓口の、眼鏡の人らしかった。


加藤さんの顔が、少しずつ、平らになった。

怒るときの、加藤さんの顔だった。


***


電話を、置いた。


「出ています」


***


「戸籍の、写しが。先週の、金曜に」


「誰に」


「弁護士です。東京の」

「職務上の、請求、です」


***


「……弁護士は、取れるのか」


『レスラー』が言った。


「取れます。仕事の、ためなら」

「依頼人の、名前は。書かなくても、いいんです」


***


加藤さんは、手帳を開いた。


一行、書いた。

『依頼人 アメリカ』


その下に、もう一行、書いた。


***


『窓口は、通すべきでは、なかった』


***


「加藤さんの、せいじゃ、ないですよ」


「分かっています」


加藤さんは言った。


「書類は、揃っていたそうです」

「揃っていれば、通す人です。あの人は」


***


二月に、俺たちが、助けられたところだった。


同じ窓口で、今度は、やられていた。


***


「ここまで、揃えて、くるのは」


『ジョン』が言った。


「本気だ」

「三十日の、決まりも。卓も、もう、要らない、男だ」


***


「わしは」


肩の上で、メレオスが言った。


「九十三の、顔より。中身が、心配じゃ」


***


「中身」


「あれが、抜けた、あとの。中身じゃ」


メレオスは、共さんを見ていた。


「年を、取らなんだのは。あれが、おったからじゃ」


***


「今の、共に。何を、探しても。何も、出んぞ」


***


「向こうは。それを、知らない」


『ジョン』が言った。


「知らない、男は。出るまで、掘る」


***


『ホラー』が、共さんの後ろを見ていた。


長いこと、見ていた。


「……今は、誰も、いません」

「共さんの、後ろ」


それから、少しだけ付け足した。


「今は」


***


課長が、立った。


ホワイトボードに、三つ書いた。


***


『一 気づく』

『二 身辺』

『三 正体』


***


一の横に、丸をつけた。


「『ギーク』さん。うん、済み」


「済んでません。毎晩、来てます」


「うん、うん」


***


二回だった。

考えていた。


***


「赤城さんに、上げるね」

「戸籍の、件は。大臣の、件だから」


***


二月に十七か所を取った人が、それを知ったら、どうなるか。

誰も、口にしなかった。


***


共さんは、書類の角を、そろえ終えていた。


「お茶を、淹れて、まいります」


立ちあがって、それから、言った。


「三分、お待ち、くださいませ」


***


いつもと、同じ声だった。


一番狙われている人が、一番、落ち着いていた。


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