↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
158/176

第百二十一章 待っていた、顔

「お茶、ですか」


庭師が言った。

耳の中で、です、ますになった。


***


三月二十三日。火曜日。

グリニッジは、薄く晴れていた。


午後の、三時だった。


***


『ホラー』が、盆を持っていた。

白いポットと、カップが七つ。


共さんは、何も持っていなかった。

いつもどおり、黙って立っていた。


***


庭師は、盆を見た。

共さんの顔を見た。


戸を、大きく開けた。


***


『レスラー』は、線の前で写真を撮られていた。

『ブル』は、丘の下にいた。


***


四十二段、下りた。


円い卓。明かりが一つ。

白い面が、六つ。


***


座る前に、膝をついた。


右の、後ろの脚。

紙、半分。


椅子は、まっすぐになった。


***


北の席の面が、こっちを向いた。


何か、言いかけた。

言わなかった。


***


共さんが、卓の端に立った。

『ホラー』が、その後ろに立った。


前髪は、ピンで上げてあった。


***


『ホラー』が、カップを置きはじめた。


一つ置くたびに、その席の後ろを見た。

人と会うとき、まず後ろを見る人だった。


***


六つの面が、カップを見ていた。


誰も、何も言わなかった。

百四十年、ここに茶が出たことはなかった。


***


共さんが、ポットを持った。

目を、閉じた。


三分、数えていた。


***


尖った声が、立った。


「何の、つもりですか」

「毒かも、しれません」


耳では、ていねいだった。


***


共さんは、目を開けなかった。

注ぎはじめた。


北の席から。順番に。


***


零度の手が、カップに伸びた。


面の下の口元へ、カップを入れた。

飲んだ。


***


「……百四十年で。初めてです」


年を取った声だった。


「この卓で、茶を、いただくのは」


***


ほかの面も、一つずつ飲んだ。


尖った声は、最後まで飲まなかった。

カップを、遠ざけた。


***


俺のカップは、少しずつ減っていた。


俺は、飲んでいなかった。


「……ぬるいのぉ」


頭の上だった。


***


「では」


零度が、カップを置いた。


「東経百三十五度。結果を、伺います」

「誰が、北の戸を、閉めましたか」


***


持ち帰っては、だめだった。


お茶は、出した。

順番は、守った。


***


「伊左衛門の、家族です」


***


面が、英語で言った。


卓が、ざわついた。

誰だ、という声が、二つ三つ上がった。


名前を、知らない席だった。


***


零度だけが、黙っていた。


***


後ろで、息がした。

耳のすぐ横だった。


「……待ってた、顔です」


『ホラー』の、小さい声だった。


***


「今の、切りました」


『ギーク』が言った。

面の口は、何も喋らなかった。


***


「ずっと、待ってた、顔です」

「五十年、くらい」


『ホラー』は、それだけ言って、黙った。


***


零度は、長いこと、俺を見ていた。


面の穴の奥は、見えなかった。

見えなくても、よかった。


***


「……そうですか」


零度は言った。


「北の戸の件は。これで、終わりにします」


***


尖った声が、立った。


「決を、採ってください」


「採りません」


一拍も、遅れなかった。


***


「きょうは、ここまでにします」


零度は、立った。

立ってから、もう一度、こっちを見た。


***


「東経百三十五度」


「その家の方に、伝えてください」


***


「茶は。うまかった、と」


***


四十二段、上った。


外は、まだ薄く晴れていた。

庭師が、戸を閉めた。


***


面を外した。


『ホラー』は、ピンを外していた。

前髪が、下りていた。


「……疲れました」


***


「待ってた、って」


「はい」


「誰を、ですか」


***


『ホラー』は、少し考えた。


「伊左衛門さんの、家族を」


***


盆の上に、カップが七つ、戻ってきていた。


六つは、空だった。

一つだけ、手つかずだった。

尖った声の席の、だった。


***


「伝えて、くれと。言われたのぉ」


肩の上で、メレオスが言った。


「母御に、言わんとな」


***


うちの決まりは、先に言うことだった。


帰ったら、一番に言うことが、できた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。