第百十三章 席を、一つ
「成果。席を、一つ」
赤城さんが読んだ。
出張報告書の話だった。
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三月八日。月曜日。
0課の朝だった。
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様式は、加藤さんが出した。
欄が、五つあった。
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『出張先 英国』
『用件 会議出席』
『成果 席を一つ』
『懸案 宿題一件』
『経費 別紙』
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「……何の、席だ」
「円卓の、です」
「東経、百三十五度の」
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赤城さんは、紙を置いた。
長いこと、俺を見ていた。
「鷲尾の、後任が。この、課に、いるのか」
「います」
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「……座って、いるのか。今」
立った。
「座って、いい」
座った。
0課の椅子は、傾いていなかった。
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「うん、うん」
課長が言った。
「きのう、空港で、聞いてね。五秒で、上げたよ」
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「一晩、たって、いる」
「日曜、だったからね」
日曜は、強かった。
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壁の画面で、『ギーク』が音を出した。
声が、三つ流れた。
年を取った声。尖った声。低くて、ゆっくりの声。
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赤城さんは、目を閉じて聞いていた。
共さんと、同じ聞き方だった。
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「……零度は。九十を、越えているな」
「去年と、同じ、お声で、ございます」
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四つ目の声が、流れた。
「うん、うん」
俺だった。
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「困ってる、声ね」
『レディー』が言った。
「でも。嘘は、ついて、ないのね」
「ついて、ません」
「申して、おられません」
共さんが言った。
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機械の声が、流れた。
英語だった。
「うちの、家族です、と。言いました」
赤城さんの目が、開いた。
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「先生の、家族、と。言ったのか。あの、卓で」
「うちの、です」
「同じだ」
それだけ言って、少し黙っていた。
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「帳面は」
「書いて、ません」
「椅子は」
「……直しました」
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「直さなくて、いいのに。直したな」
「大臣も。箱を、直して、ました」
赤城さんは、黙った。
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「鷲尾に、伝えておく」
「二十年。気に、なって、いた、はずだ」
病室で羊羹を並べている人に、いい知らせが一つできた。
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「一つ、ある」
『ジョン』が言った。
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「西経、七十五度が。一月の、連れを、調べさせている」
「小沢と、『レディー』だ」
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「どの、名前かしら」
『レディー』が言った。
「北へは。どれで、入ったか。覚えて、ないわ」
向こうが調べているのは、たぶん、いない人だった。
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「俺のは、本名です」
「照会は、外務省を、通る」
赤城さんが言った。
「通る、ものは。止められる」
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加藤さんが、書類の束を置いた。
音が、した。
「回答には。判子が、十七か所、要ります」
「窓口は。三か月、と、言わせます」
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「……頼む」
二月に、同じ判子で泣かされた人だった。
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役所は、遅いのです。
西経七十五度が、そう言っていた。
遅いのが、こっちについた。
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「懸案。宿題、一件」
赤城さんは、紙に戻った。
「何を、答えるか、だな」
長いこと、考えていた。
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「持ち帰って。検討、する」
「……大臣も、ですか」
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「どこへ、持ち帰るんですか」
「上だ」
大臣の上は、あまり残っていなかった。
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「あの。母が」
「奥様が」
赤城さんの背筋が、伸びた。
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「手ぶらは、だめだ、と」
「次は、紅茶を、持っていけ、と」
「持っていけ」
即答だった。
検討は、なかった。
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「大臣でも。あの、母御には、勝てん」
肩の上で、メレオスが言った。
宿題のうち、手土産だけが先に決まった。
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「小沢さん」
加藤さんが、報告書を持っていた。
「成果の、欄。席は、備品では、ありません」
「書き直して、ください」
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「それと。紅茶、二箱は」
「私物ですね」
「経費では、落ちません」
敵の会議への手土産は、自腹だった。




