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第百十二章 飛行機にも、なれた

「離陸、したぞ」


『ジョン』が言った。

十分前の話だった。


***


三月六日。土曜日。

ロンドンの空の上だった。


日本まで、十四時間あった。


***


「……え」


窓の外は、雲だった。

下に、あった。


***


気づかなかった。


考えごとを、していた。

次の席で伺います、のことだった。


***


持ち帰って、検討します。

そう言った。


本当に、持ち帰っていた。

十四時間かけて。


***


「行きは」


『レスラー』が言った。

席を二つ使って、座っていた。


「俺の、腕を。十四時間、握ってた」

「狭かった」


***


行きのことは、あまり覚えていない。


肘掛けが、やけに太かったことだけ覚えている。


***


足元に、紙の手さげが四つあった。


紅茶が、三箱。

由紀の言った「かわいいの」が、一つ。


赤いバスの貯金箱だった。

かわいいかどうかは、自信がなかった。


***


『レスラー』の足元には、スコーンが十個あった。


「日本で。あんを、入れる」


本気だった。


***


通路の向こうで、『ブル』が紙のカップを見ていた。


「機内の、紅茶は。紅茶で、ござらぬ」


「郷に、入っては、だ」


『ジョン』が言った。

パブの、お返しだった。


***


共さんは、窓に額をつけていた。


「雲の、上は。晴れて、おります」

「……存じません、でした」


行きは、通路の席だった人だった。


***


食事が来た。


四回目の飛行機で、初めて見た。


一回目と二回目は、寝ていた。

三回目は、手がふさがっていた。


***


「わしの、ぶんじゃ」


肩の上で、メレオスが言った。


「三回、食うた。四回目も、わしのじゃ」


「起きてるんだよ。今回は」


「……半分じゃ」


***


半分、食べた。

うまくも、まずくもなかった。


でも、食べられた。


***


「飛行機にも、なれたなぁ」


***


「前が、あるぞ」


『ジョン』が言った。


「気絶が、二回。しがみつきが、一回だ」


***


「なれたのでは、ないぞ」


メレオスが言った。

口のまわりに、ソースがついていた。


「鉄の、塊より。こわい、ものが、できた、だけじゃ」


***


会議だった。


***


機体が、揺れた。


***


「……握ってるぞ」


「握って、ません」


「握ってる」


肘掛けは、また太かった。


なれたのは、半分だった。


***


三月七日。日曜日。

日本は、晴れていた。


***


車輪が、着いた。


「……ただいまじゃ」


肩の上で、小さい声がした。


「誰に、言ってるんだ」


「国にじゃ」


***


入国の窓口で、共さんが止まった。


「……昭和、八年」


「本人で、ございます」


係の人が、三人になった。

ロンドンと、同じだった。


***


四人目が、紙を一枚持ってきた。

判子が、押された。


大臣の判子だった。

紅茶では、なかった。


***


到着の出口に、課長がいた。


日曜だった。

背広では、なかった。


***


「やあ、帰ってきたね」


「帰りました」


「うん」


一回だった。


***


「それで。宿題が、あるんだってね」


もう、知っていた。


「持ち帰りました」


「うん、うん」


二回だった。

晩ごはんの顔だった。


***


「それは。赤城さんに、上げるね」


十四時間かけて持ち帰った宿題は、五秒で上に上がった。


会議というのは、そういうものらしかった。


***


あしたは、月曜だった。


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