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第百十三章 席を、一つ

「成果。席を、一つ」


赤城さんが読んだ。

出張報告書の話だった。


***


三月八日。月曜日。

0課の朝だった。


***


様式は、加藤さんが出した。

欄が、五つあった。


***


『出張先 英国』

『用件 会議出席』

『成果 席を一つ』

『懸案 宿題一件』

『経費 別紙』


***


「……何の、席だ」


「円卓の、です」

「東経、百三十五度の」


***


赤城さんは、紙を置いた。

長いこと、俺を見ていた。


「鷲尾の、後任が。この、課に、いるのか」


「います」


***


「……座って、いるのか。今」


立った。


「座って、いい」


座った。

0課の椅子は、傾いていなかった。


***


「うん、うん」


課長が言った。


「きのう、空港で、聞いてね。五秒で、上げたよ」


***


「一晩、たって、いる」


「日曜、だったからね」


日曜は、強かった。


***


壁の画面で、『ギーク』が音を出した。


声が、三つ流れた。

年を取った声。尖った声。低くて、ゆっくりの声。


***


赤城さんは、目を閉じて聞いていた。

共さんと、同じ聞き方だった。


***


「……零度は。九十を、越えているな」


「去年と、同じ、お声で、ございます」


***


四つ目の声が、流れた。


「うん、うん」


俺だった。


***


「困ってる、声ね」


『レディー』が言った。


「でも。嘘は、ついて、ないのね」


「ついて、ません」


「申して、おられません」


共さんが言った。


***


機械の声が、流れた。

英語だった。


「うちの、家族です、と。言いました」


赤城さんの目が、開いた。


***


「先生の、家族、と。言ったのか。あの、卓で」


「うちの、です」


「同じだ」


それだけ言って、少し黙っていた。


***


「帳面は」


「書いて、ません」


「椅子は」


「……直しました」


***


「直さなくて、いいのに。直したな」


「大臣も。箱を、直して、ました」


赤城さんは、黙った。


***


「鷲尾に、伝えておく」

「二十年。気に、なって、いた、はずだ」


病室で羊羹を並べている人に、いい知らせが一つできた。


***


「一つ、ある」


『ジョン』が言った。


***


「西経、七十五度が。一月の、連れを、調べさせている」

「小沢と、『レディー』だ」


***


「どの、名前かしら」


『レディー』が言った。


「北へは。どれで、入ったか。覚えて、ないわ」


向こうが調べているのは、たぶん、いない人だった。


***


「俺のは、本名です」


「照会は、外務省を、通る」


赤城さんが言った。


「通る、ものは。止められる」


***


加藤さんが、書類の束を置いた。

音が、した。


「回答には。判子が、十七か所、要ります」

「窓口は。三か月、と、言わせます」


***


「……頼む」


二月に、同じ判子で泣かされた人だった。


***


役所は、遅いのです。

西経七十五度が、そう言っていた。


遅いのが、こっちについた。


***


「懸案。宿題、一件」


赤城さんは、紙に戻った。


「何を、答えるか、だな」


長いこと、考えていた。


***


「持ち帰って。検討、する」


「……大臣も、ですか」


***


「どこへ、持ち帰るんですか」


「上だ」


大臣の上は、あまり残っていなかった。


***


「あの。母が」


「奥様が」


赤城さんの背筋が、伸びた。


***


「手ぶらは、だめだ、と」

「次は、紅茶を、持っていけ、と」


「持っていけ」


即答だった。

検討は、なかった。


***


「大臣でも。あの、母御には、勝てん」


肩の上で、メレオスが言った。


宿題のうち、手土産だけが先に決まった。


***


「小沢さん」


加藤さんが、報告書を持っていた。


「成果の、欄。席は、備品では、ありません」

「書き直して、ください」


***


「それと。紅茶、二箱は」


「私物ですね」

「経費では、落ちません」


敵の会議への手土産は、自腹だった。


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