第百十二章 飛行機にも、なれた
「離陸、したぞ」
『ジョン』が言った。
十分前の話だった。
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三月六日。土曜日。
ロンドンの空の上だった。
日本まで、十四時間あった。
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「……え」
窓の外は、雲だった。
下に、あった。
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気づかなかった。
考えごとを、していた。
次の席で伺います、のことだった。
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持ち帰って、検討します。
そう言った。
本当に、持ち帰っていた。
十四時間かけて。
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「行きは」
『レスラー』が言った。
席を二つ使って、座っていた。
「俺の、腕を。十四時間、握ってた」
「狭かった」
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行きのことは、あまり覚えていない。
肘掛けが、やけに太かったことだけ覚えている。
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足元に、紙の手さげが四つあった。
紅茶が、三箱。
由紀の言った「かわいいの」が、一つ。
赤いバスの貯金箱だった。
かわいいかどうかは、自信がなかった。
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『レスラー』の足元には、スコーンが十個あった。
「日本で。あんを、入れる」
本気だった。
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通路の向こうで、『ブル』が紙のカップを見ていた。
「機内の、紅茶は。紅茶で、ござらぬ」
「郷に、入っては、だ」
『ジョン』が言った。
パブの、お返しだった。
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共さんは、窓に額をつけていた。
「雲の、上は。晴れて、おります」
「……存じません、でした」
行きは、通路の席だった人だった。
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食事が来た。
四回目の飛行機で、初めて見た。
一回目と二回目は、寝ていた。
三回目は、手がふさがっていた。
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「わしの、ぶんじゃ」
肩の上で、メレオスが言った。
「三回、食うた。四回目も、わしのじゃ」
「起きてるんだよ。今回は」
「……半分じゃ」
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半分、食べた。
うまくも、まずくもなかった。
でも、食べられた。
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「飛行機にも、なれたなぁ」
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「前が、あるぞ」
『ジョン』が言った。
「気絶が、二回。しがみつきが、一回だ」
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「なれたのでは、ないぞ」
メレオスが言った。
口のまわりに、ソースがついていた。
「鉄の、塊より。こわい、ものが、できた、だけじゃ」
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会議だった。
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機体が、揺れた。
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「……握ってるぞ」
「握って、ません」
「握ってる」
肘掛けは、また太かった。
なれたのは、半分だった。
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三月七日。日曜日。
日本は、晴れていた。
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車輪が、着いた。
「……ただいまじゃ」
肩の上で、小さい声がした。
「誰に、言ってるんだ」
「国にじゃ」
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入国の窓口で、共さんが止まった。
「……昭和、八年」
「本人で、ございます」
係の人が、三人になった。
ロンドンと、同じだった。
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四人目が、紙を一枚持ってきた。
判子が、押された。
大臣の判子だった。
紅茶では、なかった。
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到着の出口に、課長がいた。
日曜だった。
背広では、なかった。
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「やあ、帰ってきたね」
「帰りました」
「うん」
一回だった。
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「それで。宿題が、あるんだってね」
もう、知っていた。
「持ち帰りました」
「うん、うん」
二回だった。
晩ごはんの顔だった。
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「それは。赤城さんに、上げるね」
十四時間かけて持ち帰った宿題は、五秒で上に上がった。
会議というのは、そういうものらしかった。
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あしたは、月曜だった。




