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第百二十章 首は、ついてます

「一か所。寄りたい、ところが、あります」


『ホラー』が言った。

0課に来てから、初めての頼みごとだった。


***


三月二十二日。月曜日。

ロンドンは、曇りだった。


円卓は、あしただった。


***


飛行機は、半分なれていた。

『レスラー』の腕は、半分だけ握った。


***


「どこですか」


『ホラー』は、スマホを出した。

画面に、灰色の城が写っていた。


***


「ロンドン塔で、ござるな」


『ブル』が言った。


「出ます、有名なのが」


『ホラー』の声が、少しだけ高かった。

初めて聞く高さだった。


***


「案内、して、もらえますか」


「……拙者は」


『ブル』は、帽子のつばを触った。


「来たことが、ござらぬ」


***


「ロンドンの、人ですよね」


「東京タワーに、上った、ことは」


「……ないです」


「左様で、ござろう」


***


城は、川のそばにあった。

石の壁が、厚かった。


赤と黒の服の門番がいた。

観光客を、列に並ばせていた。


***


『ホラー』は、前髪を下ろしていた。


「上げないんですか」


「仕事じゃ、ないので」


ポケットに、ピンが二本あった。


***


黒い鳥が、芝生を歩いていた。

大きかった。


「カラスが、いなくなると。国が、滅ぶ、そうで、ござる」


「……わしも、羽が、欲しいのぉ」


肩の上で、メレオスが言った。

話を、聞いていなかった。


***


門番の一人が、観光客を集めていた。

話しはじめた。


英語だった。

指が、白い塔を指した。それから、芝生の一角を指した。


***


「首を、斬られた、お妃が。出るそうで、ござる」

「自分の、首を。小脇に、抱えて」


『ブル』が訳した。


観光客が、うれしそうに震えていた。


***


『ホラー』が、ピンを出した。

前髪を、上げた。


***


芝生を見た。

長いこと、見ていた。


「……いますね」


***


観光客は、門番を見ていた。

誰も、『ホラー』を見ていなかった。


***


「首は」


俺は、小声で聞いた。


「ついてます」


***


「抱えて、ないんですか」


「ついてます。ちゃんと」


『ホラー』は、少し困った顔をした。


「抱えてたら、話、盛ってます」


***


「何、してるんですか。その人」


「門番の話を、聞いてます」

「一番、前で」


***


門番が、また芝生を指した。

観光客が、また震えた。


***


「……首を、横に、振ってます」


『ホラー』が言った。


「違う、って」


***


「五百年、自分の話を、盛られて」


「怒ってるんですか」


「いえ」


『ホラー』は、首を傾げた。


「退屈、してるだけです」


***


こけしと、同じだった。


***


『ホラー』は、芝生のほうへ、少しだけ頭を下げた。


何かが、頭を下げ返したらしかった。

俺には、見えなかった。


***


「わしには、見えとるぞ」


メレオスが言った。


「きれいな、首じゃ」


***


『レスラー』は、門番の隣に立っていた。

同じくらいの背だった。


観光客に、写真を撮られていた。

門番の、仲間だと思われていた。


***


「……俺は、門番じゃ、ない」


「イエス、と、言えば、ようござる」


「言わない」


一枚、一緒に写った。


***


出口の売店で、『ホラー』は、長いこと迷っていた。


首のない、お妃の人形があった。

手に、首を持っていた。


***


買わなかった。


「本人に、悪いので」


***


かわりに、カラスの羽のペンを買った。


「これは」


「何も、入ってません」


満足そうだった。


***


帰りの地下鉄で、『ホラー』は寝ていた。

前髪は、下りていた。


ピンは、ポケットに戻っていた。


***


「楽しかったんですかね」


「楽しかったんじゃろ」


メレオスが言った。


「寝顔が、ちいとだけ。笑うとる」


***


円卓まで、あと一日だった。


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