第百二十章 首は、ついてます
「一か所。寄りたい、ところが、あります」
『ホラー』が言った。
0課に来てから、初めての頼みごとだった。
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三月二十二日。月曜日。
ロンドンは、曇りだった。
円卓は、あしただった。
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飛行機は、半分なれていた。
『レスラー』の腕は、半分だけ握った。
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「どこですか」
『ホラー』は、スマホを出した。
画面に、灰色の城が写っていた。
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「ロンドン塔で、ござるな」
『ブル』が言った。
「出ます、有名なのが」
『ホラー』の声が、少しだけ高かった。
初めて聞く高さだった。
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「案内、して、もらえますか」
「……拙者は」
『ブル』は、帽子のつばを触った。
「来たことが、ござらぬ」
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「ロンドンの、人ですよね」
「東京タワーに、上った、ことは」
「……ないです」
「左様で、ござろう」
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城は、川のそばにあった。
石の壁が、厚かった。
赤と黒の服の門番がいた。
観光客を、列に並ばせていた。
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『ホラー』は、前髪を下ろしていた。
「上げないんですか」
「仕事じゃ、ないので」
ポケットに、ピンが二本あった。
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黒い鳥が、芝生を歩いていた。
大きかった。
「カラスが、いなくなると。国が、滅ぶ、そうで、ござる」
「……わしも、羽が、欲しいのぉ」
肩の上で、メレオスが言った。
話を、聞いていなかった。
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門番の一人が、観光客を集めていた。
話しはじめた。
英語だった。
指が、白い塔を指した。それから、芝生の一角を指した。
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「首を、斬られた、お妃が。出るそうで、ござる」
「自分の、首を。小脇に、抱えて」
『ブル』が訳した。
観光客が、うれしそうに震えていた。
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『ホラー』が、ピンを出した。
前髪を、上げた。
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芝生を見た。
長いこと、見ていた。
「……いますね」
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観光客は、門番を見ていた。
誰も、『ホラー』を見ていなかった。
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「首は」
俺は、小声で聞いた。
「ついてます」
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「抱えて、ないんですか」
「ついてます。ちゃんと」
『ホラー』は、少し困った顔をした。
「抱えてたら、話、盛ってます」
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「何、してるんですか。その人」
「門番の話を、聞いてます」
「一番、前で」
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門番が、また芝生を指した。
観光客が、また震えた。
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「……首を、横に、振ってます」
『ホラー』が言った。
「違う、って」
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「五百年、自分の話を、盛られて」
「怒ってるんですか」
「いえ」
『ホラー』は、首を傾げた。
「退屈、してるだけです」
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こけしと、同じだった。
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『ホラー』は、芝生のほうへ、少しだけ頭を下げた。
何かが、頭を下げ返したらしかった。
俺には、見えなかった。
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「わしには、見えとるぞ」
メレオスが言った。
「きれいな、首じゃ」
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『レスラー』は、門番の隣に立っていた。
同じくらいの背だった。
観光客に、写真を撮られていた。
門番の、仲間だと思われていた。
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「……俺は、門番じゃ、ない」
「イエス、と、言えば、ようござる」
「言わない」
一枚、一緒に写った。
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出口の売店で、『ホラー』は、長いこと迷っていた。
首のない、お妃の人形があった。
手に、首を持っていた。
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買わなかった。
「本人に、悪いので」
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かわりに、カラスの羽のペンを買った。
「これは」
「何も、入ってません」
満足そうだった。
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帰りの地下鉄で、『ホラー』は寝ていた。
前髪は、下りていた。
ピンは、ポケットに戻っていた。
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「楽しかったんですかね」
「楽しかったんじゃろ」
メレオスが言った。
「寝顔が、ちいとだけ。笑うとる」
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円卓まで、あと一日だった。




